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    ue_no_yuka

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    拾肆

    スズメの千声ツルの一声 下 部屋の空気が張り詰めた。鷹山はさらに眉をひそめて雲雀を睨んだが、額には薄らと汗が滲んでいた。美鶴は雲雀の言葉に驚愕していた。今まで鷹山はそんな素振りを見せたことはなかった。まさかこの里を牛耳る花雫家の次期当主だったとは、美鶴は知りもしなかった。そんな二人を余所に雲雀は立ち上がって、部屋の隅にある箪笥から縦三十センチほどの茶封筒を三つ取り出した。そして再び鷹山達の前に座ると、茶封筒の中身を取り出して鷹山の前に置いた。鷹山が黙っていると雲雀はそのうちの一つを手に取って鷹山に差し出した。
    「見てごらんなさい。」
    「…断る。」
    鷹山がそう言うと雲雀はそれ再び置いて三つ全てを開いて見せた。そこには色とりどりの着物を着た若い女の写真が入っていた。
    「どの娘さんもみんな県内のしっかりしたお家の方ですよ。ほら、この娘さんは鷹山もご存知でしょ?小学校から高校まで一緒だった…」
    「知らん。……やたら来いというから何かと思えばこれか。帰る。」
    そう言って鷹山は美鶴の手を掴んで立ち上がった。美鶴は困惑した様子で立ち上がろうとした。すると雲雀は下を向いたまま美鶴に話しかけた。
    「美鶴さん、だったかしら。」
    「!は、はい!」
    いきなり声をかけられて美鶴は驚きつつ返事をした
    「あなたからも鷹山に言ってやって下さらないかしら。」
    「え…」
    「次期当主として、もう刀作りはやめて腰を据えて欲しいと。」
    雲雀はにこりと笑って美鶴を見た。こちらを見ているようで合わない目線に美鶴は寒気を感じた。雲雀の目は明らかに生気が無く、表情も明らかに不自然だった。これまで営業マンとしてそれなりに沢山人を見てきた美鶴だが、雲雀のような人間に会ったのは初めてだった。何か言おうとした鷹山を美鶴は片手で遮り、向き直って真っ直ぐに雲雀を見て言った。
    「…お言葉ですが、当主になることも、刀作りをやめることも、結婚も、本人の意思次第かと。」
    美鶴の言葉を聞いて雲雀は首を横に振って言った。
    「美鶴さん、鷹山は当主にならなくてはいけないの。鷹山の母親はこの花雫家の当主の長女。父親は遠い親戚ですが、花雫家の先祖の兄弟を祖とする家の出。鷹山以上の適任などいないのです。」
    鷹山は普段から全く家族の話はしなかったので、美鶴が鷹山の両親の話を聞くのは初めてだった。そして、雲雀が言った鷹山の母親が花雫家当主の“長女”であるということ。先程台所で会った夕依の母親も自分のことを長女と言っていた。それだと鷹山と夕依は従兄妹ではなく兄妹ということになり辻褄が合わない。雲雀は七十代後半で、多少認知症を患っていてもおかしくはないが、鷹山の態度といい、美鶴はこの花雫家の人間関係にどこか引っ掛かりを感じた。美鶴は目を瞑って小さく呼吸を整え、視線を真っ直ぐ雲雀に向けて言った。
    「申し訳ございませんが、私からは言えません。」
    雲雀は美鶴の言葉に首を傾げた。
    「どうして?」
    「私は、鷹山さんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いているからです。」
    その言葉に鷹山は驚いて美鶴を見た。美鶴は毅然とした態度で雲雀を見つめていた。たとえ鷹山が次期当主であろうと、子を成す義務があろうと、雲雀に何を言われても、美鶴は鷹山の側を離れるつもりはなかった。鷹山と想いが通じた日から美鶴の中で覚悟は決まっていた。美鶴の澄んだ力強い瞳と凛とした横顔を見て、鷹山は美鶴に対する思慕がより強くなる思いがした。
    「あら、そうでしたの。」
    動揺するのかと思いきや、雲雀はほとんど驚いていない様子で口元に手を当てて言った。
    「でしたらこのお話は美鶴さんにも関係のあることでしたね。」
    雲雀は美鶴の方に体を向けて座り直すと、笑顔を浮かべて言った。
    「美鶴さん、どうか鷹山と別れて下さらない?」



    「申し訳ないけれど、あなたはどこの家の方とも知れないし、男性でしょう?花雫家の次期当主を支える立場としては心許ないと言わざるを得ません。」
    雲雀の言葉に美鶴は黙り込んだ。そんな美鶴を見て、鷹山は雲雀を鋭く睨みつけた。
    「おい、婆さんいい加減に…」
    鷹山が怒り混じりの声で雲雀に詰め寄ろうとした瞬間、美鶴が口を開いた。
    「私と縁を持つことで花雫家に生じる利点ならございます。」
    驚いて鷹山が美鶴を見ると、美鶴は鷹山の予想に反して明るい表情で雲雀を見ていた。
    「先程申し上げた私の勤務先のEKIAですが、世界で幅広くビジネスを行っていることはご存知だと思います。実は、私の母の実家はEKIA創設当初から経営の最高責任者を担っており、この度の日本でのプロジェクトは私に一任されております。」
    鷹山は立ち尽くしたまま目を丸くして美鶴を見た。これにはさすがの雲雀も驚いた様子で瞬きした。美鶴は雲雀の反応を見てさらに続けた。
    「この国は豊富な木材資源がありながら、国内で使用されている木材のほとんどが海外から輸入されたもの。林業従事者は日々経営難を強いられています。そこで私は、この里の林業を中心にこの国の木材を使用した製品提供を行っていきたいと考えております。」
    鷹山は呆気に取られて美鶴の話を聞いていた。まさか美鶴がそんなことを考えていたなんて知りもしなかった。まだまだ美鶴について知らないことばかりなのだと鷹山は改めて実感させられた。
    「花雫家は林業会社の経営もされていますよね?もしよろしければ、そちらの会社と提携してプロジェクトを進めていきたいと考えております。もちろん資金は八割方弊社で負担させて頂きます。…林業界が盛り上がれば、この家のみならず、この里、この国の未来に貢献できます。確かに私は男ですので子を成すことは叶いませんが、私の存在が花雫家に寄与できる利点としてはそれを補うに足るかと存じます。」
    美鶴が話し終わると雲雀はお茶を一口飲んで、思い出したように言った。
    「そういえば、娘婿からそんな話を聞いていました。何故こんな良い話がうちに来たのかと驚いていましたが、美鶴さんのことでしたのね。」
    雲雀は少しの沈黙の後、にこりと笑って言った。
    「分かりました。お付き合いは認めます。今後ともどうぞよろしくお願いしますね、美鶴さん。」
    雲雀のその言葉を聞いて美鶴は目を輝かせた。
    「!…はい!」
    そんな美鶴を見て鷹山も安堵したように息をついた。
    「…もういいだろう婆さん。俺は帰るぞ。」
    再び美鶴の手をとって出ていこうとする鷹山に、雲雀は落ち着いた様子で言った。
    「せっかくの大晦日なのだから、お料理を食べていきなさい。これから他の皆さんも来ますから。いいでしょう美鶴さん?」
    雲雀はそう言って美鶴を見てにこりと笑った。美鶴はその表情にどことなく圧を感じた。
    「は、はい…是非!」
    「……」
    美鶴がそう言ってしまったので、鷹山も渋々夜まで花雫家に残ることにした。
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