無題ある嵐の夜、スクランブルが発令された。ソビエトの偵察機が領空近くに現れたのだ。神田と栗原はF-4に飛び乗り、雷鳴の中を上昇した。機体が揺れ、視界は真っ暗。栗原の声だけが神田の耳に届く。
「神田、右30度、高度維持。敵機はまだ捕捉できてない。焦るな」
「お前がいるから焦らねえよ」
その瞬間、機体が雷に揺さぶられ、警告音が鳴り響いた。神田の操縦は荒々しく、だが栗原の指示は揺るがない。二人は息を合わせ、敵機を追い払った。
着陸後、ずぶ濡れの二人だけが格納庫に残った。神田がヘルメットを投げ捨て、栗原に近づいた。
「栗、俺、お前の声がなきゃ、今日墜ちてたかもな」
「……馬鹿言うな。俺がいる限り、お前は墜ちないさ」
その時、神田の手が栗原の肩を掴んだ。目が合い、時間が止まった。次の瞬間、互いの唇が重なる。雨音が全てを覆い隠し、二人の鼓動だけが響き合った。
それから二人は、基地の片隅や夜の滑走路で、誰にも見られぬよう愛を育んだ。この社会では、彼らの関係は許されざるものだった。自衛隊の規律、男社会の視線、そして何より自分たち自身の葛藤。だが、空を飛ぶたびに、互いの存在が全てを上回った。
「神田、もし俺たちが……このままじゃいられなくなったら、どうする?」
ある夜、栗原が珍しく弱音を吐いた。神田は星空を見上げ、笑った。
「その時は、俺とお前で680に乗って、どこまでも飛んでくか。誰も追いつけない高度までな」
栗原は小さく笑い、神田の手に自分の手を重ねた。