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    リオ誕に向けて書いてるやつ〜前回の進捗加筆分

    トゥーランドットは遙か遠く メロピデ要塞は特殊な場所だ。追放された囚人たちが集う流刑の地でありながら、同時に自治区およびマシナリー生産工場としての側面も持ち合わせている。囚人同士で恋に落ちる者もいれば、水の上に家族を残してきた者、生まれた時から孤独な者と多種多様な人間が入り混じっていて、一種のアングラな集合知とも言えなくなかった。
     ずらりと並んだマシナリーを横目に働く囚人の中に時折目を合わせては微笑み合う姿を認め、思わず飛び出しそうになったため息を飲み込んだ。リオセスリの一挙手一投足は囚人たちにとって大きな指標だ。何が公爵様の機嫌を損ね、何が機嫌を良くさせるのか。囚人が仲睦まじくする様子を見て機嫌を損ねただと言いふらされるのも癪だし、ただ自分の思い悩みのために、罪のない恋人たちが機嫌を損ねさせたと勘違いさせるのも些かはばかられる。リオセスリはメロピデ要塞を治め、囚人たちを管理するが、それが横暴によるものではあってはならないのだ。そういった統治の噂は速やかに水の上にまで広がり、ひいてはリオセスリに地位と権力を与えたヌヴィレットへの批判にも繋がるということをフォンテーヌでは誰もが知っている。
     ‐‐‐‐‐ヌヴィレット。
     回る思考の中で鮮やかな青の射した白銀の髪を上品にリボンでまとめ、エピクレス歌劇場の高所で杖を鳴らす姿が脳裏に浮かぶ。ふと思い起こしたと言い張るにはあまりに鮮やかすぎる記憶、自身が審判を受けて10年以上経ってからも一切変わらない脳裏の姿にまたもやため息をつきそうになった。残念なことに記憶の中で最も新しい彼は歌劇場での威風あふれる姿とは違い、凛々しい眉を寄せ唇は色をわずかに失っていた姿なのだ。出会ってから少しずつ見せるようになった微笑みはたち消えて、無表情とはまさにこういう顔だと辞書に載せたいほどの有様だったのである。
     彼をそうさせたのがリオセスリであることもどうしようもなく自覚しているのだからため息だって出ようというもの。
     そう、リオセスリはつい先日、ヌヴィレットに振られたばかりなのである。

     3日前、パレ・メルモニアにて。
     曇りがちなフォンテーヌには珍しく、雲ひとつない快晴に穏やかな風の吹く日だった。エリニュス島から走る巡水船の進みも穏やかで、こういう日は人々の気分も上向くのか突発的な事件の数も多くない。そんな午後の穏やかさを噛み締めつつ、リオセスリとヌヴィレットの二人は定例の打ち合わせに勤しんでいた。
     パレ・メルモニアの意匠と同じく青と金に彩られた部屋にぱらぱらと紙が擦れ、時折タイプライターの跳ねるような音が混じる。手袋に隠されたほっそりとした手に握られた紙束は、持ち込んだ当初に比べれば随分とその嵩を減らしていた。
     一度の打ち合わせにしては持ち込む案件が多すぎやしないかと思ったこともあるが、立場上あまり頻繁に会うというわけにもいかないため、ヌヴィレットと会う時には十全に準備をしていくようにしている。多少不備があったところで話が通じない御仁ではないのだが、それでも二度三度と手間をかけないで済むに越したことはないというのがリオセスリの考えだった。リオセスリが直接出向かないような場合には職員たちが水の上へ下へと走り回ることになるのだ。その小さなロスの積み重ねは巡り巡って為政者である自分たちの元に返ってくることを二人はよく理解していた。
     瑕疵なく揃えた報告書や発注書を確認し、適宜質問を挟む。どんな質問を投げかけても明快に回答が返ってくるヌヴィレットとのやり取りはもはや勝手知ったるといわんばかりで、単なる仕事以上の安らかさをもたらしてくれる。内容も多岐に渡るそれを捌き続け、ようやく最後の一枚に目を通し終え、流麗なサインを記そうとする頃には空は穏やかな橙色になっていた。
     夜の静けさを匂わせ始めた部屋にペン先のかすれる音が響き、青い指先が申請書の一点を指し示した。
    「こちらは来週までに納品されるように手配しよう。フォンテーヌ廷で執り行われる結婚式と全く同じようにとはいかないが、限りなく近いものならば問題なくできるはずだ」
     精巧な作りのペンを置き、やや疲れを滲ませた声が静かな部屋にこだまする。神のいなくなったフォンテーヌでその全てを背負うこととなったヌヴィレットの声には疲れからかいつもの覇気がなく、それでいて今までにない柔和な重みを持っていた。その変化が何によってもたらされたものかリオセスリは詳しく知らないが、ひとが変化するにはそれなりの理由があるものだ。
    「恩に着るよ。元よりあんたが断るとは思っていなかったが万が一ということがあるからな」
    「……結婚というのは人間にとってとても大事な儀式なのだろう? 囚人だとしても人生のパートナーとなるべき相手と出会ったというのなら、それを妨げる法も理由もない」
    「相変わらず公正なお方だ」
    「私は法に従うが、法の範囲であれば便宜を図ることもある。そうでなければ君にだって爵位を与えてはいないだろう」
     
     厳格なまでの公正さで知られるヌヴィレットであったが、その公正さを象徴する出来事はいくつかある。リオセスリへの爵位授与はたしかにその一つと言えるだろう。水の上と水の下では良くも悪くも重視されるものが違いすぎる。たとえリオセスリが実力でメロピデ要塞の主たる椅子を勝ち取ったとはいえ、水の上から向けられる視線は「それでも人殺しだろう」という冷ややかなものだ。それでもなお、ヌヴィレットが決めたからというただ一点で直接懐疑の言葉を向ける者は減ったし、要塞の囚人たちは悪く言えば長いものには巻かれるし、良く言えば強いものに従順だった。

     リオセスリは爵位を与えられた瞬間のヌヴィレットの微笑みをよく覚えている。青白い神の目を認めて嬉しそうに微笑んだ姿はいとも簡単に彼を柔らかな恋に落としたのだ。信頼のできない大人に囲まれて育ったリオセスリにとってその微笑みと言祝ぎはあまりに鮮やかすぎるものだった。
     自分が生まれる前から務め続けているという時点で人間とは違う異質な存在であることは国中の誰もが知っている。メリュジーヌを愛してもメリュジーヌと交わろうとする人はいないように、あるいは精霊との恋物語は大抵が悲劇で終わるように、自分の恋も実ることはないとわかってはいた。
     だがしかし、叶わぬ恋を抱えて生きてはならないと誰が決めたのだろう。フォンテーヌの法律にはそんな条文はなく、法によって阻まれていないのなら、それはリオセスリにとっては許されていると等しい。国民からの親愛だけではなく、権力ゆえの憎しみも歪んだ欲情も受けながらただ凛と立ち続けている。そんな人にリオセスリはずっと恋をしている。
     
     そして黙って書類を整えているヌヴィレットは今でもリオセスリに爵位を与える選択を何一つ疑っていないようだった。その信頼は重くのしかかるが、その重みすら心地よいというのは惚れた弱みなのだろうか。
    「いただいた地位に見合う仕事はしてみせるさ。だが、今日の仕事の話はこれで終わりだ。ヌヴィレットさん、この後の予定は?」
     ひと仕事終えて安堵したのか、ほうと息をついたヌヴィレットに軽くカップを傾けるジェスチャーをしてみせる。ヌヴィレットがメロピデ要塞に訪ねてくる時は囚人たちの感情を刺激しないようにすぐ帰ってしまうが、ここはパレ・メルモニアだ。今日こそはという期待を隠せなかったこともきっと許されるだろう。
     期待のこもった目線に気づいているのかいないのか、羽ばたくような睫毛をゆったりと伏せたヌヴィレットは少し考え込み、新しく手に取ろうとしていた書類を脇に寄せた。
    「明日中に通さねばならない案件がいくつか残ってはいるが、君と紅茶を楽しむ程度の時間はある。少し待っていてくれ、用意させよう」

     しばらくしてティーセットを運んできたヌヴィレットは疲れてはいるものの、随分と穏やかな顔をしていた。淹れるのは君のほうが上手だから、と預けられたポットは丁寧に温められていて紅茶をこよなく愛するリオセスリへの気遣いが感じられる。揃いのシュガーポットを端に寄せ、どうやら新品らしい茶葉を手にとったリオセスリから思わず声が漏れた。
    「この茶葉は……」
    「前回の打ち合わせの際に飲んでみたいと言っていただろう」
    「それにしてもだ。高かったんじゃないか?」
     丁寧に発酵された茶葉に朝摘みの清心をブレンドしたそれは璃月の市場に出回るものの中で間違いなく最高級といえる逸品である。遠いフォンテーヌまでの輸入費用に時価を考えれば、このひとさじだけでいくらになるのか…と少々遠い目になったリオセスリに対してヌヴィレットは頭を振ってみせた。
    「この程度構わない。君の働きにはそれ以上の価値があると判断している」
    「お褒めに預かり光栄だが、それはあんたに見る目があったってことさ。さっきも言ったが俺にこの立場を与えたのはヌヴィレットさんだろう」
     ほんの少し口の端を緩ませてヌヴィレットはそれには答えなかった。
     なんとなく黙ったままポットに湯を注ぎ、コゼーを被せてゆっくりと蒸らす。この蒸らす時間がリオセスリは嫌いではなかった。触れてはならない、余計な手出しをせずじっくり待った結果、その忍耐が最高に美味い紅茶となって現れるのだ。それは隠し持った恋心と似ているようにも思えた。
     螺鈿細工の施された真白いカップに均等に注いだ瞬間、馥郁とした香気が立ち上る。一口含めば紅茶の香りの奥からひんやりとした清心の香りが吹き抜けるのは最高の味といって過言がなかった。
    「値段で物事を計るのは俺の趣味じゃないが、さすがに旨いな」
    「労いになればなによりだ。ところで一つ聞いてもいいだろうか」
     同じように香りを楽しんでいたヌヴィレットがおもむろにカップを置いた。この時に不穏な気配を察するべきだったと今のリオセスリなら思えるが、想い人とようやく叶ったティータイム、さらにはもてなしも上等という状況であればファデュイですら気を緩めるはずだ。
     
     また一口紅茶を含み、黙ったまま頷いたリオセスリに向けてヌヴィレットはあっさりと言い放った。 
    「君は結婚をしないのか?」

     口の中から最高の味が一瞬で消え去った。どんな人間でも最高の食事が噛んでいる間に砂になったり、最高の美酒がたちまち水になる経験をしたことはないだろう。すっかり味のしなくなったティーカップを置いたリオセスリに、さすがに言葉足らずだったかとうろたえたヌヴィレットが言葉を重ねる。
    「君は元罪人ではあるが囚人ではなく、フォンテーヌにおける最高位の公爵という地位も得ている。私の知る限りではそういった人間は肉体が衰え始める前に伴侶を得るために動き出すことが多い」
    「だから俺も結婚しないのかって?」
    「そうだ。人間はそうやって命を繋いでいくものだろう。それが生命の形だと私は知っている」
     そして小さく息を吐いた。
     不意にカップをつまむ指先の力が抜けたのか、そのまま受け皿にぶつかって澄んだ音を立てる。
     ごく僅かな違和感があったとすればその瞬間だった。ヌヴィレットに恋をし、水の下から見つめ続けてきたリオセスリだからこそわかるほんの少しのほころび。果たしてヌヴィレットは生命の仕組みのような「当然」の話に動揺を隠せないようなひとだっただろうか?

    「もし俺に結婚したいような相手がいるとしたらどうするんだ?」
     
     直接の答えになっていないとわかっていて、投げかけた質問はヌヴィレットにとっても意外だったのだろう。色とりどりの光が散った瞳を更に揺らして明らかに狼狽している。
     逆にリオセスリは不思議と凪いだ気持ちだった。目の前にはただの一般論として片付ける道も僅かなほころびを手繰り寄せる道も両方用意されていた。幼い頃には環境に抗って義理の両親を排除し、成長してからはメロピデ要塞の主の椅子を奪い取った。そして今、目の前に恋い焦がれた相手のほころびが見えた時、リオセスリが選ぶのは後者の道だった…というだけの話なのだ。

     動揺を隠すように冷めた紅茶を一口含んだヌヴィレットは、傍からみればいつもどおりの淡々とした空気をまとっていた。細い指先が法律書の収められた棚をついと指差してみせる。
    「君は仰々しいことを好まないかもしれないが、爵位を持つ者の冠婚葬祭は共律庭によって執り行われることになる。最大限君の好みに沿った式になるよう配慮しよう。扶養控除は適用外となるため申し訳ないが、家族とフォンテーヌ廷に住居を構えたい場合は補助金を出すこともできる」
    「俺が聞きたいのはそういうことじゃない、ヌヴィレットさん。あんたがどうするのかを聞きたいんだ」
    「私が?」
     目の端が青く染まった切れ長の瞳はきょとんとした表情になると、秀麗な面持ちを冷たく見せるパーツから一気に幼い顔立ちに彩るパーツとなる。趣旨がわかりかねるという顔で黙ったヌヴィレットにもう一度「俺の結婚に対してあんたがどう思うか、どうするのかを聞かせてくれ」と繰り返せば、ほんの少し視線を避けるようにうつむき、再び前を向いた時には揺らぐことなくリオセスリを見つめていた。
    「……生命の営みは人間にとって自然の摂理であり、大切なことだ。だからこそ君が伴侶を得ることはきっと喜ばしい。その時は心から祝福したいと思う」
     その口ぶりといったらおそらくフォンテーヌの大人なら「最高審判官様は流石だ、あの方はいつも神の如き視点をしていらっしゃる」と褒め称え、子どもだったら「嘘つき!」と喚くようなものだった。僅かな逡巡が脳裏に走った。埃が落ちる音ですら鳴りそうな部屋で主導権を握っているのは主であるヌヴィレットではなく、客人の方だ。
     果たして自分はどちらであることを選ぶのか。リオセスリの子供時代は養父母の悪事を知ってしまった時に潰えてしまい、あってないようなものだ。だったら多少子どものふりをしたってバチは当たらないのではないか。選ぶのは逡巡よりも一掃早かった。
    「そんなに嫌そうな顔をしているのにできるのかい」
     瞳が揺れて風が鳴る。絶望にも似た表情で呼吸を止めた想い人に畳み掛けることを悪だとは思わなかった。
    「あんたって可愛い人だよな。嫌なことを考えてる時は案外顔に出る」

     それに空模様だって…とまでは言わなかった。星が見えるほどの爽やかな晴れだったはずの夜空に雲が漂い、今にも冷たい雫を垂らしそうな勢いでその色を濃くしている。しかしリオセスリにとって重要なのはヌヴィレットを暴き屈服させることではなく、初めて見せたほころびから彼の本心を知ることだ。
     とうとうカップから完全に手を離し、膝の上で力を無くしている手をとる。お茶会の作法も何もかも忘れて近寄った無法者にヌヴィレットは何も言わなかった。
    「数百年間誰とも付き合いを持たなかったあんたがこうやってお茶に誘い、俺の結婚を想像して苦い顔をしてみせるんだ。これでも自惚れるなっていうのは酷じゃないか? 哀れにも期待しちまった男にどうか赦しをくれないか、最高審判官殿」
     掴んだ手は存外軽い。どんなに重い審判でも最後に決着をもたらすのはただ一本の軽いペンであるように、ヌヴィレットの手は細く軽かった。まるで淑女をエスコートするかのように掲げたリオセスリの手の内からもはや力の入らないそれがするりと逃げようとする。
    「おっと、逃げるなって」
     思わず力を込めたリオセスリの手元で小さな水の粒が散った。視界の端をよぎった蒼い光にリオセスリが気を取られた刹那、速やかに立ち上がったヌヴィレットが距離を取る。手を伸ばせばたなびく裾をつかめるほどのささやかな拒絶。その距離が星ひとつ分にも感じられたのは何故なのだろう。
    「茶会は終わりだ、公爵殿」
     法廷で人々を裁き続けた理性の声が終止符を打つ。
    「私と君はこの一線を超えるべきではない」

     その後は簡単だ。速やかに退室したヌヴィレットの代わりに入室してきたセドナが淡々と署名済の書類をまとめてリオセスリに持たせ、呆然としていた背を押してパレ・メルモニアの外へと送り出した。雲が重く垂れた空の下に放り出されたリオセスリはあえなく水の下へと帰ることになったのである。
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    トゥーランドットは遙か遠く メロピデ要塞は特殊な場所だ。追放された囚人たちが集う流刑の地でありながら、同時に自治区およびマシナリー生産工場としての側面も持ち合わせている。囚人同士で恋に落ちる者もいれば、水の上に家族を残してきた者、生まれた時から孤独な者と多種多様な人間が入り混じっていて、一種のアングラな集合知とも言えなくなかった。
     ずらりと並んだマシナリーを横目に働く囚人の中に時折目を合わせては微笑み合う姿を認め、思わず飛び出しそうになったため息を飲み込んだ。リオセスリの一挙手一投足は囚人たちにとって大きな指標だ。何が公爵様の機嫌を損ね、何が機嫌を良くさせるのか。囚人が仲睦まじくする様子を見て機嫌を損ねただと言いふらされるのも癪だし、ただ自分の思い悩みのために、罪のない恋人たちが機嫌を損ねさせたと勘違いさせるのも些かはばかられる。リオセスリはメロピデ要塞を治め、囚人たちを管理するが、それが横暴によるものではあってはならないのだ。そういった統治の噂は速やかに水の上にまで広がり、ひいてはリオセスリに地位と権力を与えたヌヴィレットへの批判にも繋がるということをフォンテーヌでは誰もが知っている。
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