「あっ!おかえり、モズ!夕飯の準備はできているよ。一緒に食べよう?」
「……………。」
私は一体いつまで…こんな甘ったるい夢を見ているのだろうか?ツバメくんの弱みにつけ込んで、まるで救ったフリをして…こんな場所に縛りつけて…。誰がどう見たって不健全な関係なのに、どうして君はそれを…当たり前のように受け入れているんだい…?
「…モズ?どうしたのかな?食欲無い?」
「…何でもない…放っておいて…。」
「…………。」
「……んっ…?」
いつもより少し寒い朝。どうしてだろう?寝惚けた頭は思考を放棄するけれど、その理由は考えるまでもないことだった。
「……モズ…?」
隣に、モズがいない。彼女が僕よりも早く起きるのは、かなり珍しいことだ。
「…モズ……?」
ベッドの隙間は冷たい。眠る前は確かに、温もりがあったはずの場所。
「……………。」
冷たい床に足を下ろした時、小さな違和感が揺らぎだす。
「っ…!?」
足枷が…外れていた。これを外す権限は僕には無いし、勝手に外れるものでも勿論ない。疑惑は少しずつ、確信へと変わる。
「っ!」
焦って覗いたリビングはいつも以上にがらんとしていて、テーブルの上には見慣れないものが置いてある。
「これ…は……?」
財布と、通帳と、ボストンバッグ。バッグの中には数日過ごせるくらいに衣類や日用品が詰め込まれていて、通帳には1年は過ごせそうな額面が書いてある。そして財布の中にはお札がぎっちりと詰まっていた。
あぁ…これは……逃げろってことなんだ……。
「………そろそろ…いいかな…?」
ぼーっと夕陽を眺めるだけなんて、無駄な時間の使い方をしたものだ。それでも…必要なんだ。彼女が逃げる為の時間が。私が…心の整理をする為の時間が…。いつか必ず来るとわかっていた、この不健全な関係の終わり。どれだけ身構えていたって、そう簡単に割り切れるものでもない。用意周到な彼女のことだ。帰ったら朝食の作り置きが冷蔵庫に入っていたりしないかなぁ?…わかっている。そんなことはあり得ない。だって最後の晩餐にしては…贅沢すぎるだろう…?
「モズっ!!!」
「っ!?」
もう二度とこの鼓膜を揺らすはずがない声。いつも凛としていて…でも今は焦りと…ほんの少しの安堵が滲んだ声。
「モズ…モズ…!探したんだよ…!?無事で…本当によかった…っ!」
「つ…ばめ…く……。」
その言葉に偽りは無いのだろう。私を力一杯抱きしめる彼女からは、汗の匂いがする。
「…何のつもり?せっかく…逃げられるチャンスだったのに…。」
「僕はキミを置いて…逃げたりしないよ。」
「ふざけるな!いい加減気付けよ!おかしいだろ!?毎日鎖に繋がれて…閉じ込められて…身体を好き勝手されて…!こんなこと…っ!」
「…でも……モズがいてくれるよ。僕にとっては…今日1日の方が余程気が狂いそうだった…。モズと一緒に暮らしてから、こんなに辛かったことはないよ。だから…もう二度とこんなことはしないでくれ…!…お願いだから…っ!」
「…まったく…これじゃあどっちが縛られているか…わからないねぇ…?」
縛られているのが心地良いなんて…私も大概、気が狂ってしまったかなぁ…?