有志で定期的に開催される全隊合同慰労会――つまるところただの大規模飲み会だが――もそろそろお開きといった頃合いには、毎度おなじみの光景が目の前に広がっていた。
半裸になって乱痴気騒ぎしている者、他愛ないことで小競り合いを始める者、部屋の隅で吐き気をもよおしている者、床に転がって爆睡している者多数。
こういう場ではおそらくそれが正解であり、そのどれにも属せない人間は損をするのだ。
つくづく自分の苦労性が恨めしいと独りごちながらも早々に諦めて、泥酔して正体不明に陥っているどこぞの隊員を介抱し始めた。
手当たり次第に水を飲ませ、物置から運んできた夜具を掛けてやった人数が両手を超える頃、己と同じような動きをしている人間が視界に映った。
無骨な見た目とは裏腹に、慣れた手付きで甲斐甲斐しく酩酊した相手の世話を焼いている。
普段の様子を見る限り世話を焼く側と焼かれる側は逆の印象だったため、少し意外で興味を惹かれた。
「綾瀬川もそんなになるまで飲むことあるんだな」
「…檜佐木」
背中越しに声を掛けると、射抜くような三白眼が己を仰ぎ見た。
相方の腕の中で深い眠りに落ちている人物はプライドの高さゆえか日頃あまり隙を見せない。
これまでの酒席でも嗜む程度に、といった具合で微酔した姿すら見たことはなかった。
「松本が強い酒飲ませやがったんだよ。度数は高いが甘めぇからぐいぐいいっちまったんだろ」
「あぁなるほど、乱菊さんの仕業か」
「潰しといて、あいつはしれっと帰りやがるしよ」
綺麗に剃髪された頭をがりがりと掻きながら不満を口にする。
まだ自身は飲み足りないが元来の面倒見の良さゆえ潰れた相手を放っておくわけにもいかず…といったところか。
「なら俺が綾瀬川運んどいてやろうか?十一番隊舎なら近いしな」
この場に転がっていた酔っぱらい達もあらかた片付いた。
素面の人間ももう必要ないだろうし、己自身そろそろ引き上げようと思っていたところだ。
九番隊舎までの帰路の途中ならさして負担でもない。
純然たる親切心による申し出だったが、目の前の男は視線も合わせず「いらねぇ」と冷たく言い放った。
その態度が少し癇に触って、つい言葉を返してしまう。
「遠慮するにももうちょっと言い方ってもんがあるんじゃねぇか?」
「余計なお世話だっつってんだよ」
「お前なぁ…!」
気を利かせたのになぜこんな棘のある言われ方をされなければならないのか、思わず胸倉を掴もうと手を伸ばした刹那、過剰なまでに払いのけられた。
「触んな!」
腕の中の人物を守るように抱き寄せ、睨みつけてくるその剣幕に不覚にもたじろいでしまう。
その隙に目の前の男は未だ目覚める気配のない相手を抱えたまま立ち上がり、足早に立ち去って行った。
呆然とその背中を見送り、姿が見えなくなってようやく回り始めた頭で一連のやり取りを反芻する。
己が伸ばした腕は紛れもなく無礼な男を咎めるためだったが、反応を思い返す限りどうも相手は違う受け取り方をしたようだ。
向けられた鋭い目線を思い出し、へなへなとその場に座り込んだ。
「あれ無自覚だったらタチ悪すぎるぞ…」
溜め息とともに漏らした言葉は、酒に飲まれた者たちの雑音に虚しくかき消された。