不変を願う 普段から眉根を寄せていることの多い一角だが、今日はいつにも増して眉間に深い皺を刻んでいた。
不機嫌の正体は、最近開発された新型の伝令神機である。
浦原喜助の技術協力のもと様々な機能が付加されたそれは、一部の死神の間ではとても好評らしい。
一角に一番近しい存在、弓親もそのうちの一人だった。
「だからこのトーク画面から僕を選んで文字を打つだけだよ」
「電話の方が早えぇだろ」
先程から弓親に新型伝令神機のレクチャーを受けているが、旧型で事足りている一角はまったく乗り気でない。
旧型ですら必要最低限の業務連絡に使うくらいで、誰かと頻繁に連絡を取り合うような性格でもない。
そもそも最も連絡を取る可能性が高いであろう弓親とは一日の大半行動を共にしている。
わざわざ伝令神機を用いてやり取りする必要などないのだ。
一角がそう伝えると、弓親は少し口を尖らせた。
「でも君が副隊長になってから別々の業務も増えただろう?帰宅時間もばらばらだし、何かあったときLINEの方が便利なんだよ」
弓親の主張もわからないではない。
滅却師との大戦から少し経った頃、一角と弓親は席官だけが持つことを許される屋敷を構えて同居を始めた。
帰る場所を同じにしておきたいとの思いからだったが、同居当初はすれ違う日も少なくなかった。
先の大戦で相当なダメージを負った瀞霊廷の再建業務は多忙を極め、昇格した二人もまた目の回るような日々だった。
ようやく以前の日常を取り戻せたのが同居から半年。
今ではそれなりに時間にゆとりを持てるようにはなったが、三席と五席だった頃から思うと別行動は増えた。
慣れたと言えば慣れたし、物足りないと言えば物足りない。
弓親もおそらく同じような思いなのだろう。
ぽりぽりと頭をかきながら、一角は不貞腐れた様子の弓親に言葉を投げた。
「…文字の打ち方も教えろ」
横柄な物言いを咎めることもなく、弓親はパッと表情を輝かせて意気揚々と説明を再開するのだった。
弓親による講習が終わった頃には、一角は心底疲れ果てていた。
気付けばLINEだけでなく新型のありとあらゆる機能を解説され、聞き慣れない言葉の数々は一角の脳の許容量を大幅に超えた。
ぐったりと臥す一角を尻目に、満足げな弓親は庭に植えた花々を愛でている。
すっかり日常と化したその光景を、一角は臥したままぼんやりと眺めた。
様々な花に彩られた庭は、屋敷を建てる際に弓親がこだわって誂えたものだ。
忙しい日々の中でも手入れを怠らず、四季によって違う姿を見せるその空間は弓親の聖域だった。
残念ながら一角は花を愛でる趣味や季節による変化に気付ける機微も持ち合わせていない。
だが常に美しい状態が保たれている庭を見るたび、価値観の異なる存在と暮らしている実感がわいた。
この光景を目にするようになってから、もう何年が過ぎただろうか。
一角は放り投げていた新型の伝令神機をおもむろに手に取ると、脳内にかすかに残る記憶を頼りにカメラ機能を起動させた。
咲き誇る花たちに溶け合う庭の主に向けて構え、焦点が合ったところで撮影ボタンを押す。
カシャ、という音に一瞬焦ったものの、幸い被写体には聞こえなかったようだ。
日常風景を切り取った何ということのない1枚だが、一角にとって何よりも不変を願わずにはいられないものがそこには写っている。
少し逡巡したあと、これ以上増えることはないであろう写真フォルダにそっと収めた。