それをパキリと折ったのでそれをパキリと折ったので
その人は、桜の咲く頃、出会い頭にこう言ってきたのだ。
「ひさしぶりだね。いきなりだけど、僕と付き合ってほしい」
冗談じゃねえよ、なんだいきなり、そもそもおれとあんたは初対面のはずだ、と喉元から出かけた罵声は行き場をなくして空気の中に溶けていった。そのひとは恐ろしいほどに整った顔を歪めていて、切れ長の目からころりと一粒涙が落ちるのを見てしまったからだ。ねえ、肥前くん、と彼の唇から蚊の鳴くような声がこぼれ落ちた。
その男は南海太郎朝尊と名乗った。
幼い時から生まれ持った鋭い目つきとなぜか一部分だけ真っ赤な髪の毛を恐れる人間は多く、学校という狭くて陰鬱なところでは遠巻きにされる事がほとんどだった。元々社交的な性格を持ち合わせていなかった肥前はいつの間にか一人でいることが普通となっていた。それについては何も思わなかったし、周囲も何も言わなかった。もちろん話しかけられれば返事はするし、無闇に喧嘩などをすることもない。特に好かれることもないが、特に邪険にされることもない。学生として日々を過ごす分には、十分だった。
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