無題百里基地の夜は、エンジンの残響と星の瞬きだけが支配する。滑走路の端に佇むF-4ファントムⅡのシルエットは、まるで神田と栗原の絆そのものだった。昼間は轟音とともに空を切り裂く戦闘機も、今は静かに眠っている。だが、二人の心は、静寂の中でこそ激しく揺れ動いていた。
神田鉄雄、二等空尉。陽気で熱血、口より先に拳が飛ぶような男だ。コックピットでは誰よりも大胆に機体を操り、敵機を模したターゲットを次々と撃ち落とす。一方、栗原宏美、二等空尉。冷静沈着、ナビゲーターとして神田の背後で正確無比な指示を出す。名前の文字から女性と間違われることもあるが、栗原は紛れもない男だ。鋭い眼差しと、必要以上の言葉を排除した態度が、彼の存在を際立たせていた。
二人は出会った当初、火花を散らした。だが、幾多の任務と訓練飛行を経て、互いの技量を認め合うようになった。神田の無謀な操縦を栗原の計算が支え、栗原の堅実さを神田の情熱が引き出す。コックピットの中では、二人は完璧だった。
いつしか、その信頼は絆へと変わった。基地の片隅で酒を酌み交わし、夜空を見上げながら語り合う。神田の笑い声が響き、栗原の静かな微笑みがそれに応える。そんな夜が、二人を恋へと導いた。誰もいない格納庫の影で交わしたキスは、ジェット燃料の匂いと混ざり合い、危険なほどに甘かった。
「俺、お前がいなきゃ空なんか飛べねえよ」
神田の言葉に、栗原は目を細める。
「馬鹿言うな。俺がいなくても、お前は飛ぶさ。……ただ、俺も一緒にいたいだけだ」