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    kyousuke0418

    @kyousuke0418

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    kyousuke0418

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    二人の未来の一つの結末。
    葉佩が死亡しています。
    仕事を選んだ場合のIF

    スターチス 九龍が遺跡探索中に死亡したという報告がきたのは「今度の仕事は長くなる」と言って出ていった背を見送って、まだ四日目の朝の事だった。


     九龍の友人だという目の前の男の胸にはロゼッタの紋章が縫いつけられており、しかも一度九龍に見せて貰った写真の中にいた顔で、自分をたぶらかす為に現れた偽者なのではないかといぶかしむ微かな希望すら削いでいく。

     こちらが聞いてもないのに勝手に九龍の最期を話し出す男の口を塞いでしまいたかったが、身体がどこかに行ってしまったかのように現実感がない。
     手渡された遺品を機械的に受け取る。

     ボロボロになった服の切れ端。
     いつもしていた指輪が1つ。
     そして、探索中常に開きっぱなしだったうるさい機械。

     たった これだけ。

     そう言いたかったが声は出なかった。
     九龍の身体は、どこへいったのか。

     「クロウは遺跡の中にいます」と、また男が勝手に口を開いた。
     大抵のハンターはそうやって遺跡の中で死んでゆくのだと。

     危険を冒してまで押しつぶされた遺体をわざわざ回収する事はない。次のハンターは別の場所からまた同じ遺跡に挑む。
     九龍が庇った新人ハンターの無事など自分にはどうでもいい事だったが、それが女だったと聞いて、男が「彼らしい」と言った言葉の意味が分かった。

     己が死ぬと分かっていても女を見捨てられるわけはない。考える間もない一瞬の判断だったに違いない。けれど自分は、女を見捨ててでも生きて帰って欲しかった。
     愛する人に何を犠牲にしても生きていて欲しい、そう願うのは罪な事だろうか。

     指輪の大きさから、これはきっと薬指にしていたものだと思って裏側に掘ってある文字を見た。一緒に来てくれ、という九龍の言葉に頷いて抱きしめられた十年前の、あの日の日付がそこにあった。

    「この書類にサインを」

     そう言って男が差し出した数枚の紙。
     何か、と聞くと「クロウの遺産とロゼッタからの死亡保障受取に対する署名」だと言う。
     九龍がハンターになってからずっと使っていた口座にある金額とロゼッタからの死亡保障を全て合わせたらしいその数字はいくつも零が並び、自分には想像もつかない金額で数えるのも馬鹿馬鹿しかった。

     慣れないペンで数枚の紙に自分の名前を記す。
     代わりに一枚のカードを寄越して、男は帰っていった。


     扉を閉める音が大きく響いて一人きりの部屋は耳鳴りがするほどの静寂で満たされた。
     

     遺跡に潜る時いつも着ていた、泥がついて汚れた服の切れ端を撫でる。温もりなど残っていないと知っているのに何度も何度も撫で続けた。

     痛みは無かったろうか。
     苦しくは無かったろうか。
     後悔は?
     最後に見た景色は?
     呼んだ名前は?

     自分の事を想ってくれただろうか。

     服と同じく泥のついた機械をそっと開く。
     緑の見慣れた画面が一面に広がって信号を送る。
     九龍はいつか、自分たちの身体にはいたる所に装置が埋められていてH.A.N.Tに状態を転送したり、世界中どこに居てもロゼッタ本部がその場所を把握できるようになっているのだと言っていた。
     緑の画面を流れる線に祈るような気持ちで待つ。


    『ハンターの死亡を確認』


     あの頃、學園の墓の中で散々聞いた女の声が、なんの抑揚もなくその事実を告げた。

    『メッセージを確認。ライセンスを入れて下さい』

     カシャン、と音がして横の隙間が開く。
     少し迷って、男から渡されたカードを差し込んだ。
     『認証中』という文字が数秒映し出され、画面が切り替わる。


     ─────余分なものは何もない、椅子が一つだけ置いてある真っ白な部屋だった。

     ほんの二週間前の日付と時間が画面の右下に表示されている。
     初めて見る場所に目を奪われていると、九龍が現れてその椅子に腰掛けた。
     いつもの服装じゃない、黒の正装だ。
     深く考えているかのような表情で両肘を膝につき、指を交互に合わせて固く握り、じっと目を閉じている。
     長い時間、沈黙が続く。

    『………マリヤ』

     低い声に呼ばれて心臓が握りつぶされる。

    『これを見てるって事は、俺はもう何らかの形でお前の側にはいられなくなってる。ロゼッタからの報告は聞いたか?』
     
     食い入るように画面に見入る。
     これは九龍からの、自分に宛てた遺言だ。

    『俺たちの仕事は……まぁ、なんだ。ロクな死に方をしない。それも端から見たらの話だけどな。俺も、おまえがショックを受ける方法では死なないよう出来るだけ努力するつもりだ』
     
     九龍の言う『方法』というのがどれだけ凄惨なものなのか、自分にはとても想像がつかなかった。
     ただ死んだという事、それ以上に辛い事などあるのだろうか。

    『プロポーズした後、俺この仕事辞めるっつったよな』

     そう言って微かに笑う。

    『おまえが辞めなくていいって言ってくれた時、正直嬉しかった』

     ─────違う。
     本当は、辞めて欲しかった。
     出かける背を見送るのがつらかった。

     会えない時間の寂しさも、広いベッドに一人で横たわる時の冷たさも、電話が鳴るたび飛びついて、声を聞いては切なくなって、帰ってくるまで不安でたまらなくて。
     九龍への想いが募れば募るほど、そんな危険な仕事はやめてずっと側にいて欲しいと思っていた。

     でも遺跡にいる九龍は本当に楽しそうで、この仕事をいかに愛しているか知っていた自分は何も言えなかったのだ。
     いつかこんな日が来る、ただその予感に怯えていた。

    『どんな死に方をしたとしても、俺は後悔しない』

     自分を置いていって、独りぼっちにしておいて、何を。

    『おまえは俺が死んだ事でハンターの仕事やロゼッタを憎むかも知れない。でもロゼッタにいなかったら俺がまだ生きてる保証なんてどこにもない。
     ただ、決まった分だけ人は生きる。それだけだ』

     映像の中の九龍が顔を上げた。

     それまでの険しい空気が消えて、一番好きな、いつものあの優しい表情が記憶の中の九龍と重なり熱く滲む。



    『……俺は、おまえを愛してる』



     心地良いはずのその言葉が耳を刺す。
     胸をえぐる。

    『俺の命は最後の一瞬までおまえのものだ。どこにいても、どんな事になっても』

     震える手でその顔に触れた。
     光る画面に、まるで体温のような温もりを感じる。

     真っ直ぐな固い髪
     広い肩
     長い手足

     順になぞる。

    『本当は「俺の事はさっさと忘れて幸せになれ」なんて言おうと思ってたんだけどな……。
     他の誰かとおまえが一緒に暮らして幸せになってるところを想像したら、嘘でも言えなくなっちまった。ごめんな』

     困ったように笑う。
     もう見る事はない表情。

     帰ってこない。
     戻ってこない。

    『すぐにでも会いたいけどよ、後追いは考えるんじゃねえぞ。実家に戻って祖父さんの傍にいてやれ。
     俺の所為で随分迷惑かけたから、その事も一緒に謝っといて貰えたら助かる。
     ……他の奴らには俺が死んだ事は黙っとけ。おまえが言えるようになったら言えばいい』

     そうして暫くの間、自分の死後して欲しい事を思いつくまま淡々と口にする。

     九龍の両親には同じようにロゼッタから報告がいっている事。
     この映像は両親にも誰にも見せない事。
     困った事があればすぐに九龍の両親か、自分も知っているロゼッタの幹部に相談する事。
     貸し金庫の番号。
     家の中にある手紙や資料の処分の仕方。
     日本に戻る時この家をどうするか。

     次々告げられる言葉を一つ足りとも聞き漏らさないよう、記憶に深く刻み込む。

     ある程度言い終えたのか、静かに目を伏せて深く長い息を吐く。
     
    『……おまえみたいな危なっかしい奴を一人にするのは心配だな……』

     そう言って、九龍はまた黙り込んだ。

     こんな事務的な言葉ばかりではなく、きっともっと他に伝えたい事があったのだろう。
     自分の中にもあるのと同じように。
     もしかしたら今日のこの事を、九龍は何となく分かっていたのかも知れない。
     

     ─────九龍が旅立つ日。
     四日前の、夜も明けようかという寅の刻。
     その日何度目かもわからない行為を終えて額に張り付いた髪をよける指先に微睡んでいると、珍しく、着替えたら少し外に出ないかと誘われた。

     近くの丘の公園まで話をしながら並んで歩き、街を見下ろせる場所で時を待つ。
     澄んだ風に火照りを冷まし、汗の引いた身体をさすると上着がそっと肩にかけられ、九龍が空を指差した。

    「夜が明ける」

     闇夜の深い紺から少しずつ現れる太陽が、黄金色に雲を照らす。
     あたたかな陽光に照らされ染まっていく世界の輪郭に目を奪われる。

    ああ

    なんて、

    「─────綺麗だ」

     九龍の口から独り言のような言葉がぽつりと漏れ、隣を見上げるとこちらを見ていて目が合ったので、景色の事を言ったのかそれとも別の事を言ったのか分からずじわりと頬が熱くなる。

     明けてゆく空を映した九龍の瞳は宝石のように美しく、溶けたように滲む青に見入っていると唇にやわらかな感触が落ちた。
     触れた熱を愛おしいと思う気持ちが溢れ、なぜか少し泣きそうになる。

     左の手に九龍の指が絡んでそのまま強く握られた。

    「………俺と来てくれて、ありがとう」

     十年の節目を目前に控え、恐らくこれはこの場所に来たことではなく、九龍の伴侶としてこの地に来たことを言っているのだと理解する。
     答える代わりに繋いだままの手を引き寄せ、驚いた顔にこちらから口づけた。
     外でしたのは初めてで、目を丸くした九龍に「お陰でこれぐらいできるようになった」と得意顔をしたものの、ふと周囲に人がいないか不安になって辺りを見回してしまい、九龍に誰もいねぇよと笑われた。

    「……そろそろ行かないとな」

     出発の時間が近い。
     そう言ってゆっくりと手をほどき。
     金色から青へと移り行く空を背に歩き出した姿が目に焼き付いている。

     あの時、あの手を自分が離さなければ、今も共に在れたのだろうか?


     ……映像の中の九龍が立ち上がり、こちらに向かって歩き出した。
     ガタンと音がして画面が揺れ、間近に顔が映し出される。

     映った左手に見える金の指輪が、今自分の手元にある。
     大きなそれを自分の薬指にはめて目の前の九龍の手に重ねた。

     自分を見つめる青の瞳が
     そっと静かに閉じられる。

     いつものように

     抱き合ったあの日のように

     その唇に、口づけた。



     目を開けた九龍は笑って


    『浮気すんなよ』


     そう言ったきり、映像は静かに途絶えた。




     震える手で暗くなった画面をなぞり、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

     胸が潰れて息ができない。
     呼吸の仕方を忘れたかのように、過剰に入る酸素をうまく吐き出せない。
     
     今まで溜めていた涙が流れることなくそのまま目から零れ落ちる。
     

     眠れない夜は
     優しく頭をなでてくれた。

     数え切れないほどの小さな諍いと仲直り
     朝の挨拶
     玄関まで出迎える時のあの気持ち。

     愛してるという言葉も
     溶けるような口づけも
     あの腕の中で眠る夜も

     何もかも、二度と戻る事はない。

     嗚咽は喉に引っかかり外に漏れることはなく、叫ぶ事すらできなかった。
     
     ただひたすら喪失の痛みと悲しみで満ち溢れていた。

     どれだけ悼めばこの傷は癒えるのだろう。
     そんな日は到底来ないように思われた。

     今すぐ全身の血が涙になって
     この目から零れ落ちて
     木が朽ちるように
     花が枯れるように
     命尽きたらどんなにいいだろう。

     この世界にたった一人で、この広い家にたった一人で、後を追うことすら許されず生きていく。そんな抜け殻のような生に意味などありはしない。

     いつの間にか暗くなっていた部屋の中に微かに九龍の匂いがして、軋む喉を振り絞り、愛しい名を呼んだ。

     ああ、自分の生は葉佩九龍という男に愛された
     十年という歳月のためにあったのだ。




    ***





     深い森の奥にその遺跡はあった。
     あの學園の中にあったもの以外知らなかった自分にとって、それは初めて見る外の遺跡だった。

     入り口と思われる冷たい石の柱に手を添える。
     ここをかつて、九龍が通った。

     九龍の遺産を使ってロゼッタから買い取ったこの遺跡に足を踏み入れる者はもうない。
     
     九龍の眠るこの場所を、誰にも荒らされたくなかった。
     「墓荒し」と罵倒される事も多いハンターの墓をこんな風に護るのはおかしな事なのかもしれないが、かつて墓守だった自分にとっては意味ある行為だった。
     
     

     蔦の絡まった岩と
     花の散る夢のような色彩の中


     最後に見上げた空は雲一つなく
     涙も枯れる事はなく
     後悔などあろう筈もない。


     踏み出した大地は温かく、手のひらの黄金を強く握った。








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