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    ue_no_yuka

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    師匠過去編2

    鳶と鳳凰 清鳳と一緒にいることが多くなってから、鳶蔵に対する嫌がらせはぱたりと止んだ。しかし鳶蔵に向けられる視線は軽蔑や奇警に加え、嫉妬や憎悪が混ざったものになった。それでも、元々図太い性根の鳶蔵はもちろん、清鳳も鳶蔵が思っていたより厚顔無恥な男だったので、二人の学生生活に何ら支障は無かった。

    ちゃんと言葉を交わして見れば、清鳳は鳶蔵と随分趣味の合う男だった。清鳳は、学業にはそれなりに励みつつ、たまにサボタージュする適度な不真面目さもあって、それでいて不良っぽいところもなく、巫山戯た話も真面目な話もできる相手だった。清鳳は刀に詳しいわけではなかったが、鳶蔵は今まで誰にもできなかった刀作りのことを夢中になって話せたのが素直に楽しかった。清鳳にとって鳶蔵も気の置ける相手になったらしく、里を牛耳る花雫家の次期当主として幼い頃から厳しく育てられている清鳳が、鳶蔵の前でだけは、姿勢や言葉を崩し、あけすけに本音を言ったり、隙を見せて揚げ足を取られたりする姿に、鳶蔵は無意識のうちに優越感を覚えるようになっていった。


    七月二十四日。明日から夏休みが始まるということで、その日は終業式のみの午前授業で、清鳳と鳶蔵は学校で弁当を食べたあと、駅前の商店街にやってきた。清鳳によると、里の鉄道駅は戦時中に軍の飛行場と間違えられて爆撃を受けたが、その建て直しが五年ほど前に終わり、里の中心街は以前の賑わいを取り戻すだけでなく、戦前よりも更に活気づいたようだった。清鳳が道を歩くと、道行く人や店前の人々が皆清鳳に頭を下げて口々に挨拶をした。そして隣にいる鳶蔵を見るなり顔を顰め、口元を隠して小声で罵るのだった。清鳳と自分に対する態度の落差と、似合わない作り笑顔で民衆に手を振る清鳳を見ながら、鳶蔵は笑いをこらえるのに必死だった。



    細長いガラスの容器にコーンフレーク、バニラアイスクリーム、フルーツシロップ、バナナ、いちご、オレンジ、リンゴ、たっぷりの生クリームに、ウエハースと、てっぺんに乗った真っ赤なチェリー。最近里の駅前にオープンした喫茶店の一番人気メニュー、フルーツパフェが鳶蔵の目の前にあった。鳶蔵はその黒い瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせながら言った。
    「ほ、ほんとに良いのか…!?」
    清鳳は机に頬杖をついてにこりと笑って言った。
    「ああ、だって今日はお前の誕生日だろ。俺の奢りだ。」
    「で、でも、これ…パフェだぞ…!?ホームランバーじゃないんだぞ!?昔、銀座の喫茶店のショーケースにサンプルがあって、ずっと食べてみたかったんだ…!!」
    興奮を抑えきれない鳶蔵に、清鳳は笑いを堪えながら言った。
    「そりゃ良かったな。ほら早く食べろ。パフェは溶けるから、お前が食わんのなら俺が食っちまうぞ。」
    鳶蔵は、そう言っててっぺんのチェリーに伸ばした清鳳の手を叩き落として軽く威嚇すると、パフェスプーンを構えて唾を飲んだ。
    「じ、じゃあ食うぞ…いただきます…!」
    鳶蔵はパフェスプーンでフルーツシロップのかかった生クリームとアイスクリームをすくって、一思いに口に運んだ。甘さと冷たさが舌の上でとろけて、口の中全体にフルーツの風味が広がっていく。
    「〜〜〜〜!!」
    続いてイチゴを添えて一口。先程の甘みに新鮮なイチゴの甘酸っぱさが弾ける。鳶蔵は夢中でパフェを口に運んだ。そんな鳶蔵を見ながら清鳳は優しい笑みを浮かべて言った。
    「いつか銀座のパフェも一緒に食べに行こうな。」
    鳶蔵が視線を上げると、清鳳はその鶸色の瞳を真っ直ぐこちらに向けて、愛おしそうに微笑んでいた。鳶蔵は急に気まずくなって目を逸らした。清鳳はよくそんな顔で鳶蔵を見ていた。初めの頃はただ不思議に思っていた鳶蔵だったが、近頃はその眼差しを向けられると、心臓の鼓動が速まり、頬や耳の辺りが熱くなる感覚がして、いたたまれない気持ちになるのだった。


    パフェを食べ終わったあと、二人はそのまま喫茶店で夕方頃まで勉強をした。会計をして店を出ると、通りの向こうから清鳳を呼ぶ声がした。
    「清鳳さん…!」
    声のした方を見ると、上品なワンピースを着た、顔立ちの整ったおさげの少女がこちらに向かって駆けてきた。清鳳は少女を見るなりほんの一瞬表情を強ばらせた。しかしすぐさま巧笑を浮かべて言った。
    「…雲雀さん、久しぶり。」
    少女は清鳳の元にやってくると、上がった息を整えて、ワンピースの裾を軽く払い、清鳳に向き直って嬉しそうに微笑んだ。
    「母と外出中だったのですが、清鳳さんがこちらのお店から出てくるのが見えたので来てしまいました。最後にお会いしたのは五月でしたが、その後お元気でいらっしゃいますか?」
    「ああ、おかげさまでね。雲雀さんも元気そうで何よりだよ。」
    鳶蔵は清鳳の様子に違和感を覚えた。いつもなら上手に愛想笑いして、完璧な優等生を演じている清鳳が、少女に対してはどこかぎこちない様子だった。その時、鳶蔵は不思議そうにこちらを見ていた少女と目が合った。少女は鳶蔵を見て蘇芳色の大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。
    「清鳳さん、こちらの方は…?」
    少女に言われて、清鳳は心做しか言葉に詰まりながら言った。
    「ああ、彼は僕の同級生の去渡くん。去渡、こちら雲雀さん。えっと、その…彼女は…」
    「清鳳さんの許嫁の、羽塚雲雀と申します。清鳳さんがいつもお世話になっております。」
    清鳳が言い終わる前に、少女は得意げな表情で明るく挨拶した。鳶蔵は少女の言葉に驚いて清鳳を見た。
    「えっ、何お前、許嫁とかいたの?」
    鳶蔵に言われて清鳳はしどろもどろになりながら答えた。
    「あ、ああ、一応…でも親同士が決めたことだし、何より彼女はまだ小学生だから、正式に決まっているわけじゃ…」
    清鳳の言葉に雲雀は頬を膨らませて言った。
    「もう、清鳳さんまた私を子供扱いなさって!この間書道で八段になったんですよ!」
    「そうなのか?それはすごいな…」
    清鳳と雲雀のやり取りを見ながら、鳶蔵は胸の辺りに違和感を覚えていた。胸の奥から重々しい何かが湧き上がってくるような、その重さに引っ張られて声が出せなくなるような、締め付けられるような痛みを感じるような、何とも言えない重苦しい感覚だった。鳶蔵は口角を上げていつものように笑顔を作ると、清鳳の肩を軽く叩いて茶化すように言った。
    「はぁ〜、さすが坊っちゃんだなぁ!雲雀ちゃんだっけ?良いなぁかわいくて優秀なフィアンセがいて。どうも去渡です。坊っちゃんをいつもお世話してまーす。」
    「去渡…」
    清鳳は何か言いたげな雰囲気で鳶蔵を見た。肩を組んでにこにこしている鳶蔵を見て、清鳳は小さくため息をつくと、再び雲雀ににこりと笑って言った。
    「じゃあ、僕達はそろそろお暇するよ。」
    清鳳の言葉に雲雀は不満げな表情で言った。
    「えっ、せっかくお会いできたのにもう帰ってしまうのですか?母もいますしこれから夕食でもご一緒しませんか?」
    「とても嬉しいお誘いだけど、去渡は山奥に住んでるからもう帰らないと日が暮れてしまうんだ。羽塚夫人にはよろしく伝えてくれたまえ。」
    雲雀は暫くむくれたあと、残念そうに下を向いて言った。
    「…わかりました。では清鳳さん、またお会いできる日を楽しみにしております。去渡さんもごきげんよう。」
    「おう、じゃーな雲雀ちゃん。」
    清鳳と鳶蔵は羽塚夫人の元に戻る雲雀を見送った後、鍜冶屋敷へ向かって歩き始めた。


    「帰りたくない……」
    河原の土手の草むらに寝そべりながら、清鳳は瞼に手の甲を添えて、憂鬱そうに大きくため息をついて言った。
    「今日帰れば絶対母さんに小言を言われる…なんで羽塚夫人達と食事に行かなかったのかって……」
    「小言言われるのが嫌なら食事いけば良かったじゃねぇか。」
    鳶蔵はそう言って川に石を投げ入れた。落ち込む清鳳をよそに鳶蔵は水切りをして遊んでいた。石は水面を八回ほど跳ねたが、向こう岸に着く前に水の中に沈んでいった。額に手を当てて悔しがる鳶蔵を見ながら、清鳳は不機嫌そうに尋ねた。
    「じゃあ仮に、俺が誘いを断らなかったらお前はどうしてたんだ…」
    「そら俺ァ部外者だからな。帰る一択だろ。」
    鳶蔵はそう言って再び石を投げた。今度は先程より二回多くはねたが、石が向こう岸に着くことはなかった。「惜し〜!」と言ってもう一度石を探し始めた鳶蔵に、清鳳はまた手の甲を瞼の上に乗せて、溜息をつきながら言った。
    「……なら俺だって帰る…」
    「いやなんでだよ」
    鳶蔵は石を片手で軽く投げ上げながら戯笑混じりに言った。清鳳は瞼を覆ったまま、駄々をこねる子供のように言った。
    「お前がいないと、つまらない……」
    鳶蔵は少し驚いて軽く目を見開いたあと、口元に笑みを浮かべながら呆れたようにため息をついて言った。
    「俺を一緒にいて面白い人間だと言ってくれるのは素直に光栄だが、許嫁ちゃんの相手はちゃんとしてやれよ。お前は俺と違って坊っちゃんなんだから。」
    鳶蔵の言葉を聞いて、清鳳の瞳孔が微かに収縮した。清鳳は両手にグッと力を入れて言った。
    「許嫁なんて親同士が勝手に決めたことだ。俺の意思はこれっぽっちも関係無い。それなのになんでお前との時間を奪われなきゃいけないんだ。」
    「いいじゃあねぇか別に。雲雀ちゃんいい子そうだし、純粋で一生懸命だし、あちらさんはお前のこと好きみたいだし。」
    「よくない……前まではそれでいいと思っていたけど、今はそうじゃない。」
    清鳳はそう言ってゆっくりと身体を起こした。鳶蔵は清鳳の話を適当な返事で聞き流しながら再び石を投げた。今度は先程より三回多くはねて、石はついに川の向こう岸に辿り着いた。
    「よっしゃあ!」
    鳶蔵は嬉々として両腕を上にあげ、清鳳を振り返った。
    「どうだ見てたか坊っちゃん!今度はお前の番…」
    いつの間にか、清鳳の鶸色の瞳がすぐそこにあった。鳶蔵が状況を把握する間もなく、鼻の下、顎の上に生暖かく柔らかいものがそっと触れた。その柔らかいものは鳶蔵のそれを軽く食んで、ゆっくりと離れた。鳶蔵は真剣な顔つきの清鳳を呆然として見つめたまま、軽く戯笑して言った。
    「…ご冗談を」
    「茶化すな、去渡。」
    そう言って清鳳は鳶蔵の額からこめかみを手の甲でなぞって、優しく髪に触れながら、もう一度それを重ねた。今度は先程よりも深く激しかった。歯を舌先でなぞられると背筋がピリリと痺れた。二人はそのまま草むらに倒れ込んだ。鳶蔵は抵抗しようとしたが、身体に力が入らなかった。そうしている間に清鳳の大きな手は、鳶蔵のシャツのめくれたところから腰と脇腹をなぞり、胸の敏感なところに触れた。鳶蔵の身体は清鳳に触れられる度ビクビクとはねた。絡み合っていた舌がやっと離れると、今度は清鳳は鳶蔵の首筋に触れ始めた。下半身を膝で刺激されながら、胸の突起を爪で弾かれ、鳶蔵は思わず小さく声をあげた。鳶蔵は清鳳のシャツの袖を掴んで引っ張った。
    「…っ…坊っちゃん…!」
    「名前で呼べ。……呼ばないなら、俺がお前の名前を呼ぶぞ。」
    鳶蔵は息を切らしながら見上げた。頬が赤らみ、微かに息が上がっていて、余裕の無い表情の中にあるその瞳は、鳶蔵を求めるように強く見つめていた。鳶蔵は清鳳が自分に向ける視線の意味をようやく理解した。いや、それ以前に心のどこかで既に理解していた。
    「…っ…清鳳……」
    鳶蔵は清鳳の名前を呼んで、その広い背中に腕を回した。清鳳は愛おしそうに優しく微笑んで言った。
    「…去渡……好きだ…」


    それから二人は幾度となく身体を重ねた。誰かに無条件に愛されることがこんなにも幸せで、嬉しいことなのだと知った鳶蔵は、清鳳が良家の次期当主で、許嫁がいて、こんな関係を続けてはいけないと分かっていながらも、清鳳の自分以外の誰にも向けられない熱を持った視線を、自分の名前を呼ぶ優しく低い声を、大きな熱い手を、拒むことができなかった。

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