街の人の談笑が響く麗らかな午後の時間、リオセスリはヌヴィレットに呼ばれてパレ・メルモニアにある執務室を訪れていた。長椅子に座り、ヌヴィレットの用意してくれたお菓子と紅茶を頂きながら軽く世間話を交わした後本題に入る。
「それで、俺に相談事って？」
「ああ、その事なのだが折り入って頼がある。私と恋人になってくれないか」
　リオセスリは紅茶を吹き出しそうになりながら、動揺のあまりいつもより雑にソーサーにティーカップを置く。
「何か事情でもあるのか」
　予想だにしなかった事態に柄にもなく取り乱したが、瞬時によく回る優秀な頭で冷静に考え結論を出した結果ヌヴィレットに何かしらの厄介事が舞い込んだのだろうという結論に至った。
　どうやらリオセスリの推測は的中したようで、無表情に困惑を浮かべながらリオセスリを此処に呼び付けた理由を話し始める。
「実はこの頃、少々困った集団に手を焼いていてな」
　リオセスリは怪訝そうな顔をして顎に指を当てる。
「並の集団ならあんた一人でも解体できそうだが、そんなに手強いのか？」
「手強いと言えばそうなのだが、武力的な意味ではない。寧ろ相手の行為が法に触れるようなものではない為手を出す訳にもいかないのだ」
　いまいち釈然としないヌヴィレットの言葉にリオセスリは眉を顰めると視線で続きを促す。ヌヴィレットは視線を逸らし、言いにくそうに重い口を開いた。
「つまり、私を盲目的に狂信している者の集まりという訳だ」
「なるほどな」
　そっちか、と心の中で深い溜め息を吐く。ヌヴィレットは威厳ある立ち振る舞いと神秘的かつ冷たさを感じさせる容貌の美しさで少々近寄りがたくもあるが、高嶺の花の彼に少しでもお近づきになりたいという者は一定数いる。現にメロピデ要塞に収監されている囚人の中にはヌヴィレットに認知されたいが為に再犯を企てる者がいるという噂があったりする。
「これを見て欲しい」
　ヌヴィレットは茶菓子が盛られた皿を避け、机の中央に数十枚の封筒を置いた。
「これは？」
「彼の者たちから届いた手紙だ」
「見てみてもいいか？」
「構わないが」
　少々不安そうな顔をしたヌヴィレットの了承を得て何枚かの封筒の封を開けると手紙を取り出して軽く目を滑らせる。その内容はどれもヌヴィレットのことを心から慕っているという文章だった。ヌヴィレットのことを大層神聖視していることが少々引っかかる。大袈裟な表現とポエムのような文体で恥ずかしげもなく真っ直ぐに愛を綴る文章に思わず苦笑いが溢れる。
「気味悪くはあるが確かに実害を加えようという悪意は感じられない。これじゃあ証拠不十分だな」
「何も彼ら彼女らに裁きを下したいという訳ではない。私も事を穏便に済ませたいのだ」
「それで、どうして俺に頼んだんだ？他にも良い人選はあったんじゃないか」
「それについて説明させて貰うと、私は最高審判官という立場にあってリオセスリ殿はメロピデ要塞の管理人かつ公爵という肩書きがある。私たちを恋人同士と勘違いして集団の誰かしらが噂を流したとしても、大物同士となると一定数信じる人もいるだろうが大抵の市井の人達は低俗なゴシップだと受け流すだろう」
「あんたも俺も滅多に人前に出ないせいでネタがなくなった新聞社に有る事無い事書かれたりするもんな。傍迷惑だが逆にそれを利用するってことか」
　リオセスリがクッキーをつまみながら言うとヌヴィレットはこくりと肯定する。
「それに、リオセスリ殿は強いからな。全幅の信頼を置いているというのも人選理由の一つでもある」
　ヌヴィレットが表情を緩めてリオセスリを見つめる。
リオセスリはぴくりと一瞬動きを止めると、ヌヴィレットの言葉の意味を咀嚼してじんわりと神経湧き出るような衝撃が身震いさせる。
「分かった。引き受けよう」
　気がついたら衝動的にそう返事をしていた。リオセスリの返事にヌヴィレットは頬の血色を良くして嬉しそうだ。
「済まない、借りは必ず返す」
「ああ、高く付くぜ」
　リオセスリは得体の知れない感情を誤魔化すように軽口で応戦した。