頑張った 元チャンピオンとなって学園に戻ってきて、皆に謝って回るのは吐きそうなくらいに緊張した。そのうち噂でも流れたのか、声を掛けようとした相手が、自分を待っていてくれるようなこともあって、自分が人を見ているのと同じように、人も自分を見ているのだと、当たり前のことを今更感じたりもした。
手持ちとも向き合うと決めて、ウォッシュしたり、ただじゃれあったりするような時間を多く設けた。手持ちたちは概ね皆喜んでいるように感じた。しばらく戦闘からは外していた茶色の縞模様の手持ちはウォッシュされている最中でも嬉しそうにその長い体で巻きつくように纏わりついてきて、自分までずぶ濡れになってしまったりした。彼らは賢いので、わからずにやったわけではなく、喜びながらも自分を泡だらけにすること自体が意趣返しのようなものだったのだと思うし、誰かさんのように「やり返して」くれるというのも、ある意味彼らがこちらに対して心を開き、信頼してくれている一つの証であると理解していた。
しかし逆にリンゴの竜は、自らをいわば共犯者だとでも思っているようで、再開された触れ合いに喜ぶというよりは、他の手持ちに順番を譲ったり、次なる戦闘に向けた自主練習のように、少し離れたところでレーザーを打っていたり、それから、こちらを慰め労わろうとするように、舌でべろべろと舐め回したりしてきていた。だから、そのようなリンゴの竜の気持ちに対して、自分がどのようにケアすべきなのか、判断がつかなかった。負けたのはきみのせいじゃないと改めて言うのも違う気がするし、結果的にこれで良かったんだと言うのもいかにも言って聞かせている風な気がするし、かと言って、他の手持ちと異なる行動をしているのに同じように扱うのも良くない気がした。
「おーす! 元チャンピオン様はブリーダーとしても優秀そうですねぃ!」
「カキツバタ、今日も言い方……」
両手を頭の後ろに回したカキツバタがニヤニヤしながらこちらに向かって歩いてきていた。復学してからというもの、どこで課題をしていても一日一回は必ずカキツバタが話しかけてくるので、最近は見つけてもらいやすいところで活動しようかと思う時すらあった。課題の時間がここまで被るとも思えないので、きっとカキツバタはまたサボりなのだろう。一応、授業は、と聞いてみたが、ん〜?、などとはぐらかされ、やはりなと思う。
カキツバタが合金の竜を出すと、磁石の大岩の手持ちが親近感を覚えたのか、宙に浮かびながら引き寄せられるように近寄っていった。たしかあの合金素材自体は磁石にくっつかなかったと思うが、鋼と言われるタイプである以上、やはり何かしらの力は働くのだろうか。そのようにして、手持ち達が思い思いに戯れ始めるなか、少し離れた位置から碌に動こうともしないリンゴの竜を見て、カキツバタが片眉を上げた。
「お前さんは今日も遊ばねぇのかい?」
にょろりと伸びた竜の一匹が、カキツバタを見つめ、そして引っ込む。もう一匹も引っ込む。最後に残った司令塔の一匹は、ゆらゆらと揺れながら所在なさげにカキツバタを見つめ続けた。
「あぁ、お前さん、『学園最強のオイラ』を破った個体だねぃ」
司令塔も、ついに引っ込んでしまった。あらら、などと言うカキツバタを白い目で見ながら、リンゴの外側を洗ってやる。
「心の傷は、平気そうに見えても、案外残るからねぃ」
シャワーの水音の中、くっきりと聞こえたその声にどきりとした。一瞬、謝罪して回って許された気になっている自分へ向けられた言葉かと思った。しかしカキツバタの視線はリンゴの竜に向けられていたし、よく聞こえた割に声色は静かで、責めるような響きはどこにも無かった。
「お前さんたちは、よく頑張った。だよなぁ? スグリ」
「うん、……本当に皆、こんな俺についてきてくれて」
「改めて言ってやれぃスグリ。『俺たち』頑張ったなって、よくやった、ってよ」
え、とカキツバタを見上げるが、カキツバタは少しだけ笑い、それ以上言葉を重ねなかった。恐る恐るシャワーを止めると、リンゴの竜達もまたゆっくりと顔を出した。シャワーを傍に置き、口の中を舌で湿らせながら彼らに手を伸ばすと、皆が手に触れようとするように集まってきた。
「……そうだよな、俺たち……けっぱったよな」
竜達が絡みついてきて、引っ張られ、ぐえ、と声が出つつ、体がりんごの部分に当たって飴まみれになる。竜達の舌がべろんべろんと、顔を舐めてくる。
「けっぱった……よくやった、俺たち、けっぱれたな」
泣いてもいないのに、竜達が目の周りを盛んに舐めてくる。竜達は自分が泣くかもしれないと思っていたのだろうか。それとも、涙腺が無いだけで、竜達は泣いているのだろうか。
そんなことを考えていたら、結局、竜達にそれを舐め取られることになってしまった。カキツバタはその間、他の手持ち達と遊んでくれていたようだった。少し落ち着いてから首に竜達が巻き付いた状態で振り向いたら、カキツバタも首から体にかけてマフラーのように茶色の縞模様の手持ちに巻き付かれていて、笑ってしまった。