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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    拾捌

    籠鳥檻鷹 下「……え…」
    美鶴は口角を上げたまま硬直した。そんな美鶴を鷹山は訝しげな表情で睨めつけた。美鶴は胸の当たりを抑えて言葉を絞り出した。
    「…な、何…言ってるんですか…?ようちゃん……」
    「お前は誰だ?ここで何してる?」
    鷹山は眉間に皺を寄せて再び問うた。
    「あ、あの…えと…僕は……」
    美鶴は目を見開いたまま俯いて、言葉を詰まらせた。ふと、鷹山は自分が服を着ていないことに気付いた。そして驚いた様子で美鶴を見て言った。
    「お前……寝ている間に俺に何かしたのか…?」
    鷹山の表情には焦りと嫌悪と軽蔑が滲んでいた。美鶴はそんな鷹山を見て更に言葉に詰まった。何か言わなければ、そう思うほど声が出てこなかった。鷹山は美鶴を警戒しながら立ち上がり、急いで服を着ると美鶴に歩み寄って胸ぐらを掴んだ。その拍子に美鶴の襟がはだけて、首筋や胸元にいくつも痕がついてることに気付いた。
    「な…」
    鷹山は美鶴から手を離すと、困惑した様子で後ずさった。
    「…俺が、お前に何かした…のか……?」
    美鶴は襟元を押さえて俯いた。鷹山は必死に昨晩のことを思い出そうとしているようだった。鷹山が頭を抱えていると、美鶴が震える声を絞り出して言った。
    「…ようちゃん、本当に僕のこと、何もかも忘れてしまったんですか…?」
    「……」
    「毎日一緒にご飯を食べていたことも…一緒に縁側でお月見をしながらお酒を飲んだことも、お祭りに行ったことも、ようちゃんが僕を…好きと言ってくれたことも…」
    鷹山は美鶴を見て目を見開いた。美鶴の目からは止めどなく雫がこぼれ落ちていた。美鶴は揺れ動く薄茶色の瞳に困惑する鷹山の姿を映して言った。
    「本当に全部、忘れてしまったんですか…?」
    「っ…!」
    その瞬間、頭に突き刺すような激痛が走り、鷹山は頭を押えて膝から崩れ落ちた。
    「ようちゃん!?」
    美鶴は鷹山に駆け寄り声をかけた。しかし鷹山は何も聞こえていない様子で、激痛に頭を押えたまま呻いていた。
    「待っていて下さい、今薬をお持ちします…!」
    そう言って美鶴は部屋を出ると階段を駆け下りた。居間に下りると、鳶翔が既に起床していて囲炉裏に火をおこしていた。鳶翔は美鶴の憔悴した表情を見るなり驚いて尋ねた。
    「どうした美鶴、朝っぱらから血相変えて…」
    「っ…お師匠さん…」
    美鶴は事の顛末を鳶翔に話した。鳶翔は美鶴の話を聞くと真剣な顔で言った。
    「すぐ部屋の窓を開けろ。風通しを良くして、日光が当たるようにな。あと水を一杯用意してくれ。」
    「はい…!」
    美鶴は鳶翔に言われた通り準備して、未だ頭を押えて呻く鷹山を布団の上に寝かせた。鳶翔は美鶴の部屋にやってくると、美鶴に鷹山の体を起こさせ、何やら薬のような粉末を取り出して鷹山に飲ませて水を飲ませ、再び横にした。そして鷹山の額に手を当て、何やら呪文のようなものを唱え始めた。すると、十分ほどして鷹山の様子が落ち着き始め、やがて眠りについた。鷹山が眠ったあとも一時間ほど鳶翔は呪文を唱え続けた。その間美鶴はずっと二人のそばにいて、鷹山の汗を拭いたり、部屋が冷えてきたら鳶翔に半纏をかけたり、鷹山に布団を被せたりしていた。


    鳶翔は詠唱を終えると、美鶴が用意していた水を飲んで息をついた。
    「これで大丈夫だろう。美鶴、心配かけたな。」
    「いいえ…」
    美鶴は安らかに寝息を立てている鷹山を、複雑な心持ちで見つめていた。鳶翔は眉間に皺を寄せて言った。
    「昨日帰ってきた時は普通だったから、今回は大丈夫かと思ったんだがな…」
    美鶴は難しい表情の鳶翔を見て、眠っている鷹山の手を握って言った。
    「やはり、以前もこういうことがあったんですか…?」
    「…さすがにお前も気付いてたか。」
    「ええ…昨日花雫家に行った際に、成美さんの奥様のマリ子さんから話を伺いました。」
    鳶翔はそうかと言って水をまた一口のんだ。
    「さっき飲ませた薬は多分今回の錯乱にしか効かんだろう。今まで消えた記憶を取り戻すにはやはり……」
    そこまで言って鳶翔は水の入ったグラスを持って立ち上がった。
    「窓はもう閉めて大丈夫だ。手伝ってくれてありがとうよ。」
    「いいえ…」
    表情が浮かない美鶴を見て、鳶翔は美鶴の頭をくしゃっと撫でた。
    「初詣は別の日にしよう。鷹山もこんなだしな。」
    そう言って鳶翔はニッと笑った。そして部屋の出口まで行って襖を開けると振り返って言った。
    「美鶴、お前も少し寝たらいい。昨日の夜はろくに寝てねえだろうしな。」
    「うっ…」
    悪戯な笑みを浮かべて言う鳶翔に、美鶴は恥ずかしそうに頬を染めた。鳶翔が下へ降りていった後、部屋の窓を閉めると美鶴は再び鷹山の横に座り、鷹山の手を握ってその寝顔を見ていた。先程の出来事を思い出すと胸がぐっと痛んだ。鳶翔はああ言っていたが、目覚めた時もし鷹山が自分のことを覚えていなかったら…そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。しかし、美鶴の中であるひとつの思いだけは強く心に刻まれていた。美鶴は鷹山の手をぎゅっと握って、固く目を閉じた。
    「たとえようちゃんが何度僕を忘れても、僕はあなたのそばにいることを諦めたりしません。何度でも初めてを繰り返してみせます。」




    目を開けると自分の部屋ではない天井が見えた。昨日はそんなに飲んだわけではないのに、何故か全身が気だるく頭が少し痛んだ。右手が温かい何かに包まれている感覚がして目をやると、鷹山の横で美鶴が鷹山の手を握ったまま正座の状態で船を漕いでいた。
    「…みつる」
    鷹山が声をかけると、美鶴はハッと目を覚まして鷹山を見て言った。
    「…ようちゃん…?」
    鷹山は横になったまま美鶴の手を握り返して言った。
    「美鶴…どうした、そんなところで…」
    美鶴は確かに鷹山が自分の名前を呼んだのを聞いて、鷹山が言い終わる前に抱きついた。鷹山は少し驚いた様子で美鶴の背中に手を回そうとした。しかしすぐに、自分が美鶴にしたことを思い出して急いで身体を起こした。鷹山は美鶴の両肩を掴んで引き離すと美鶴の顔を見た。美鶴は目元を真っ赤にして、今にも泣きそうな表情だった。鷹山は美鶴から手を離し、力強く拳を握りしめた。
    「俺は、またお前を傷付けたんだな…」
    何も言わず俯く美鶴を見て、鷹山は激しい自責の念に顔を歪めた。こんな自分のそばに美鶴が居たいはずがない。そう思うのと同時に、どうしても美鶴を手離したくない自分がいることに、鷹山はどうしようもなく情けなく思えた。
    「…美鶴、俺を殴れ。」
    「!」
    美鶴は驚いて鷹山を見た。俯いた鷹山の表情は見えなかったが、その声色からは己に対する確かな怒りと呆れが滲み出ていた。
    「俺は、お前を傷つけたばかりか、約束すら守れなかった。二度と忘れたりしないと約束したのに……」
    「……」
    暫くの沈黙の後、美鶴は膝立ちになってすっと右手を振り上げた。鷹山は目を閉じて歯を食いしばった。しかし、鷹山の顔に触れた手は優しく鷹山を包み込み、額に柔らかいものが触れた。鷹山が目を開けて、呆気に取られたように美鶴を見ると、美鶴は目を細めてにこりと笑って言った。
    「お仕置きなので、口にはしてあげません。」
    そのまま美鶴は胸の前で鷹山の頭を抱いた。鷹山は己の不甲斐なさと、その全てを包み込むような美鶴の優しさとで眉間の辺りがじわりと熱くなった。


    鷹山達が居間に降りると、鳶翔が囲炉裏で何かを作っていた。美鶴が囲炉裏の中を覗き込むと、それは「ほどもち」だった。ほどもちは里に昔から伝わるお菓子で、「ほど」とは里言葉で囲炉裏を意味する。甘い味噌と胡桃、黒砂糖を小麦生地の団子で包んで囲炉裏の灰にうずめて蒸し焼きにしたもので、現在でも里の子供たちがおやつの時間に好んで食べる。最近は囲炉裏のない家がほとんどなので、ホットプレートを使って作るのが一般的である。鳶翔は出来たてのほどもちを囲炉裏から取り出して、熱そうに灰を払うと鷹山と美鶴に投げ渡した。美鶴は灰から出てきたものというのは少しばかり抵抗があったが、普段甘いものを好まない鷹山が心做しか嬉しそうにしているので、息を吹きかけて灰を払いながら恐る恐る口に運んだ。歯ごたえのある生地の中で甘い黒砂糖と味噌が混ざりあって、ふわりと香る胡桃の風味が良いアクセントになっていた。別段美味しいというわけでもないのに、一つ食べ終わるともう一つ欲しくなって、なんだか癖になるような食感だった。ほどもちを頬張る鷹山達を見ながら、鳶翔はニカッと笑った。温かい生地と優しい甘みとで、鷹山の沈んでいた心は少しずつ重みが取れていくようだった。鳶翔は先程の鷹山のことについて一切触れようとしなかった。鷹山や美鶴を気遣っているのか、それとも別の理由があるのか。美鶴は鳶翔が部屋を出る前に言った言葉に引っ掛かりを感じていたが、何も話す気配がない鳶翔の様子に、今は何も聞くまいと黙ってもちを食べていた。
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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