ぬいぐるみ組で学パロ人のいない場所を見付けるのは、何故か得意だった。
静かな場所はとても落ち着くし、こっそりと一服することも出来る。だから、時間があればふらりと気の休まる場所へと足を運んでいた。
この日は本館と西館の間にある細い隙間を抜けた先にある校舎裏。外からも高いブロック塀に隠されているおかげで、人目を気にせずにのんびりすることができる。
たまにガラの悪い先客が居ることもあるが、幸いにこの日は誰もいないようだった。
遠くから聞こえてくる賑やかな声ははっきりとは聞こえない。まるで日常の学校生活と切り離されているような気すらして、とおるはほっと息を吐いた。そしてチラリと腕時計に視線を落とした。
これから昼休みに入る。一服するには十分だ。
ポケットに手を突っ込み、隠していたタバコを咥えて火をつける。
なるべく煙とか匂いのつかないものを選んでいるものの、煙が制服にかからないように気をつけながら息を吐く。
吐息も共に吐き出された煙はあっという間に風にさらわれていった。
その様子をぼんやりと眺めていると、ふと物音が聞こえたような気がした。
慌てて耳済ますと、明らかに誰かがこちらに来ている音がする。とおるは慌ててタバコを消し、靴で隠す。
「あぁ、今日はここにいたんだね」
ひょっこり、と細い通路から顔を出した人物にとおるはほっと肩から力を抜く。いや、本当は安堵してならないのだが、それでも張り詰めた緊張は一気に解けていた。
「なつきさ………先生。よくここが分かりましたね」
「何となく、今日はここにいるかなぁって思ったんだ。隣いいかな?」
「はい、狭いですけど……」
とおるは少し奥に移動する。その時に隠していたタバコの吸殻がうっかりと頭を出してしまった。
あっ、と思わず声が漏れる。とおるの視線の先に、なつきも目を向ける。そして苦笑した。
「また、吸っていたんだね」
「………すいません」
とおるは気まずくて俯く。
自分が禁煙家であることを彼は知っている。それでも、オフの時ならまだしも、校内で生徒と教師の間柄で見つかるのは話が変わってくる。
実際に、なつきは困っているようで眉を下げていた。
「うーん、どうしようか」
なつきはしばらく考えたあとで、地面に落ちた吸殻を拾い上げる。そして持っていたハンカチで包むと、そっとポケットにしまった。
「今回だけだよ」
「…いいんですか?」
「うん、今回だけね。あと、出来れば控えてもらえるとありがたいな。体にもよくないからね」
「分かりました」
止めろと言わないあたり、甘いと思う。
でも、それは敢えて口には出さず、とおるは小さく頷いた。
「…あ、そうだ。代わりにこれ、いる?」
なつきは何が思い出したかのように、胸ポケットに刺してあったものを飛び出す。それは棒付きの飴だ。
とおるは目の前に差し出されたそれを不思議そうに見つめる。
「えっと、それは?」
「タバコの代わりにいるかなって思って」
「………いただきます」
受け取ったそれは、とても綺麗な紫色をしていた。全く溶けていない様子から、ここに来る前に用意したものなのだろう。
明らかにこの事が分かっていたのではないか?そんな疑問がとおるの脳裏を過ぎる。
「そういえば…」
飴を受け取り口に含んでから、ふとあることに気付く。
「家の学校って菓子の持ち込み禁止じゃなかったですか?」
そう尋ねると、なつきは悪戯な顔で微笑む。
「それじゃあ、ここでの事はお互いに秘密にしようか?」
「いいですよ」
ゆっくりと溶けだした飴はとても甘い。
そこそこ大玉の飴だが、昼休憩は始まったばっかりだ。食べきるための時間はたっぷりありそうだ。