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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    参拾伍

    ついにクライマックス!

    呪いはひよこの如くねぐらに舞い戻る 上 鷹山は重湯を飲みながら、鳶翔から美鶴が鎌倉に行っていることを聞いた。想像よりも時間がかかっているらしく、先刻寬久から来た連絡によると、事が終わり次第新幹線で里に帰ってくるということだった。鳶翔は休むように言ったが、鷹山は頑なに断って、美鶴達が帰るまで待つことにした。鷹山は、今寝てしまえばしばらく起きられない気がしていた。気を抜けば意識を失ってしまいそうで、鷹山は屋敷の中をひたすら歩き続けて意識を保っていた。あの禍々しい刀を持っていては、美鶴の身に何か良からぬ事が起こるのではないかと、鷹山は気が気ではなかった。もしかすると、美鶴が鷹山の記憶を無くしてしまうこともあるのかもしれない。そう思うと鷹山は五臓六腑が凍りつくような思いがした。美鶴はこんな気持ちを何度もしてきたのかと、鷹山は自責の念と、それでも共にいてくれた美鶴の優しさに胸を締め付けられるようだった。

    西日が山の端に沈もうとしていた時、鍜冶屋敷の電話が鳴り響いた。丁度電話機のある台所を歩き回っていた鷹山は、比較的しっかり動く左手で受話器を取った。
    「陸流鍛刀場。」
    『鷹山、私だ。大変なことになってる。君は無事か?』
    その声は夕依の父で鷹山の義理の叔父である、花雫武夫だった。普段は落ち着いている武夫が、電話の向こうでは酷く取り乱した様子だった。鷹山は不思議に思いながら武夫に問いかけた。
    「俺は問題無いが、何かあったのか?」
    武夫は呼吸を落ち着かせながら言った。
    『今朝突然、お義母さんと燕匁と夕依が原因不明の高熱を出して倒れたんだ。皆酷く魘されていて意識が無い。特にお義母さんは酷くて、命も危うい状況だ。』
    鷹山は目を見開いた。
    「!?どうしてそんなことに…」
    『分からない。それで桂樹さんを呼ぼうとしたら、桂樹さんも同じように熱で倒れているらしい。他の親戚のみんなも同じように昨晩から今日にかけて、熱と頭痛にうなされているみたいなんだ。』
    その時、鷹山の脳裏に嫌な可能性が浮かび上がった。不自然に花雫の人間だけが高熱と頭痛に魘されるこの状況。そんな超常的なことが花雫家に起こるとすれば原因として考えられるのは一つ。昨日から美鶴が詠削を持って鎌倉へ行った。詠削がこの里から、正当な花雫の血から遠ざかったことが何か影響しているのではないか。そして、鷹山だけが無事でいる理由、それはこの場に雪齋があるからではないのか。鷹山のこめかみに生温い汗が伝った。鷹山は唾を飲み込んで、焦り戸惑う武夫に諭すように言った。
    「少し待っててくれ。今からそっちへ行く。」
    そう言って鷹山は受話器を置いた。
    「どうした鷹山」
    居間から台所を覗き込んだ鳶翔に、鷹山は電話の内容を話した。鳶翔はアリョールにしっかりと布団をかけ、勢いよく立ち上がって言った。
    「すぐ花雫の屋敷に行くぞ、鷹山。」
    「ああ」
    鷹山と鳶翔は刀を持って鍜冶屋敷を出た。山を降りたところにタクシーを呼び、花雫家へ向かった。


    時は少し戻って昨日の夕方。詠削と共に鍜冶屋敷を後にした美鶴は、車で里の新幹線の駅へ向かい、特急新幹線に乗って東京へ行き、そこから久里浜行きの電車に乗り継いで、夜十時過ぎに鎌倉にやってきた。美鶴は鎌倉駅で寬久と合流し、その日は駅の近くにある宿に宿泊した。翌日の朝、美鶴と寬久はすぐに鞘のある保管庫へと向かった。保管庫の職員は寬久を見るなり、またかというふうにあからさまにうんざりとした顔をした。
    「ほら!刀持って来ましたよ!証明するには鞘が必要でしょ!いい加減出してきてくださいよ!許可は帝東大の大甕(おおみか)教授に貰ってるんですから!」
    寬久は事務カウンターに身を乗り出して、大智の名前を出しながら言った。美鶴はその様子を、寬久の斜め後ろで詠削の入った桐箱を抱えて見ていた。しかし、警備服を着た小太りで中年の職員は、鼻の頭を小指でかきながら面倒くさそうに言った。
    「そんなこと言われたってねぇ、こっちとしても保管する義務があるのよ。出せと言われて簡単に出せちゃねぇ。」
    「はぁ?!刀を持ってきたら出してきてやるって言ったのはそっちだべ!」
    寬久は苛立ちを顕にして、こぶしでカウンターをドンと叩いた。美鶴は宥めるように寬久の肩に手を置いて微笑むと、職員の目を真っ直ぐ見つめて言った。
    「お願いします。少しでいいので、見せて頂けませんか?」
    職員は美鶴の美貌にたじろぎながらも、頑なに首を横に振った。
    「い、いい加減帰ってください!だいいち、あんなもの触りたくありませんよ!あの鞘は呪われてるんですから…!」
    職員の言葉に美鶴は驚いて、カウンターに身を乗り出して問い詰めた。
    「それってどういうことですか?鞘に触れると何か起こるんですか?呪われてるって、一体何にですか?」
    突然至近距離に美の暴力を食らって、職員は勢いよく後退りし、背後の壁に張り付いた。
    「な、なな、なんですか!?急に!!」
    「教えて下さい。その呪いについて。」
    美鶴は瞬きせず、職員の目をじっと見つめた。職員はそんな美鶴に気圧され、美鶴と寬久を職員専用の部屋へ案内すると、おもむろに語り始めた。


    その鞘は、平成初期に鎌倉にある遥福寺跡から発掘された。当時発掘を取り仕切っていた某大学教授は、焼失したはずの寺跡から奇妙なほど綺麗な状態で発見されたその鞘に興味を持ち、研究室に持ち帰って調べたところ、その鞘には遥福寺が建立された当時はまだ発見されていないはずの金属、タングステンが使われていた。タングステンは融点沸点が最も高い金属元素で、寺が全焼しても鞘が形を保っていたのはそのためだった。十八世紀に発見されたはずのタングステンが使われた人工物が、十二世紀の遺跡から発掘されたというのは、世界の科学、考古学界における大発見であった。某大学教授はこの事実を公表しようとしたが、それを妨げるかのように、鞘を発掘した数日後に謎の死をとげた。その後も鞘を手にした人々がことごとく不幸な目にあったり死亡する事件が相次ぎ、本体が無く持ち主が分からない鞘はその存在を世間に公表されることなく、この保管庫の奥底に眠ることとなった。被害にあった人々の証言によると、鞘に触れた日から長い髪をした女の霊が現れるようになったとか、刀で首を落とされる悪夢に毎晩魘されるようになったとか、鞘から時折低く呻くような声がしたという。
    「…だから、酷いことは言いません。あの鞘のことは諦めた方がいいと思います。」
    職員はそこまで語ると青ざめた顔でそう言った。美鶴は顎に手を添えて考え込んだ。まさか詠削本体だけでなく、鞘の方までいわく付きとは思いもしなかった。しかし、そもそも何故詠削が本体と鞘で分かれていたのか、何故遥福寺跡から見つかったのか、不可解な点は多い。里で作られ、その主を失ってからもずっと里に在り続けていたはずの詠削が、新幹線も車も無い時代に、里から人の足で休まず歩いても五日はかかる鎌倉に来ることがあったのだろうか。奥原氏が滅びたとされる時から、その子孫が花雫家として歴史上に再び現れるまでの、空白の時代に何かが起こったとしか考えられない。きっと、鞘が呪われることになったきっかけもそこにあるのだろう。そこまで考えを巡らせて、美鶴は首を横に振った。気になることは山ほどあるが、それよりもまずは鞘が詠削のものであるか確認する必要がある。鞘に触れた人に起こったことから察するに、鞘は鎌倉を離れ、人の手に渡ることを拒んでいるのかもしれない。しかし、何もせず引き返すわけにはいかない。美鶴は未だ怯えた様子の職員を見て言った。
    「鞘がどこにあるのか教えて頂けませんか?触れるのは私一人でいいので。」
    美鶴の発言に職員は驚いて言った。
    「ちょっ、話聞いてました?!呪われてるんですって!!触れば死ぬかもしれないんですよ!?」
    「構いません。」
    狼狽える職員に、美鶴は落ち着いた様子でそう言って頷いた。
    「おい、スメラギさん。」
    寬久は不安を顕にした表情で美鶴の肩に手を置いた。美鶴はそんな寬久に、にこりと笑って言った。
    「これはようちゃんの受け売りですが、できるできないではなく、やるやらないですから。僕はやります。行動しない限りは何も前に進みませんよ。」
    「…そうだけどよ…もしあんたに何かあれば、俺はヨウに合わせる顔が無ぇよ……」
    「ここで何もせず引き返す方が、僕は決死の覚悟で刀を打っているようちゃんに合わせる顔がありません。」
    そう言った美鶴の横顔は鷹揚としていて、既に覚悟を決めた強い眼差しで真っ直ぐ前を向いていた。寬久はその頑なな様子に、二十年来の幼なじみである頑固な男のことを思い出しながら、小さく笑みをこぼした。


    美鶴は職員に案内されて、鞘が仕舞われている倉庫の一角に向かった。案内が終わると職員は酷く怯えた様子で駆け足で去っていった。美鶴は丈夫そうなアルミ製の箱を手に取ると、それを詠削を置いている別室に運んだ。念の為寬久は部屋の外で待機していることになった。寬久が心配そうな表情で部屋を出ていくと、美鶴は詠削の入った桐箱の蓋を開けた。上にかけていた布を取ると、詠削は相変わらず妖しい美しさで輝いていた。そして美鶴は、鞘の入ったアルミ製の箱の蓋を開けた。箱には綿が敷き詰められ、その中央に棒状の物が茶けた古紙に包まれて入れられていた。美鶴は慎重な手つきで古紙を剥がしていった。そうして姿を表したその鞘は、ほとんど焼けて取れてしまっていたが、僅かに残る表面の塗装は詠削の柄巻の鮫肌と同じ白緑(びゃくろく)色で、先端の鐺(こじり)や下緒を括り付ける栗型は、こちらも塗装がほとんど剥げていたが、詠削の鍔や柄頭と同じ金色だった。手に取ると、比重が大きいタングステンでできているだけあって非常に重く、腰に提げていたら腰を痛めてしまいそうだった。美鶴は大きく深呼吸をして、詠削の柄を握った。すると、初めて握った時のように、指先から心臓へ血が一気に押し戻されるような感覚がして、激しい頭痛と共に頭の中に無数の声が響いてきた。美鶴は詠削を握る手に力を込め、勢いよく持ち上げた。そしてギュッと目を閉じると、一思いに鞘に納めた。鞘の入れ口と鍔がぶつかり、カチンと音が鳴った。するとその瞬間、無数に響いていた声が突然ピタリと止んだ。美鶴は閉じていた目をゆっくりと開いた。
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