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    irikopippi

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    irikopippi

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    鶴月と鯉月の話。
    現パロ、転生。
    なんでも読める人向けのお話を書きたいね…でもちょっと長くなっちゃいそうだなの供養。

    ##鶴月
    ##鯉月

    与う 昼日中の飲み屋街にも太陽は等しく注ぐ。無造作に投げ出された半透明の45Lのゴミ袋も、空になって積まれた銀色のビール樽も、誰かの苛立ちと時間の経過を示す煙草の吸い殻も、何もかもが明るみの中では薄っぺらく見える。小さな店屋が肩をぶつけるようにして並ぶこの飲み屋小路もまた、懐古主義者が作ったジオラマのような佇まいで同じように陽の光に照らされている。
     月島は自転車を軋ませて降り、荷台に括りつけたトロ箱を降ろす。まだ肌寒さの残る季節だが、魚と共に中につめ込んだ氷が少しだけ緩んだ音を立てた。春は近い。
     望んだ訳でもないというのに、今生もあの島に生まれてしまった。荒い波が岩を洗うあの海で獲れた魚介類が特別に美味いものだと知ったのは、なんとか身ひとつでこちら東京に来て、安い居酒屋で刺身を食ってからだった。別段味にこだわるたちでは無いが、そのせいか魚だけは仲卸まで足を運んで買わずにはいられない。
     月島はエアコンの室外機とビールケースの合間へとを押し込む。そうして羽織ったブルゾンの胸ポケットを探り、すぐ向かいの焼き鳥屋にぶら下げられた脂でギトギトになった提灯を眺めながら、紙巻きの煙草に火をつけた。フィルター越しでは味も香りもへったくれっもない。ただ、月島にとっては肺腑を満たして吐き出すという行為が必要なだけだった。そうすることで、ようやく仕事にとりかかる気がおきるのだ。盛場の片隅にある、無駄に年季の入った食堂兼一杯飲み屋の雇われ店長という単調で面白みのない仕事に。
     聞き慣れた原付バイクの音に、月島は会釈した。相手も別段応えるでもなく、顎をしゃくるようにして通り過ぎていく。バイクに乗った初老のおとこは酒屋で、周囲の店へと酒を届けるために日が高いうちからこの飲み屋界隈をこまねずみのように走り回っている。軽トラックも入れられないような路地をおとこは酒を載せてもう何千何万回とぐるぐると回っているのだろう。月島は出口のない箱の中で右往左往するねずみを思い浮かべた。事実、月島にも滅多にこの町を出る用事がない。自宅は店の二階を借りているし、唯一の楽しみである銭湯も町の中にある。月島はビルの覆う空を見上げて肺腑の底でたゆたう煙をゆっくりと吐き出した。
     にい、にい。
     小鳥の鳴くような音がする。
     また軒下に鳥の巣でもつくられたか。月島は盛大に舌打ちをして外れかけて斜めになっている雨樋の様子を伺う。
     にい、にい。
     音は下から聞こえてくるようだった。咥え煙草のまま音のする方を探ると、さっき自転車を押し込んだ室外機の奥でもごもごと動くものがあった。
    「やめろよ。こんなところで」
     音の正体は、まだ毛もべっとりと濡れたままの灰色の子猫だった。べとべとの塊はもぞもぞと変な具合に動く。どうやら何匹かいるようだった。じっと見つめていると、薄桃色の鼻先がひとつ出て、宙を嗅ぐのがわかった。閉じた瞼の下は膨らんでいてそこに目があることを教える。
    「ふ」
     月島は思わず漏れた自分の声の柔らかさに眉を顰めると咥えていた煙草を捨て、踏み潰す。足の下で刻んだ葉が油の染みた地面にぐんにゃりとほどけた。放っておいても子猫はいずれ死ぬだろう。頭上から視線を感じた。見上げると電線にとまっていたらしいカラスが飛び立っていくのが見えた。
     *
     店内はいつものごとくカウンターの上に取り付けられたテレビの音とまばらな酔客の話声でぼんやりとした空気を醸していた。月島は時折入る注文をこなしながら、客に注がれたぬるいコップ酒を舐める。
     旬の素材を生かした、といえば聞こえがいいが、その時々で安いものを出しているに過ぎない。一応この店の名物は煮込みだということになってはいるが、それは臓物やこんにゃく、豆腐といった材料は値段の上下が少ないからであって、それ以上の理由はない。ここに来る客も目新しさや特別なものを求めている訳では無く、駅から降りてすぐに二、三杯のアルコールと飯を食って帰る手軽さが必要とされているのだから、ニーズとデマンドの一致がこの店が年号をふたつ跨いでも存在させている理由なのだろう。月島とてこの店に愛着があるわけでもない。ただ、大した腕もない若かった頃の自分を気まぐれに雇い、調理師免許まで取らせてくれた老齢の店主に請われるままに店を切り盛りしているだけだった。手に職があるほうがいいだろう、と手間と時間をかけて取らせてくれた免許はその実、この店で働く限りは必要がない。せっかくの資格を生かすこともなく、お前にその気があればうちの店を継いでくれたっていいんだよ、と言われてしまうような年月が経ってしまった。ただ見舞いに行くたびに縮んでいく店主が、白いべッドの上できついオレンジ色のゼリーをぼんやりと口に運ぶのを見た時から、月島は返事を引き延ばしにしている。月島に気付き、安堵したように笑う薄甘いゼリーの目。誰かの人生を背負うなど、できるわけがない。自分のような人間に。
     カウンターの上から流れる空々しい笑い声に混じって引き戸がごくごくゆっくりと開けられる音がした。春を待たずに降り出した雨の音が聞こえる。ああ、と月島は顔を上げるまでもなくため息をついた。
     おとこは決まって雨の日にやってくる。
    「いいかな」
     よくない。
     いらっしゃい、と便宜上の返事をして月島は冷蔵庫の中身を思い描く。鱈がある、豆腐がある、春菊、ネギ。あるいは出始めたばかりの菜花か名残のフグか。ゆりね、小蕪。いい具合のホタテもある。
     おとこが目の前に座ったのを全身で感じとってしまう。その自分の動きにさえ舌打ちしたい気分で保温庫からおしぼりを取り出し、ぐずぐずとビニールを剥く。
     まあ、鶴見さん!
     カウンターの端で客と飲んでいた女が酒でやけた声を無理に高くするのが分かった。二ヶ月ぶりかしら? とか、今回はどちらに?とか、この方はとっても有名な写真家の方なのよとか、ついあげてしまった声の高さを誤魔化すように同伴出勤とおぼしき客に女が説くのが聞こえた。
    「これ、おみやげ」
     急に視界に入ってきた紙袋には東京銘菓と黄色い絵が描かれていた。
    「月島は好きだろう、バナナが」
     つんつんと目の前で揺すられる度、紙袋の匂いがした。
    「これは好きじゃないですよ」
     観念して、顔を上げるとにっこりと笑う元上官が居た。
    「鯉登さんですよ、それが好きなのは。来週あたり来ると思います。こっち東京に用事があるとか言ってましたから」
     おしぼりを手渡すと細い湯気の向こうで鶴見が目を細めたのがわかった。
     同じく月島のふたりめの元上官である鯉登は今生も鹿児島に生まれた。まだ学生である鯉登は奇しくも幼い頃に出会った鶴見が与えてくれたという理由でこの東京銘菓を好んでいる。もっとも、若い彼に前世の記憶はないようだった。恐ろしい、と月島は思う。記憶がない鯉登を見つけだしてまた手繰り寄せている鶴見と、記憶がなくとも鶴見にまた惹かれている鯉登の両方を。
    「何、食べますか」
     湯豆腐、天ぷら、蒸し物。鶴見の手首を盗み見ながら月島はまな板を晒しで拭う。汚い店ではあるが、白木のまな板だけは綺麗にしておかないと気持ちが悪い。
    「いらない、さっきミツワに寄ってきたから」
     駅裏にあるその喫茶店には鶴見の好きな固いプリンを出す店がある。
    「ああ、そうですか」
    「そう怖い顔をするなよ。プリンにだって栄養はあるよ」
     そういう問題ではない、と月島は目についたアルコール消毒のスプレーを取り、作業台台に吹きかけた。
     また引き戸が開く音がして、ひとりなんだけどと言う客に、月島はカウンターを振り返った。そこにもう鶴見は居ない。小さくドアの閉まる音がした。店の奥にある従業員用とかかれた扉の向こう、階段を登っていけば月島の居住スペースだ。
     どうぞ。ここ、今拭きますんで」
     おしぼりと紙袋を引き上げ、客を呼び入れる。片付けてしまおうと紙袋の中身を取り出す時、一緒に入っていたレシートがひらりと落ちた。印字された店名はすぐそこの駅ビルのものだった。月島は時計を睨む。
    「嘘つき」
     令和の時代に生まれた死神は驚くほどに詰めが甘い。もしくは、それすらもおとこの手のひらの上の出来事なのかもしれない。どちらにせよ、とたった十分前の時刻が記載された紙片を伝票差しの針に勢いよく串刺す。月島にとっては、もうどちらだっていいことだった。
     *
     店の奥から居住スペースに繋がる階段を登っていく。少しずつ濃くなっていくその香りに月島は眉を顰めた。
    「ひとの煙草、勝手に吸わないでください」
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