「…俺が組織の情報を話すと思っているのか?」
「この拘束が解けたら…同時に貴様の命も潰えるだろう」
射抜くような鋭く美しい切長の眼差しは、今までに向けられた事の無い憎悪に満ちている。
真っ直ぐにこちらを見詰める瞳に迷いは見当たらない。
「だからお前は、エリオス社って言う組織の、ブラッド・ビームスで…」
「俺はエリオスなど知らない、それに組織に拾われた時からラストネームは無い」
見知った顔で、声で、はっきりと拒絶を言ってのける。
そして、そんな同じ押し問答をオレ達はもう何度も繰り返していた。
※
遡る事、二日前…
「協力してくれてありがとう、ブラッドくん」
「構わない、俺も洗脳の訓練には興味があった」
「でもまだ開発途中だからね…何か問題が発生したらすぐに教えてね」
ノヴァ博士のラボに訪れたブラッドは、様々な器具が伸びた椅子に座っている。
以前ジェイが受けていたと言う洗脳に対する訓練を簡略化して、常人よりも精神力が強固であるならば行えるようにと研究部は改良を重ねていた。
「これが洗脳訓練の装置ねぇ…」
「キース、お前も受けたいとは意外だったがな」
「へっ、お前のお堅い頭ん中に何か問題あったら、オレが助けてやるから安心しとけよ」
「お前の頭がこの訓練で少しは緊張感を持てると良いな」
「ブラッド、お前なぁ〜」
「あは、キースくんも受けてくれるなんて助かるよ」
仰々しい装置に似つかわしくない緩い声に、思わずブラッドの眉根に皺が寄る。
何だかんだと言い合うながらも信頼に満ちている二人の変わらない普段の光景に、ノヴァは小さく笑い声を上げた。
目を閉じたブラッドの頭に電極の付いたパッチが付けられ、モニターに電図が浮かび上がる。
ピ、ピ…と規則正しく刻まれるそれを確認した後、再びノヴァはブラッドに声をかけた。
「じゃあ、開始するよ。ブラッドくんの方から進言しても、こっちから見て判断しても、何か不具合があったらすぐに止めるから安心してね」
「ああ、分かった…始めてくれ」
ノヴァの手がレバーを下げると、電極にエネルギーが走り出す。
それ以外は特に変わった様子も無く、電図にもブラッドの身体にも異常は見受けられない。
今、機械はブラッドの精神に干渉し、夢を見せているような状態だ。
自身にとって最大級の甘美と感じる、美しい儚い嘘の世界。
それを精神力で持って跳ね除け、無事に帰ってくる事が今回の目的で、勿論外部から強制終了が可能になっていた。
「どうなんだ?ノヴァ博士、ブラッドの様子は」
「今のところ概ね順調にいってるかな…ブラッドくんの精神力なら、予定ではあと5分くらいで戻れる筈だけど」
『……ザ……ザ、ザ………』
ノヴァが再度電図の様子を確認したその時、けたたましいアラーム音が鳴り響く。
見守っていた研究部のスタッフ達は、張り詰めた空気でモニターを見直し、手元のキーボードを打ち鳴らす。
「おい、何なんだよ!?」
「ーーッ、ブラッドくんの容体は!?」
「システム、脳波と共に異常を感知!」
「緊急装置の使用を解除しました…!!」
突如ブラッドの身体がガクガクと震え始め、指先から頭まで電流が走っているように痙攣する。
額から脂汗が吹き出し、美しい貌が苦痛に歪む。エマージェンシーコールの警報が室内の人間を焦らせていく。
「…ッ、ッ……!!」
「くそっ…間に合え…!緊急装置作動…!」
ノヴァがコードを入力すると装置と警報はピタリと止まり、ブラッドの激しく振れていた電図も穏やかになっていった。
キースを含むその場にいた全員が駆け寄り、声を掛け、ブラッドの脈や身体に異常が無いかを隅々まで調べる。
「ブラッド!おい!ブラッド!!」
「ブラッドくん、ブラッドくん!大丈夫か!?」
「ーーーッ、う……ッここ、は……ッ!?」
キースとノヴァの呼び掛けに薄く目を開けたブラッドに安堵が漏れたのも束の間、当の本人は研究員たちの姿と室内を緩く見回した後、態度を豹変させた。
「ブラッド、く……ッ、うわッ!!?」
「おい、ブラッド!お前ッ、何してやがんだ!」
一番近くで様子を見ていた為、伸びた腕はノヴァの胸倉を掴み軽い身体を難なく持ち上げると床に叩きつける。
咳き込むノヴァに馬乗りになり追撃を加えようと動く手を、キースのテレキネシスが食い止めた。
「ーーッ、貴様…能力者か…!?」
「ッ、ブラッド、何言って…」
「何故…俺の名前を知っている…?」
身体を拘束されながら、ブラッドは目を細め冷たく睨み付ける。
氷のような美しく整いすぎている美貌に、普段は瞳の奥に潜んだ暖かさは感じられない。
「…貴様は…何者だ…?」
「ブ、ブラッド…?」
知らない人間を見ているようで、応援が来るまでの間、キースはブラッドに話しかける事も、拘束を解く事もできなかった。
※
何の変哲もないオレの部屋に、後ろ手に拘束されて睨み付けてくるブラッドがいる。
「…俺の拘束が解けたら、正体を知る者を皆殺しにする」
その後、精密検査を受けたブラッドは洗脳状態であることが分かった。
洗脳と言うよりは、頭の中の記憶が全て作り替えられているらしい。
元の記憶が無くなってはおらず、ブラッド自身の個人情報はそのままになっていて、別の世界の設定だかが埋め込まれている形だと。
専門的なことは全く分からないから、ノヴァ博士が言うには、そのエラーの部分を取り除けば元に戻ると言っていた。
その為にはリラックス状態…今のブラッドの思考を停止させる事が大事らしいが、とにかくこのブラッドは説得も何もあったもんじゃない。
設定としてはどこか知らない組織のエージェント…所謂裏の世界の人間で、オレ達ヒーローのような能力者を捕獲して研究所に売る仕事をしていると言う。
そうやってベラベラ自分の事を喋っているのも、拘束が解けたらオレを殺すからだの、物騒な事をずっと言っているのだ。
「ーー何故、此処には貴様しかいない…?」
「…オレとお前が、恋人同士だから」
「何を馬鹿な事をぬかしている…貴様の事など知る由も無い」
オレとブラッドの関係を、バッサリと一蹴されて、一層悲しくなった。
ディノが帰って来てからも色々とあって、苦節困難を乗り越えやっと恋人同士まで辿り着いたのだ。
現に拘束されているブラッドの首元には、昨日までオレたちが愛し合っていた証拠の痕まであると言うのに。
ノヴァ博士がオレたちに配慮して、今のところ他のヒーローたちはブラッドがこんな風になっているのを知らない。
オレがとにかく、強情なこいつをリラックスさせてやれば済む話で。
それに実を言うとこんな状態だって言うのに、オレは拘束されているブラッドの姿に興奮しちまってる。
憎しみを持って睨み付けられるのも、悲しさもあれど向けられた事のない視線は新鮮でゾクゾクした。
「そうだ……お前の頭の中、真っ白にしてやらねえとな…」
「な、何をする気だ…貴様!俺に近付くな!」
突如目が据わったであろうオレに、ブラッドは焦り出す。
何故か手を出されない事から舐めていたのか、それとも自身の力に慢心でもあったのか。
何にせよ、普段のブラッドにはあるまじき油断だろう。
恋人同士が二人きりで、相手をリラックスさせるなんて、やる事と言ったら一つしかない。
ノヴァ博士を信じて、オレはこれを一種のプレイだと割り切って楽しむことにした。
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ここからえちシーンが入ってなんだかんだで元に戻るみたいな話になる予定…