「今だから言えるのだが、正直言ってお前に良い印象を持っていなかった。」
年が明け数日、年末の苦労を皆で労わろうではないかと開かれた新年会及び慰労会の席で、久しぶりに顔を合わせた綺麗な男の言葉に思わず目を見開く。
そういうことを面と向かって言う様な男では無かったと短くはない付き合いで知っているつもりだ。
幾ら無礼講の酒の席だとしても、真正面からそんな台詞を突き付けて来たことに戸惑いが隠せず、はぁ、と気のない返事しか返す事が出来なかった。
「どうした日野?鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔をしているぞ?」
貴方の所為なのだが。思った言葉は口にでず、また気のない返事が出てしまった。
どういう顔をすれば良いのか解らない。中山にどういう心境の変化があったのだろう。
師走の出版社なんて、文字通り皆担当や印刷所に駆けずり回っており、自分も(たぶん中山も)暇なく駆け回っていた。
最後に見たのは確か一月程前だったろうか。少し前までは困った人だと分類されていた、作家の元へ行く前に顔を合わせた時だったろうか。その時だって何時もの様に、まぁ頑張れよと苦笑混じりの作られた笑顔で見送られたのだ。たった一月、されぞ一月。あの取り繕われた表面を自ら剥ぐ様なそんな心境の変化が、彼にあったと言うのだろうか。
「お前のそんな顔を見れただけで酒が美味いな。」
中山は薄らと笑みを浮かべると軽く酒を呷り美味そうに唇を舐めた。
嗚呼駄目だ。その笑みを見て解ってしまった。
あの男は魔性に憑かれたのだ。何があったのか、何に出逢ったのかなんて解らない。だけど彼が魔性に堕ちるだけの何かがあったのだと解ってしまった。嗚呼駄目だ。これ以上居ては駄目だと厠へ立つふりをして席を外した。
これ以上は駄目だと思った。
ちらりと見えた赤い舌が淫靡に見えてしまったなんて、そんな。
切り替える様に深く息を吐く。酒の所為ではない気持ち悪さを飲み込み、深入りは禁物だと自身に言い聞かせた。