雲海が晴れ、アルストと呼ばれていたこの世界は新たな幕開けを飾った。
アルストを救った者たちは、それぞれ、自分の戻るべき場所に帰っていき、平穏な日常が訪れた…。
それは、スペルビアでも……
朝焼け眩しい帝都の最も高い部屋、メレフはネフェルが居る部屋の扉を叩いた。
「陛下、今、大丈夫でしょうか?」
いつも通りの時刻。報告の時間。
「メレフですね、入ってください」
メレフは入ると軽く会釈をした。
広く開放感のある部屋で、小さな背丈には不釣り合いな煌びやかで大きな玉座にネフェルは浅く腰掛けていた。彼はメレフの姿を視界に捉えるとスクッと立ち上がり、さぁ話してください、と報告を促した。
「本日もスペルビア帝国内での大きな事件等は見られていません。
帝国周辺においては、スペルビア帝国のサルベージャーを筆頭に現在近郊の土地を探索中です。まだ、具体的なことは何もわかっていないようです。」
雲海が晴れた世界で仕事を失ったサルベージャーたちは、国から国へと物資を運ぶ役目へと転ずる者もいれば、雲海の下への知識を買われて、国家の下で地上の様子を探索するものもいた。スペルビアでは、信頼できるサルベージャーを雇用することで、もうすぐ限界を迎えてしまう巨神獣に代わり、住みやすい安穏の地を探っている。
「そうですか。早く解明すればよいのですが…」
キリッとしたネフェルの目の下には濃いくまが浮かんでいた。
「陛下は本日も首脳会談ですか?」
「はい。国の境界を決めるにしても、まだどこも未開の地です。安直に決めようものなら、土地の貧しい、豊かによって、新たな争いを生みかねない。当分は話し合いになるでしょうね。」
「そうですか…お身体お気を付けください」
澄ました顔をしていたメレフが少し顔を曇らせる。
「心配してくれてるのですか?」
ネフェルは口元に手を当ててくすくすと笑う。
「そ、それは勿論!」
メレフは食い気味で答える。その返答に嬉しそうに微笑んだ。
「僕は大丈夫ですよ。それよりも僕は従姉さんの方が心配です。この世界を救う大事業を成し遂げたにも関わらず、その日の内に戻って来て、特別執権官の仕事についたので…」
「元々無理言ってレックスに着いて行ったのです。職務はこれから多くなることは明白でしたから。まぁ、まさか雲海が消えてしまうとは思いませんでしたが」
ネフェルは窓から帝国を見渡す。空いている窓から吹き込む土混じりの風が彼のサラサラの前髪を揺らした。すうっとそれを吸い込んで言った。
「仕事が忙しい期間は続くとは思いますが、一度従姉さんには休暇を取られることをオススメします」
「何を仰って!今までが休暇みたいなものでしたので」
「メレフが倒れてしまったら、これから国を改革することはできないでしょう。ですから、サルベージャーの探索が難航している間に休暇を取られては、と思うのです」
「私は陛下がお休みを取られるまで休暇を取るつもりはありませんので!」
「従姉さんがそんなムキになって言ってくるなんて珍しいですね」
ネフェルはいつもよりもトーンを下げて意地悪く笑った。メレフはすみませんとばかりに帽子を取って身体を前に倒した。
ネフェルは俯いてメレフの顔を覗き込む。
「いいでしょう。では、久しぶりに2人で休みをとりませんか?」
「え、本当に?」
「今週末、グーラやその近辺の視察を兼ねて、少しですがトリゴの街に宿泊していきませんか?あそこなら基地もあるので、セキュリティもしっかりしている」
「私と陛下が帝都を離れるなんて、そんな危険なこと、万が一クーデターが起こった場合対応できませんよ」
「メレフは気づいていないかもしれませんが、アルストを守った特別執権官として国民からの貴女への信頼は厚い。新天地を見つけた今では他国も国内も、侵略や下剋上への意識は低くなっています。今こそ好機なのです」
「そんなに陛下から力説されてしまっては、休みを取らざるおえませんね」
メレフがそう言うと姉弟は笑い合った。