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    ユキカ

    おじさん受けが好きです。

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    ユキカ

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    バレンタインデーがもしあったらという、いわゆるif

    もしも がさごそと妙に騒がしい音とともに、まるで自分の家であるかのような自然な足取りでフィルが部屋に入ってきた。マフラーをぐるぐると巻いて厚手のコートに身を包んだ彼の頬は、寒さのせいか赤らんでいて、まるで外遊びに興じていた少年のような幼さを感じさせた。その両手には、どこかで見たことのあるブランドの大きな紙袋がそれぞれ握られている。妙に騒がしい音の正体はこれらしい。何を買ったのかは知らないが大層なことだと、椿はフィルから視線を戻した。特に興味もないテレビ番組をただ眺める。
    「今日何の日か知ってる?」
     フィルがやはりがさごそと音を立てながら訊いてくる。荷物を適当に置きマフラーとコートを脱ぐのを視界の隅に捉えながら、椿は「何の日?」と頭をひねった。そもそも今日が何日かもわからない。怠惰な毎日は日付感覚も曜日感覚も必要としない。ただ寝て、起きて、また寝るだけ。とても楽な毎日だった。
     どうでもいいだろと言いかけた瞬間、眺めていたテレビ番組でチョコレートの特集が流れて気が付いた。そうか。
    「バレンタインデーか」
    「そう」
     フィルがこたつに入ろうとする。その足が当たって、近くに置いていた紙袋が盛大に倒れた。フィルが「しまった」という顔もよそに、中身が床にあふれる。
    「うわ」
     雪崩のごとくあふれ出したパッケージの数々に思わず声が出た。知ってはいても馴染みのないイベントである。めまいがするほど色とりどりのデザインの箱があふれている状況に、本当にチョコレートを贈ったりするのかと舌を巻いた。外見が外見なので人気があるのは想像に難くないのだが、大きな紙袋二つ分も貰っているとは思わなかった。
    「すごいな」
     素直に感嘆の声が洩れた。普段から関わりのある女の子以外からも貰っていなければこの量にはならないのではないだろうか。椿にはチョコレートの良し悪しはわからないが、ラッピングから察するにどれもそれなりに金がかかっているのは予想がついた。もしかするとこのチョコレートが入っているブランドの紙袋も貰ったものなのかと考えれば納得がいく。フィルはこういうブランドにはあまり興味がなかったはずだからだ。
    「自分で言うのもあれだけど、漫画みたいだよね」
     フィルが紙袋に箱を入れながら苦笑いした。なるほど、言われてみれば確かに漫画やドラマのようなフィクションでありそうなシチュエーションである。フィルが片づけているものから適当に一つ手に取ると、椿はなんとなく矯めつ眇めつした。すごいな、と先ほどと同じ言葉が思わず口を衝いて出る。
     手元のチョコレートは赤色の箱に金色のリボンが巻かれたラッピングで、シンプルながら高級感がある。いいものなのだろうということが食に興味のない椿でもなんとなくわかった。それがこんな扱いを受けていていいのだろうかと思わないでもない。これを贈った誰かは、フィルに想いを伝えたくて贈ったはずだ。
    「お返しできないよって言ったんだけど、貰ってくれるだけでいいからって言われて断れなくて」
    「もてる男は大変だな」
     適当に言えば、フィルが少しふてくされたような顔をした。何が気に障ったのか、機嫌が悪くなったような気配がする。
    「椿は貰ったことないの?」
    「ない。そもそも俺が若いときにはこういうイベントなんかなかった」
     椿がフィルとそう変わらない年齢だった頃は、こんな華やかなイベントなどどこにもなかった。あったのは殺伐として秩序のない日常で、自分がただ生き延びるのに必死だった。胸の奥に蘇ったどろりとした感情を押し殺し、椿は何事もなかったかのように息を吐いた。
     ふうん、と言いながらフィルが椿の手からチョコレートの箱を奪い取る。どこか乱暴な手つきでそれを紙袋に戻し、どこからともなく別の紙袋を取り出してきた。今度は臙脂色の小さな紙袋だ。それも誰かから貰ったものなのかと思っていたら、先ほどよりもぶっきらぼうな口調で「あげる」と胸に押し付けてきたものだからさすがに驚いた。
    「は?」
     思わず間抜けな声が出る。胸に押し付けられた小さな紙袋を受け取りながらフィルを見れば、少しむすっとしたような顔でこちらを睨んでいるからわけがわからなかった。
    「だから、あげる」
     ありがとうと一応受け取るものの、フィルの言動がよくわからない。催促されている気配を感じて紙袋から箱を取り出すと、紙袋と同様の臙脂色をした箱が出てきた。先ほどのものと似たようなデザインで、正直なところ椿には区別がつかない。どれも同じように高級なものなのだろうという印象だ。
    「開けて」
     言われるがままに箱を開ける。フィルがどうしてそんなに機嫌が悪いのかわからない。べつに機嫌が悪くなろうがどうなろうが知ったことないのだが、妙に刺激して妙なことをされると面倒なので従えるものは従うことにした。
     箱には、当然だがチョコレートが入っていた。丸や四角などの凝ったデザインのチョコレートが六粒並んでいる。フィルを見ればむっとした表情のままだったので、とりあえず適当に一つ取って食べてみることにした。
    「ん」
     口に放り込んでみて気が付いた。チョコレートの中に酒が入っている。口の中にチョコレートの甘さとアルコールの風味が広がり、ただ甘いだけでないところがかなり好みだった。酒が好きなだけだろうと言われれば否定はしないが、これはかなりいい。
    「ウイスキーか? これ」
     呑みこんでから、相も変わらず不機嫌な顔をしたフィルに訊ねる。静かに「そう」と頷いたので、「そうか」とこちらも静かに返して二つ目を口に入れた。おいしい。
    「椿お酒好きだし、こういうのがいいかと思ったんだけど」
    「確かに、こういうのは美味いな」
     特別甘いものが好きなわけではないので、こういったものの方がおいしく味わえるのは確かだ。酒は好きだが金がない故にあまり酒を飲まないので余計に美味く思えるのかもしれなかった。つい三つ目に手が伸びる。
    「せっかく椿のために買ったのに」
    「あ?」
     ふいにフィルがぽつりとつぶやくように言って、椿は口をもごもごさせながら聞き返した。
    「俺が、椿のためにいろいろ考えて買ったのに」
     ぶすりと不機嫌なままフィルが言う。こんなに不機嫌なのも珍しいなと思いながら話を聞き流そうとして「ん?」と引っかかった。
     俺が、買った? 
     つまり、今椿が食べているこれはフィルが誰かから貰ったものではなくてフィルが買ってきたものなのか。それも、わざわざ椿のために。
     事実を知ると同時に妙にむずがゆくなって、椿はチョコレートを慌てて呑みこんだ。馴染みがないとはいえ、どういうイベントかは知っている。フィルが何を思い考えてチョコレートを買い、今ここで自分に渡したのかと思うとどこか恥ずかしい。行為の最中に好きだのなんだのと言われるよりも、そういう空気がない分よっぽど来るものがあった。
    「せっかく椿のために選んだのに、先に別の取るから」
    「ああ?」
     何を言っているんだと聞き返せば、フィルがぶすりとしたまま「だから」と話し出した。
    「椿にチョコあげたくていろいろ探して買ったのに、先に別のやつっていうか俺が貰ったやつだけど、そっち取ったから、俺のを一番に取ってほしかったのにって悔しくて」
     まるで拗ねた子どものようにぶつぶつとフィルが言う。まるでというか、まるっきり拗ねた子どもだった。しかも椿にしてみればよくわからない理由で拗ねている。
    「しかも同じ店のやつ!」
     フィルがそれはもう悔しそうに言う。なるほど似ているデザインに見えたのは同じ店のものだったからなのか。合点がいくと同時に、そんなことを言われてもと思わないでもない。そもそも貰ったチョコレートをここに持って来たのも、その紙袋を倒して中身をぶちまけたのもフィル自身だ。それで不機嫌になられたらたまらない。
    「貰ったことないって言うから俺が初めてになれたはずなのに!」
     最後に飛び出した一言に、ああ、と息が洩れた。結局、フィルが重視していたのはそこだったのだ。どんな事柄であれ、他者より自分を見てほしい、自分を第一にしてほしいとフィルは願い、ねだる。何をめちゃくちゃなことを思うものの、フィルは今日椿が一番に目にし、手にするバレンタインデーのチョコレートは己のものであってほしかったのだ。その上、椿がバレンタインデーにチョコレートの類などは貰ったことがないと言ったから、余計にその願望が強くなった。手に入らないとなればより一層欲しくなる。単純ながら明解な欲望だった。若さ故の為せる業なのか、フィルの椿に関するあらゆるものに対しての独占欲の強さには驚かされる。
     そして、そういう強い感情をぶつけられるとどうしたものかと考えあぐねるのも事実ではあった。椿には受け止めて応えられるほどの若さも体力もなく、かといって無視するのもどうかと思うことが時々あるくらいには情もある。
    「あれはおまえが貰ったやつだし関係ないだろ」
     どうしようもないので事実をそのまま伝えたが、それでもフィルはむすっとしている。そうやってむすっとした顔もまた作り物のように綺麗なものだから妙な迫力があった。彼の美貌はいかなる表情も武器にできるのだと、こんなところで思い知らされる。
    「そうだけど、なんとなく嫌だし悔しい」
     フィルにとっては重要な、されど椿にとってはどうでもいい独占欲がちくちくと肌を刺す。おそらくフィルだって頭ではわかっているのだ。その独占欲もこのやり取りも意味がないということには。それでも何が何でも自分が一番でありたかったと駄々をこね、過ぎたことを願わずにはいられない。
    「あーそう」
     椿は適当に相槌を打つ。何を言おうが何をしようがフィルの望み通りにはならないのだからまともに相手にする気にならなかった。諦めろ。妥協しろ。というかあれは貰ったうちに入らないだろ。様々な言葉が浮かんだが口にしたところで彼に響かないのは明白なので全て呑みこんだ。妙なところで意志が強いから面倒だ。
    「椿の初めて欲しかった」
     フィルがしょんぼりとうなだれる。うつむき気味になったせいで髪で目元が隠れ、一気に憂いを帯びた表情になった。庇護欲をそそられるような雰囲気すらあるが、落ち込んでいる内容が内容なので全くかわいそうな気持ちにならなかった。
    「気持ちの悪い言い方をするな」
    「だって本当のことだし」フィルは子どものように口を尖らせる。「好きな人の初めてっていくらでも欲しくない?」
     言い方や発想の気持ち悪さは置いておいて、その気持ちはまあわからないでもないので椿は押し黙った。好きな人の初めてが欲しい。好きな人の一番になりたい。実際に椿がそう思うかは置いておいて、どちらの気持ちもわからないでもないのだ。ただフィルの場合は行き過ぎているように感じられる、というか実際行き過ぎた発想をしている少しと言わず非常に面倒くさい。
     そう考えたところで、ん、と閃いた。
     もう手に入らないものが欲しいのならば、それ以上のものをあげたらいいんじゃないか。椿にしては珍しい発想だった。もっといいもの。もっと喜ぶようなもの。できれば全く種類の違うものではなく、似ているがそれでいて価値が上回るものがいい。
     感化されたのからしくないことを考えている。こうやって彼のためにあれこれ考えてしまう理由などそう複雑なものではないし、それを口にすることがおそらく一番喜ばれるであろうとわかっていながら椿は残ったチョコレートの内の一粒を口に入れた。そのまま、まだ拗ねた様子のフィルに強引に口づけた。舌を滑りこませて口を開かせ、溶けかけたチョコレートを口移しでフィルに食べさせる。意外にも一瞬フィルの体が強張り拒否するような気配を見せたので、いたずらに舌に触れて黙らせた。
     本当、らしくないことをしている。まあそういう日だからいいかそういうことにしようと、溶けかけたチョコレートを相手の舌に押し付けるようにしながら舐めた。まあ、たまには、そういう日があっても悪くない。とろりと零れたアルコールを味わいながら己を納得させた。あるいは、酒には強いはずだが酔っているのかもしれなかった。
     チョコレートが跡形もなくなり、甘さが残るばかりになった辺りで口を離した。唇が離れて束の間名残惜しそうな顔をしたかに見えたフィルが、盛大に眉間にしわを寄せる。
    「これ、おいしくない」
     子どもが初めて飲んだ酒をまずいと言うような口振りでフィルが感想を述べた。らしくないことをしたから何か言われるかと思いきや、チョコレートが舌に合わなかったことに全ての感想を持っていかれたらしい。椿としては嬉しい誤算と言えた。
    「なんで。美味いだろ」
    「アルコール結構きつくない?」
     そんなにずっと味が残るものでもないだろうに、フィルはずっと眉間にしわを寄せている。人形めいた美貌がずいぶん幼くなったように見えて面白い。椿は口の端がわずかに上がろうとするのを慌てて引き締めた。「べつに」とそっけない態度でごまかす。
    「じゃあもっかい」
     フィルが未だ眉間にしわを寄せたまま、椿の襟元を掴んでねだってきた。体を寄せて至近距離で見つめてくるその青い目には、ゆらゆらと独占欲めいた欲望がちらついている。もっと欲しい、全部欲しいと、硝子のように綺麗な目は欲望を雄弁に語る。先ほどまでのどうしようもないわがままはいったん忘れてくれたらしい。
    「美味くないんだろ?」
     襟元を掴む手を引き剥がしながら聞き返せば、ようやくフィルの眉間のしわがゆるんだ。それどころか、唇の端を持ち上げ妖艶な笑みさえ作ってみせる。不意打ちにぞくっとした。
    「確認する」
    「なんだそれ」
     不意に感じた悪寒を振り払うように声を発せば、それ以上は黙れとばかりにチョコレートを口に押し付けられた。仕方なく口に咥え、先ほどとは違い明らかにキスを待っているフィルの口に押し当てる。いっそフィルの口内にチョコレートを押し込んだら口を離してやろうかと思ったが、いつの間にかフィルの手がうなじに回っていたからそういうわけにもいかなかった。華奢にも見えるその手のどこに一体そんな力があるのか、こういうときのフィルの手は力強い。
     口に咥えたチョコレートをフィルが齧り取るようにして唇が触れた。そのまま唇が重なってキスが深くなる。先ほどはこちらが滑り込ませる側だったのに、今度は相手に粘膜をくすぐられて思わず鼻にかかった声が洩れた。どう考えてもチョコレートを味わうよりもキスを楽しみ始めたフィルに、あっという間に形勢が逆転する。
     溶けかけたチョコレートごと舌を絡め取られる。チョコレートの甘さと一緒に舌の感触を楽しむように舐められ、わずかに視界が揺れた。
     あ、まずい。自分で始めておきながら後悔するものの、時すでに遅しとでも言うべきか、チョコレートとアルコールが混ざるのと同じように互いの唾液が混ざってくらくらした。明らかにアルコールとは違う作用が体に働いて、酔う。
    「っ、ぅ」
     気が付くと溺れるのはあっという間だ。椿は世界が揺れるような感覚の中でフィルの肩を押し返した。実際に押し返せたかどうかは何しろ感覚が揺れていてわからなかったが、フィルが口を離したから何とか意識を失わずに済んだ。自分から始めたことだからなのか、一瞬で吞み込まれるところだった。普段ならばキスくらいでこんなにも力が働くことはないのに。
     荒い呼吸をする椿の眼前で、フィルがいたずらを思いついた子どものように笑った。まさしく「いいこと思いついた」と言わんばかりの表情だった。
    「最後の、俺がやりたい」
    「は?」
     悪意のない純真で綺麗な笑顔は、その美しさ故に時に暴力になる。椿は心臓をざらりと撫でられたような気がした。悪魔の笑みを前に人間である己の体が竦む。
    「俺から椿に食べさせたい」
     椿の心の中を見るかのようにフィルが目を覗き込んでくる。ねえお願い最後だけ。聞こえないはずの悪魔の囁きが鼓膜を打つ。
    「普通に自分で食うから、いい」
    「だめ」
     椿の抵抗を一蹴し、フィルがパッケージから強引に一粒取った。それをさっさと口に放り込んで口づけてくる。舌を滑り込ませるのと同時にチョコレートを口移しで食べさせられ、椿は味わう余裕もなくそれを呑みこまざるをえなかった。キスを深くしたがる舌にせっつかれて、ただ甘い塊を唾液とともに胃へと流し込む。
    「ん、んん……っ」
     口蓋を舐められ、鼻にかかった声が洩れた。行為はもはやただのキスと化していて、続ける必要はなくなっているのに唇が離れる気配はない。粘膜をくすぐられて舌を絡め取られて、腹の底がじわじわと熱くなってくる。燻る熱に息を吐けば、その息すらも絡め取られるように奪われた。
    「っあ」
     ようやっと唇が離れたときには椿の息はすっかり上がっていた。腹の底は熱く、頭はぼんやりとしていて上手く回らない。息も苦しければ下半身も苦しい状態で、フィルの力に中てられているのは間違いなかった。普段なら感じることのない性欲に思考が霞む。
     やりたい、抱かれたい、腹の中を満たしてほしいと本能が囁く。油断したと思いながらもこうなってしまった以上どうしようもないことはとっくの昔にわかっていて、椿は熱い息を吐いてフィルを見た。今の自分がどんな顔をしているかなど考えたくもないが、おそらく欲情しきってみっともない顔をしているに違いない。わかっていても、体が熱くてどうしようもなかった。欲しくて欲しくてたまらない。
    「かわいい」
     フィルの手が頬に触れた。するりと頬を撫でる手が冷たくて気持ちがいいのと同時に、自分の体がそれほど熱く昂っているのだと自覚してより苦しくなった。
     頬を撫でたフィルの右手が耳朶に触れ、ぞくっと背筋が震えた。飢えている。もっとこの手で触れてほしくてたまらない。どうしようもなくて椿は小さく「くそ」と吐き捨てた。自分の意思と関係なく昂っているこの状況が腹立たしい。だが、体は椿の気持ちを無視してフィルが欲しいと訴えている。ちらりといつもの行為が脳裏を過って、ずくずくと下半身が疼いた。フィルの手で暴かれ腹を満たされる感覚を思えば、知らず熱い吐息が洩れる。嫌だやめろと自らの欲情を無視できないくらいには、もたらされる快楽に慣れてしまっていた。
     この状況を生み出した当の本人を恨みがましく見れば、フィルはうきうきと楽しそうに目を輝かせてこちらを眺めているものだから本当に腹立たしかった。うっすら頬を染めているその顔は可憐ささえ見出せそうなほど綺麗で、室内の照明の下であっても儚げにすら見える。だが、そうやって可憐に頬を染めている理由は年上の男に欲情しているからなのだからわけがわからない。椿のどこにそういう要素があるのか謎だが、そうなのだからどうしようもない。きっと、椿と同じか、もしくはそれ以上に下半身が苦しいに決まっている。見なくてもわかる。わかりたくもないが経験からわかる。
    「どうするんだよ」
     燻っている熱を抱えたままぼそりと吐き出せば、フィルが目を細めて笑った。見惚れるほど美しい笑顔を、椿に向けて、そして椿の目の前で作り、落ちてしまえばいい、俺のところに来なよと悪魔は囁く。
    「責任取るよ」
     だってバレンタインデーだしね、なんて甘ったるい声で言われて抱き締められる。恋人同士はいちゃいちゃしても何もおかしくないし、椿もそう思ってるでしょ? 言外にフィルがそう言いたげなのを感じながら、椿は何度目かわからない息を吐いた。まあたまにはそういう日があってもいいかと、熱に浮かされるように自らへ言い訳をしてフィルの肩に顔を埋める。
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