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    ue_no_yuka

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    POIPOI 73

    ue_no_yuka

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    師匠過去編4

    後半に少しだけ震災の表現があります。時世を考慮して設定を変更することも考えましたが、自分の故郷を舞台にするということで、忘れてはいけない出来事として自分の作品に落とし込みたいと思いました。
    震災表現無いやつ↓
    https://poipiku.com/8874871/9879006.html

    鳶と鷹 鳶翔は三十年ぶりにやってきた里の景色に懐かしさをあまり感じなかった。というのも、この三十年で我が国の経済成長や世界の技術発展は目まぐるしく、この里の景色も最後に見た時とはまるで様変わりしていたからだ。中心街に木造の建物はほとんどなくなり、鉄筋コンクリートの高い建物が並び立っていた。鉄道駅も新しくなっていて、温泉郷と中心街を繋いでいるだけだった鉄道も本数が増えて、海辺行きと最近できた新幹線や空港へ繋がる線ができていた。人口の増加も凄まじく、里内に一つしかなかった高校も今では何校もあるらしい。

    陸流鍛刀場最後の刀工が先日亡くなり、もう陸流を直々に受け継いでいるのは鳶翔だけになった。そこで鳶翔は、亡くなった最後の刀工の遺言で、陸流の刀匠として鍜冶屋敷とその山を引き継ぐことになったのだ。もう里に来ることは無いと思っていた鳶翔としては些か複雑な心境だったが、正式な遺言に背くことは法を犯すのと同義なので致し方なかった。
    しかし、この里に来て鳶翔が思い出すのは、やはり清鳳のことだった。今頃は結婚して子供も大きくなって居る頃だ。もうあれから三十年も経っているので、今更会っても取り乱したり、鬱々とすることは無いが、できれば接触はしたくない。しかし、この里に住む以上、花雫家当主の耳に入らないのは不可能だ。わざわざ鍜冶屋敷まで来ることもないだろうし、山に籠っていればそう会うこともないだろう。そう思いながら鳶翔は、地べたに置いていた旅行カバンを持ち上げて、鍜冶屋敷に向かって歩みを進めようとした。

    『Speak of the devil』。いや、実際には「speak」はしていないのだが、『噂をすれば』よりもその時の鳶蔵には「devil」の方がしっくりきた。そこには、迎えの車に乗り込もうとする壮年・花雫清鳳の姿があった。清鳳は鳶翔を見て、昔と変わらない鶸色の瞳を見開いて、唖然としていた。鳶翔もまさかこんなにすぐ会ってしまうとは思っておらず、驚いてばっちり目を合わせてしまった。緑がかった灰色のスーツにダークグレーのコートを着た清鳳は、やはり年相応に老け込んでいた。目や口元に皺ができ、髪は白髪が混じっていた。少し痩せたのか、顔が以前より骨ばっていたが、周囲より頭ひとつでた背丈と、無駄に育ちのいい体格は相変わらずだった。清鳳は目を見開いたまま、ゆっくりと歩き始め、やがて駆け寄ってきて鳶翔に触れようと手を伸ばした。
    「……鳶ぞ…」
    清鳳が言い終わらないうちに、鳶翔はその手を払いながら遮るように言った。
    「よォ旦那、初めまして。俺ァ陸鳶翔ってんだ。陸流鍛刀場の刀工として、これから里の西側にある山奥の鍜冶屋敷を管理することになった。言っとくが俺は、里のビジネスのために名前を売り出したりなんだりに協力するつもりは無ぇから、そこんとこよろしくな。」
    「陸…」
    「じゃあ、そういうことで。」
    手を軽く振って去ろうとする鳶翔を清鳳は呼び止めた。
    「待て…!鳶蔵…!」
    清鳳の表情は明らかに動揺していて、心做しか後悔の色が滲んでいた。今更なんでそんな顔をするんだ。切り離したのはお前なのに。鳶翔はそんなことを思いながら、今更少し痛む自分の胸に呆れて鼻で笑うと、振り返らずに言った。
    「俺は鳶翔だ。そのダサい名前で呼ぶなよな。」
    鳶翔はそう言ってその場を後にした。清鳳は去りゆく鳶翔の後ろ姿を見ながら、ただ立ち尽くしていた。


    鳶翔が里に戻ってきてから最初の夏。その日の作業を終え、夕食の支度をしていると、屋敷の玄関がガララと開く音がして人影が土間にやってきた。鳶翔はその人影を見ていつも通り声をかけた。
    「随分遅かったな恵雛…って、なんでお前そんな泥だらけなんだ?」
    その人影、勿来恵雛(なこそえびな)は、陸流を起源とする勿来流の鍔鍜冶で、最近この陸流鍛刀場にやってきた職人だった。勿来流は県南の沿岸部に鍛刀場があり、匠は世襲制で恵雛の兄が継いでいるとのことだった。そして、勿来一族は家系図を辿ると花雫家の分家にあたるらしい。
    「助けてくれ、鳶翔さん…この女…」
    何事に対しても要領良く、いつも落ち着いている恵雛が珍しく白目を向いて疲れ切っているのに少し驚いて、鳶翔はその隣の人物に目をやった。
    「昆虫探しをしていたらこんな所まで来てしまいました!今晩泊めていただけませんか?」
    恵雛の隣にいたのは、ボロボロの小さなバックパックを背負って首から虫眼鏡を提げた、小学生のような格好をした大人の女性だった。全身泥だらけだが、よく見ると肌は白く、鼻筋の通った凛とした顔立ちで、どこか見覚えがあった。
    「別に構わねぇが、嬢ちゃん里の子かい?」
    鳶翔が尋ねると、女性は元気良く答えた。
    「はい!花雫鶫実(つぐみ)と申します!お花の花に、滴る雫、小鳥の鶫に、果実の実と書いて、花雫鶫実です!」
    女性にしては長身、ポニーテールにまとめた青鹿毛色の長い髪、そして印象的な鶸色の瞳。
    「はは…よく似たもんだ…」
    鳶蔵はその人を思い出して苦笑いを浮かべた。


    「鶫実!何度言えば分かるんだ!」
    鳶翔が里に戻ってきてから五度目の春。屋敷中に響く夫の妻に対する説教に、鳶翔は自室で生暖かい笑みを浮かべていた。
    「ごべんなさい…でも虫の声が聞こえたから我慢できなくて…」
    鳶翔が襖を開けて居間を覗くと、鬼の形相の恵雛に睨まれながら、鶫実が半べそをかきながら正座させられていた。恵雛は腕を組んで続けた。
    「別にその辺にいる虫の観察とかならいい。俺だって何もお前の生きがいを制限しようってんじゃない。だがお前は、木に登るわ岩を持ち上げるわ川に入るわ……俺が言うのもなんだが、お前は母親になる自覚が足りない。お腹の子に何かあったらどうするんだ。」
    「ずびばぜん…」
    鶫実は鼻をすすりながらシュンとしていた。恵雛は額に手を当てて大きくため息をついた。そんな二人を見ながら、鳶翔は生暖かい笑みを浮かべたまま恵雛に言った。
    「まあまあ、そのくらいにしてやれ。あんまり小言が多いと子供に嫌われるぞ、父ちゃん。」
    鳶翔の言葉に恵雛は驚いて目を見開いた。
    「なっ…嫌われるのか!?こんなに心配してるのに!?」
    「大体子供ってのは親の心配はうざってぇもんだ。」
    「そうなのか…気を付けないとな…」
    眉間に皺を寄せて頭を抱える恵雛を見て、鶫実は自分の腹を擦りながら微笑んだ。
    「うふふ、早く会いたいですね!」
    鍜冶屋敷の居間は暖かい雰囲気に包まれていた。花雫夫妻は我が子に出会えることを心待ちにしていた。鳶翔も幸せそうな二人を見て嬉しい気持ちもある一方で、孤独な幼少期を過ごした自分が、子供とどう関わっていけばいいのかという不安があった。



    某年六月六日の明け方、鍜冶屋敷で新しい命の産声が上がった。
    「なんだか妙に落ち着いた男の子ですね…」
    そう言って助産師に取り上げられた赤ん坊は、初めこそしっかり産声をあげたものの、すぐに泣き止んで、母親の腕の中ではすっかり安心しきった様子で眠っていた。布団に横たわった鶫実は恵雛に額の汗を拭かれながら、鳶翔を見てにこりと笑って言った。
    「鳶翔さん…名前考えてくれましたか?」
    「あのなァ、そういうのは普通親が付けるもんじゃあねぇのか?」
    鳶翔が尋ねると、鶫実は呆れたようにため息をついて言った。
    「私はともかく、恵雛さんのネーミングセンスは壊滅的にダサいんです。叙薙散(じょなさん)って頭おかしくないですか?」
    うん、さすがにちょっとかなり、鳶蔵よりも恥ずかしいかも。鳶翔は思った。
    「お前のチョウセンメクラチビゴミムシより百億倍マシだろ!」
    おお、それはさすがに論外すぎる。いくらなんでも悪口じゅげむすぎる。鳶翔は思った。
    「あ!今チョウセンメクラチビゴミムシのこと馬鹿にしましたね?チョウセンメクラチビゴミムシのこと何も知らないくせに!チョウセンメクラチビゴミムシのこと!」
    「おうおう、二人目も三人目も俺が名前付けてやるから安心しろ!」
    鳶翔は、出産直後だというのに今にも元気に言い合いを始めそうな二人の間に分け入りながら、赤ん坊の顔を覗き込んだ。半開きの瞼の下に、母親と同じ色をした瞳が見えた。言い合う両親を全く気にも留めない様子で、赤ん坊は指を咥えて眠っていた。鳶翔はそんな赤ん坊を見てフッと笑うと、おもむろに口を開いた。
    「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も
    成らぬは人の 為さぬなりけり
    …やらずに後悔するより、やって満足する人間になれ。」
    鳶翔は、鎚を握りすぎて固くなった指先で、そっと赤ん坊に触れた。心做しか赤ん坊が笑った気がした。鳶翔はそんな赤ん坊を見つめながら、どうしようもなく溢れる愛しさに目を細めて言った。
    「こいつの名前は鷹山だ。」
    「鷹山……とってもいい名前です!私すごく気に入りました!」
    「花雫鷹山か…なかなか厳つい響きだな…」
    鶫実と恵雛は満足げに微笑んで言った。鶫実はにこにこの笑顔で、どこか鬱陶しそうに顔をしかめる鷹山の頬をぷにぷにと何度もつつきながら言った。
    「かっこいい名前をつけてもらえて良かったですね〜!ようちゃん!」
    「おい、せっかくの厳つい名前が台無しじゃないか。」
    ツッコむ恵雛に、頬をつつく手が止められない鶫実、そんな二人を見て呆れたように微笑む鳶翔。新しい家族の誕生に鍜冶屋敷は幸せで満ち溢れていた。


    「すみません鳶翔さん、お仕事中なのに…」
    鍛冶場の隅で、籠に入って眠る鷹山の頭を優しく撫でながら、鶫実は申し訳なさそうに鳶翔に言った。
    「なに、構わねぇよ。それにしても変わったヤツだな鷹山は。子守唄より鋼打つ音の方が好きたァ。」
    鳶翔は火床の炭を混ぜながらカカと笑って言った。
    「母屋にいてもなかなか寝付けないんですけど、ここにきて作業の音を聞いているとびっくりするくらい寝てくれるんです。」
    鶫実は気持ち良さそうに眠っている鷹山を見て微笑んだ。鳶翔は火床が温まったのを見て鋼を入れながら言った。
    「じゃあ俺がここで仕事の片手間に見ててやっから、その間にお前はちょっとでも寝てろ。こいつが普通より手のかからん赤ん坊だっつっても、育児ってなァ疲れが溜まるもんだろ。」
    「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、少しだけ休ませて頂きますね。」
    そう言って鶫実は仮眠をしに母屋へ戻って行った。それから鳶翔の作業が終わるまで、鷹山は一度も泣かずぐっすりと眠っていた。それからというもの、鳶翔はこうしてたまに仕事の片手間に鷹山の世話をするようになった。鷹山は母屋にいる時、鍛冶場から音が聞こえるとすぐに両手を激しく動かして、鍛冶場に連れていくようアピールした。しかし、ハイハイができるようになると勝手に外へ出て鍛冶場へ行こうとするようになり、そんな鷹山に大人三人は随分手を焼いた。

    赤ん坊のうちから異様に刀に興味を示す鷹山に、鳶翔は道具を説明してみせたり、鷹山を抱いて鍜冶屋敷一帯の工場を見せてまわったり、様々な知識を語り聞かせた。そんな鷹山が初めて話した言葉は、パパでもママでもなく「かたな」だった。
    「ほれみろ鷹山、これが玉鋼だ。」
    「たまはがね」
    鳶翔が差し出した金属の塊を小さな両手で受け取って、鷹山はまじまじとそれを見つめた。
    「こいつを火に入れてあっつくする。そんで叩いて伸ばして、水に入れる。するとボロボロ崩れんだ。これが水減しだ。」
    「みずへし」
    「こうやって鋼を芯と刃に分けて、それから打って形を作っていくわけだ。」
    鷹山は鳶翔の言葉を復唱しながら話を聞いていた。そして、玉鋼をぎゅっと抱えて、きらきらと目を輝かせながら鳶翔を見上げて言った。
    「やりたい」
    「ダメだ。お前にはまだ早ぇ。」
    そう言って鳶翔は鷹山の頭を撫で回した。鷹山はくしゃくしゃになった髪を押さえながら言った。
    「たんじょうびになったらやる」
    意気揚々と鼻を鳴らす鷹山を見て、鳶翔は顎に手を添えながら言った。
    「ん〜次の次の次の次の誕生日が来たら、良いかなぁ。」
    「……………わかった」
    「不満そうだな。」
    たっぷりの間をおいて返事をした鷹山の頭を再び撫でながら、鳶翔はケラケラと笑って言った。


    某年九月。稲刈りの手伝いで泊まりがけで花雫家に行っていた恵雛と鶫実と鷹山が帰ってきて、鍜冶屋敷はつかの間の静寂から、また賑やかな日常へと戻っていた。四人で食卓を囲みながら、花雫の屋敷にいた間のことを話していた。
    「それでお父さんたら、ようちゃんに会うとはしゃいじゃって。あんなに嬉しそうなお父さん、ようちゃんといる時しか見られませんよ。」
    そう言って鶫実は楽しそうに笑った。鳶翔の記憶の中の清鳳は、七歳年下の婚約者とも、年の離れた妹達とも、あまり楽しく遊んだという話は聞いたことがなかったので、勝手に子供は好きではないものだと思い込んでいたが、自分の孫ともなるとやはり別らしい。鳶翔はどう頑張っても、清鳳が子供にデレてはしゃぐ姿など想像できなかった。
    「そういえばお父さん、鳶翔さんのことも気にかけていましたよ。元気かって。なので、毎日鷹山と遊んでもらってますと言ったら相当羨ましがってました。」
    「はっ!そりゃいい!」
    清鳳の羨ましがる顔を想像して、鳶翔は鼻で笑った。清鳳よりも鷹山と一緒にいる時間が多い鳶翔は、鷹山にとってより祖父に近い存在だった。そんな状況に、鳶翔は清鳳に対するほんの仕返しのような気持ちがあった。



    某年三月。鷹山が学校でインフルエンザをもらってきたらしく、鳶翔にうつすわけにはいかないということで、暫くの間鷹山は、両親と共に沿岸にある父方の家に行くことになった。
    「すまん鳶翔さん。依頼の拵はあっちの工場で作業を進める。」
    恵雛は鷹山を抱えて後部座席に寝かせたあと、車の扉を閉めて、申し訳なさそうに言った。
    「気にすんな。それより病気の時ってのは心細いもんだ。鷹山のそばにいてやれ。先方には俺から話をつけておくさ。」
    そう言って鳶翔は、三人を乗せた車が山を降りていくのを見送った。しかし、恵雛も鶫実も三人を乗せた車も、鷹山以外の全てが再び鍜冶屋敷に戻ってくることはなかった。

    薄暗い鍛冶場の隅でうずくまる鷹山に、鳶翔は戸口からそっと声をかけた。
    「鷹山、夕飯できたぞ。」
    「…いらない」
    鷹山はさらに体を小さくしながら、小さな声で言った。
    「そうやってもう何日目だ。ちゃんと食わねぇと大きくなれねぇぞ。」
    「……」
    黙り込む鷹山に、鳶翔は小さくため息をついた。
    「冷めねぇうちに食べにきな。」
    そう言って鳶翔は母屋に戻って行った。鳶翔は幼い頃の自分のことを思い返した。物心つく前に両親と離れたせいか、両親が亡くなったことを知らされても、そこまでショックは受けなかった。むしろ、自分の存在のせいで両親を苦しめることはもう無くなったのだと、少し気が楽になったほどだった。だから、両親を失って悲しみにくれる幼い鷹山に、どう接したらいいのか、なんと声をかければいいのか、鳶翔には分からなかった。とにかく鷹山を元気づけるにはどうすればいいのか、鳶翔はそればかり考えていた。

    暫くして夜も更けた頃、そろそろ鷹山を呼び戻しに行こうかと鳶翔が腰を上げようとした時、玄関の戸がガララと開いて、目を微かに腫らした鷹山が居間にやってきた。鳶翔はそんな鷹山を見て囲炉裏の側へ手招いた。
    「鷹山、おいで」
    「……」
    鳶翔の隣に座り込んだ鷹山の身体はすっかり冷えきっていた。鳶翔は羽織っていたちゃんちゃんこを鷹山の肩に被せると、囲炉裏にかけていた豚汁を器によそって鷹山に差し出した。鷹山は器を受け取ると小さい口で少しだけ汁を啜った。
    「うめぇか?」
    鳶翔が尋ねると、鷹山は赤くなった目を細めたまま呟いた。
    「……おとうさんが作ったやつのほうがうまい…」
    そう言いつつも鷹山は、すまねぇなと言って苦笑する鳶翔の傍らで、お腹が空いていたのか黙々と豚汁を食べ、おかわりまでした。

    夕食を食べ終わった後も、鷹山は囲炉裏の前に座り込んだまま、ぱちぱちと弾ける赤い炭を見つめていた。鳶翔は鷹山の隣で、囲炉裏に仕込んだほどもちが出来上がるのを待っていた。暫くして鷹山が呟くように口を開いた。
    「…おれがあの日おかあさんに、さかなが食べたいって言ったせいなんだ…」
    鳶翔は鷹山に視線を向けた。鷹山は変わらない表情で囲炉裏の中を見つめていた。
    「あの日、おかあさんに何を食べたいか聞かれて…おれは、さかなが食べたいって言った……そしたらおかあさんは、しんせんなおさかなを買ってすぐもどってきますって言って、海に行った……そしたら家がいっぱいゆれて…そのあと外で音がなって、おれはこわくて、ふとんのなかにかくれてた……」
    鷹山は燃える炭を見つめたまま、ゆっくりと話し続けた。鳶翔はそんな鷹山を見ながら、黙って話を聞いていた。
    「気づいたら、まどがわれてみずがいっぱい入ってきた……水のなかはくらくて、つめたくて、いたくて、うごけなくて…でもおとうさんがおれの手をひっぱって水から出た……おとうさんはおれをおばさんのところにつれていって…すぐにもどってくるって言っておかあさんをさがしにいった……でも、おとうさんも、おかあさんも…帰ってこなかった……」
    鷹山は両手を強く握りしめた。その幼い顔は悲しみと後悔に歪んでいた。
    「…おれが、さかなが食べたいなんて言わなければ…おかあさんは海に行かなかった…おとうさんも、おかあさんをさがしに行かなかった……ぜんぶ…ぜんぶ、おれのせいだ……」
    鳶翔は鷹山の肩に手を置いて抱き寄せ、頭を撫でながら言った。
    「父ちゃんと母ちゃんは、お前のせいでいなくなったんじゃねぇ。」
    「っでも…!おれが、あんなこといわなければ…!」
    「鷹山」
    声を荒あげた鷹山の肩を抱く手に力を入れて、鳶翔は力強く鷹山の名前を呼んだ。鷹山の目には堪えていた雫が溢れてついにこぼれ落ちた。
    「っう…」
    鷹山は両手で雫を拭いながら嗚咽をもらした。鳶翔は再び鷹山の頭を優しく撫でながら言った。
    「お前の母ちゃんは馬鹿なやつだった。いつも目先のことしか頭になくて、他のことなんか何も考えちゃいねぇ。お前が言わなくても、お前を喜ばせようとしただろう。お前の父ちゃんも負けず劣らずの馬鹿野郎だ。いつもスカしてるくせに、お前や母ちゃんのことになると冷静でいられなくなる質だった。だからお前のせいじゃあねぇ。それに、父ちゃんも母ちゃんもいなくなったわけじゃねぇ。簡単に会えなくなっちまっただけで、ずっとお前のことを見守ってる。きっと今も空の上で、お前の情けねぇ泣きべそ見て笑ってるぞ。」
    鷹山は鳶翔の胸に頭を預けて一頻り泣いた。その間鳶翔は何も言わずに優しく頭を撫でた。鷹山が泣き止むと、鳶翔は囲炉裏から、出来上がったほどもちを取り出して灰を払って鷹山に渡した。
    「ほら、焼けた。食え食え。」
    鷹山はそれを受け取って、鼻をすすりながらかじりついた。里の郷土菓子であるほどもちは、鳶翔が鍜冶屋敷で修業をしていた頃、師匠がよく作ってくれたものだった。初めは灰から出てきたものを食べるのに抵抗があったが、清鳳と最後の通話をした日、目を泣き腫らして鍜冶屋敷に戻ってきた鳶翔に、口下手な師匠が何も聞かず作ってくれたほどもちの味が、鳶翔は忘れられなかった。それからというもの鳶翔は、落ち込んでいる時はほどもちを食べると元気がでるような気がした。

    両親がいなくなった以上、鷹山が鍜冶屋敷にいる理由は無かった。鷹山は祖母に、花雫家の屋敷に来るように言われ、荷物をまとめて鍜冶屋敷を出て行った。しかし、花雫家に引っ越した後も鷹山は毎日のように鍜冶屋敷に通い、次第に再び鍜冶屋敷で生活するようになった。祖母に何度言われても、鷹山は花雫家ではなく鍜冶屋敷に帰ってきた。その理由を鷹山は何も話さなかったが、鷹山が鍜冶屋敷に居てくれることが、鳶翔はとても嬉しかった。
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