バラエティとかも気が向いたときにしか出演しない双子が2.5枚目俳優オウレンが主演を務める人気ドラマ『くたびれ刑事』シリーズに出演するということで界隈は大盛り上がり。
やはり駄目元でのオファーがあり、あらすじを読んだアシくんが「やりたい!」ってなったので出演が決まった。しかも本人役。
舞台は人里離れた秘境の古宿。暗がり。部屋の入り口で立ち尽くすフォルテ。部屋の中。大量の人形。その中にくずおれている、白い顔をしたアシッド。
「ア……シ、」
震える声。宿の外観。フォルテの、アシッドを呼ぶ悲痛な悲鳴から物語は始まる。
宿に到着したくたびれ刑事ことオウレン、シリーズごとに変わる部下(モブ)を従え宿にチェックイン。「ここしか取れなかったんだよ、こんなに遠いとはなぁ……」「しっかりしてくださいよ先輩」みたいなやり取りしながら。外は大雨。こじんまりとした宿には他に数組の宿泊客がいるみたいだった。受付の女将さんが聞いてくださいよ、と喜色を浮かべてオウレンに話しかける。曰く、とっても有名な子が泊まりにきてるの、と。
きゃあ、と乙女のようにはしゃぐ女将さんを興味が無さそうに見やりながら宿の廊下を進むオウレン、他の客とすれ違うのをなんとはなしに見る。帽子を目深にかぶり、サングラス。顔の左側に鶯色の髪がはみ出していた。軽く会釈を交わしながら随分若い客もいるもんだ、と更に歩を進めると、さっきの客が来た方向からまた一人。ほとんど変わらない出で立ちの男性。強いて言えば髪が右側を覆っている。「!?」思わず振り返るオウレンに、「え、そっくり。双子……?そういえばさっき女将さんが言ってましたね」と部下も振り向く。
有名な子、双子──
色々世間に疎いオウレンでも何か思い当たる、と同時に響く声。
「待ってよフォルテ、一緒に行くって言ったろ!」「君がもたもたするからですアシッド。それに貸し切り風呂を予約するだけだから僕だけでいいと……」
「あーーーーーー!!A/F!!!!」
部下の声が小さな宿にこだました。
「えー、おじさん達オレらのこと知ってくれてんの!?」
「そりゃ知ってるよ!わー、わー、本物だぁ!サイン貰っていい!?」
「構いませんよ。」
宿のロビーで盛り上がる双子と部下。あー、聞いたことあるわ、最近やたらと人気の……ってここでA/Fの回想が入ります。MV撮影で秘境に来ることになったけど、せっかくなので前乗りして宿でゆっくりしに来た、と話すアシッドは年相応。部下の手帳にサインを書き終えたフォルテは営業スマイルで「写真は事務所通してくださいね」としっかり釘を刺している。私も後でサインいただいていいかしら、と話す女将さんにもちろんです、と返しているのを一人蚊帳の外のオウレンが何となく眺めていると、付きっぱなしだったテレビが大雨のニュースに切り替わった。
『土砂崩れにより○○地区の道路が寸断されており──』
「あら、まぁ」
今まさに泊まっている宿の、唯一の経路だった。
大広間に集まった女将さんはじめ従業員と、宿泊客。オウレンと部下、双子、その他には人形師だという初老の男性、老夫婦、一人客の若い男性。道路は断たれてしまったけど、明日になって雨が上がれば復旧作業が行われるはずであること、食糧等は十分あるから安心してほしい、と説明がされる。
「はぁあ、先輩マジついてないっすね」「いや全部俺のせいなの??」と部下と軽口を飛ばし合う。双子は仕方ないね、スタッフもこれでは明日来られないでしょうし……と話している。とにかく気を取り直して、宿でのひと時をお楽しみください、で解散。大広間を出る宿泊客が順に映される。不安そうな老夫婦、感情の起伏のない人形師、おどおどとした若い男性。双子のアップ。去りゆく宿泊客を見て、顔を見合わせ、何かを確認し合う。
ここからはオウレンと部下が宿を楽しむパート。温泉に入り、料理に舌鼓を打つ。食事は大広間で。別の卓では双子の弟が「おいしー!おねーさん料理上手だね♡」と女将さんに言っては「あらやだもう、おばちゃんをからかうんじゃないですよ!」とまんざらでもなさそうな様子を眺めるオウレン。「アシッド、食事中に行儀が悪いです。」って窘める兄を見て、「双子っつっても全然性格違うのな」って言うオウレンに「そりゃそうッスよ!」って部下からのA/F講座が入る。
食事をする他の宿泊客。大雨。雷まで鳴りだす。古ぼけた時計。カチコチ、カチコチ。
部屋で酒を傾けるオウレン。先輩、もう寝ますよー、という部下の声に、おう、と返そうとしたその声は、悲鳴で遮られた。
アシッド────!!!
くたびれたおじさんが、刑事の顔に変わる。部屋を飛び出し、角を二つ曲がって、見えてきた先に、扉の空いた部屋の前で立ち尽くす双子。兄の方。「ごめん、よ」兄の肩を押し、室内を確認して、オウレンも息を飲んだ。
雷鳴が、時折室内を強く照らす。人形が所狭しと並んだ室内。人形に劣らず、白い肌をさらして、その中に倒れる弟。見開かれた目。瞳孔は、閉じない。「アシッド──、」駆け寄ろうとした兄を制する。「……触っては駄目だ。」これは、事件の現場だ。一目見て、オウレンには分かっていた。
「簡単にだが検死をさせてもらった。弟君は恐らく、死後1時間も経っていない。」
死、の言葉に一度肩が跳ねたきり、フォルテはうつむいたまま。大広間に集められた従業員、宿泊客いずれも顔を青ざめさせている。なんで、どうしてこんな、と泣き出す女将。怖い、怖いと震える老夫婦。人形師は、自身が人形の保管場所として借りていた部屋が現場となり、「壊れていなければいいが……」と人形の心配ばかりを口にする。ぶつぶつと何かを呟く青年。うつむく、兄。
「俺は警視庁刑事部捜査一課のオウレンだ。居合わせたのはたまたまだが、事件とあっちゃ仕事をしなきゃならない。みなさんは全員容疑者ということになる。」
オウレンの言葉に、待ってください、と声がかかる。女将だ。「事件、ってどういうことですか?アシッドさんは……」「殺されていました。」部下が被せるように言った。「首を絞めたような跡が確認できました。抵抗もしたようでしたが……」ちらり、とフォルテを伺う。最初から同じ姿勢のまま、彼はうつむいていた。「今日は客が少ないからと、エリアを分けて部屋割をしてくれたんでしたね。それが仇となって、俺たちには物音は何も聞こえなかった。……フォルテさん。」オウレンの呼び掛けに、フォルテが緩慢に顔を上げる。「あなたは、何故あの場所に?」「っ、先輩!!」弟を突然失い、打ちひしがれるフォルテに対し容赦ない追及。部下の鋭い声にもオウレンは動じない。
「すみませんねぇ、矢張り一番に確認させていただくのは第一発見者なんですよ。」
「……僕、は」
静かな声。二人の歌声を知るものからすれば、到底想像もつかないような、全てを諦め、絶望した声音。
「弟が。アシッドが、散歩に行く、と言ってでかけて。一時間経っても戻らなくて。それで、探しにいって。興味、持ってた部屋、だったから。」
たどたどしく。要点だけを並べる声。双子の部屋の二つ先。宿泊用ではなく、荷物用、と書かれた部屋。現場の部屋。アシッドはその部屋に興味を示していたという。そこまでを述べて、フォルテは再びうつむいた。先輩、ともう一度強く部下が制する。流石にオウレンもそこまで鬼ではない。フォルテの追及はそこで止め、他の容疑者に事情を聴く。しかしいずれもアリバイは無い。強いて言えば老夫婦は二人で、女将は他の従業員と度々声を交わしていたようだが決め手に欠ける。
「今夜はここで全員で過ごした方が安全かと思いますが──」
オウレンの提案に、冗談じゃない、と声を上げたのは一人客の青年。「この中に殺人鬼が居るかもしれないんだろ!俺は部屋に帰る!」フラグテンプレを言い放ち大広間を出ていく青年。「私も失礼する」と席を立つ人形師。どうしましょう、と惑う老夫婦と、怯える従業員。
フォルテが声を上げる。
「……弟の傍には」
「残念ながら」
短いやり取りだった。声はなかったが、落胆の気配。
「ならせめて、部屋に。できるだけアシッドの近くにいたいです」
半身を失った兄の、せめてもの要求を退けられるほど、流石にオウレンも鬼ではなかった。結果、全員が自室で夜が明けるのを待つこととなった。
事件の一報は本部に知らせたものの、犠牲者が犠牲者だ。世間への公表は慎重にしなければならない。とにかく一晩をやり過ごさねば。大広間に詰める二人。
事件の流れを確認する。容疑者の誰にもアリバイは無い。
「でもフォルテさんは無いでしょう。一番ない。」
「何故」
部下の断言に、オウレンは率直な疑問を返す。
「あの二人の結びつきはそう深いファンでもない俺でも分かりますもん。動機がなさすぎる。あの落ち込み様を見れば分かるでしょ。」
言われて思い出すのは、終始俯いていたフォルテの姿。泣くでもない、喚くでもない。ただただ、絶望していた。普通の双子以上の結びつき、と断言する部下の言葉をそのまま信じるとして、半身を失った痛み、喪失感とはいかほどか。
「んー……でもなぁ。」
そうはいっても決め手がなさすぎる。明日か明後日に道路が復旧し、鑑識が入ればあっさり分かることかもしれない。しかし、この事件はこれで終わりではない──そんな予感が、オウレンにはあった。
現場の保存を最優先に。再び覗き込んだ現場は、すっかり落ち着いてきた雨音が響き、暗闇に大部分を支配されていた。人形たちの合間に、まるで自身も人形であるかのように倒れ伏すアシッドの亡骸。そういえば、人形をテーマにした曲も出してるんですよ、と部下に魅せられた写真には、生気の感じられない人形然とした二人の姿があったが、視線の先に横たわるそれは間違いなく生を感じない。作り物の人形より、よほど人形のようだった。
フォルテの部屋の前を通る。物音ひとつしない部屋の前で少し立ち止まり、歩みを再開する。痛ましさを顔ににじませた部下を一度だけ見やった。
翌日、朝食の時間。大広間にフォルテは最後に現れた。眠っていないのだろう、目の下には大きな隈が見て取れる。それは皆ほとんど同じだったが、憔悴の度合いは他の比にならない。痛ましいものを見る視線を一身に集めて、それに顔色一つ変えずフォルテは席に着く。
「──みなさん、おはようございます。雨は今日中には止み、道路の復旧が開始される模様です。」
オウレンの言葉に、安堵の声が上がる。
殺人鬼が混ざっている。それだけで、とても安息とは程遠い夜を超えたのだ。上がる歓声に、しかし、一人だけは顔色を変えない。
「昨夜、改めて現場を確認しました。そこでひとつ分かったことがある。」
ぴくり。
大広間を訪れて初めて、フォルテの肩が揺れる。
「遺体の指です。フォルテさん、あなた方双子は昨日、食事中にこんなやり取りをしていましたね。」
オウレンが人差し指を掲げる。
「焼き物の簡易コンロ。火のついたそれを触ってしまい、アシッドさんは大層熱そうにしていた。そしてあなたはこう言った。」
『近日中に撮影なのに何火傷してるんだ、馬鹿』
「……先輩?」
部下が不思議そうにオウレンを見やる。
「無かったんですよ。遺体の指に、火傷の痕なんて。それもそのはずですよね……」
オウレンが歩み寄る。顔を上げない、”フォルテ”。
「ね、アシッドさん。」
オウレンが手を取る。
人差し指に──小さな火傷の痕。
全員が息を飲む。緩慢に顔が上がる。どちらともつかない顔。左手人差し指、火傷の痕。
「……いつ、気付いたの」
「利き手。部屋を辞する時とか、些細な時に、あなたは本来の利き手を差し出していた。双子でもそこは違うんだなと、なんとなく覚えていたんですよ。」
「……はは、さすが刑事さんだ。」
“フォルテ”の表情が崩れる。人懐っこく、社交的な弟の顔になる。
「そうだよ。死んだのはフォルテ。オレはずっと、フォルテのふりしてた。でも、それが何?」
「……」
いやに静かに、挑発的に見上げてくるアシッドを、痛々しいものを見る目で見やるオウレン。
「この場に。1人、居ない者が居る。」
ざわり。部下が大広間を見回す。老夫婦、人形師、女将、その他従業員──
「アシッドさん。改めて聞きます。昨夜、あなたはどこで何をしていましたか?」
にこり。
ずっと俯いていた顔が、初めてロビーで会話を交わした時のように、朗らかに笑った。
「人を殺してた。」
兄の遺体を見つけた。弟は、兄を自分そっくりに偽装した。そのまま死んだ兄と入れ替わった弟。弟の死に絶望する、兄を演じた。保存された現場。兄の遺体を自室へ運び入れ、自分は次に遺体となった。刑事も去った現場。間違いなく、来た。
殺したはずの相手が生きていたことに、異なる相手が死んでいたことに、混乱し確認をしに来た、誰よりも憎い相手が。
「オレもフォルテも随分前から知ってたんだ。フォルテに厄介なファンがついてて、女の子のガチ恋ならまだ可愛かったけど、あの男は本気で危害を加える予感しかなかった。事務所にもマークされていたけど全然効いてなくてさ。だから」
自分たちで、ケリを付けようと。撮影現場に前乗りをしたのも、わざとその相手に情報を流して。まんまとかかった相手に、話をつけるつもりでいた。
まさか、こんな凶行に及ぶとは思いもよらず。
「……フォルテ、死んじゃった。オレが、オレ達で捕まえようなんて言ったから。一人で散歩に行かせたから。オレのせいで……死んじゃった。」
兄の姿で、兄の死を淡々と語る弟。
殺したはずの相手と違う亡骸を、一人旅の青年が確認しにきた。覗き込んできたところを捕まえて、殴りつけて、首を絞めて。兄と同じ、いやそれ以上の苦しみを与えながら、殺したのだと。やはり淡々と、弟は語った。
「なんで……そんな、いくら仇だからって、君が手を汚さなくても、」
呆然と部下が呟く。なんで、と弟が繰り返す。
「なんで殺した、って聞いたらアイツ、何て言ったと思う?『僕のフォルテくん』って言ったんだ。おかしいよね?」
ここに、双子の兄はいない。それでも、まるで傍に半身があるかのように何かに寄り添い、アシッドは笑う。
「フォルテはオレのものなのに。」
それは狂気かもしれなかった。それでもそうであることがまるで当然というように、アシッドは無邪気に小首を傾げた。
「バレるかどうかなんて些細なことだよ。大事なことはフォルテの仇を取ることで──それから、フォルテと少しでも一緒にいること。」
兄の亡骸は今、自分の部屋にいる。そう言って、弟は笑った。
「元から逃げる気なんて無かったよ。仇が取れたら、あとはどうだってよかった。ちゃんと掴まるから安心して。」
けど、と弟は続ける。
道がつながる時まででいい。兄と二人にしてほしい、と。
双子というものの結びつきを、特に彼ら特有の絆をオウレンは知る由もない。けれど半身を失った弟の、せめてもの要求を退けられるほど、流石にオウレンも鬼ではなかった。
「結局、兄殺しの犯人を見つける前に、次の事件を起こさせてしまった訳だ。」
宿の駐車場で、部下にぼやくオウレン。
「でも……まさか入れ替わっているなんて全然気づきませんでした。」
「あぁ。多分、アシッド自身も自分に暗示に近いものをかけていたんだろうな。」
己はフォルテだと。無残にも殺された兄の無念を晴らすため。弟は自分を”殺した”。
「殺人は重罪……でも俺、彼をあまり責められないですよ。」
「……」
部下の言葉に、オウレンは何も返さない。ただ、双子が”二人”で過ごす部屋の窓を見上げる。
部屋の布団に、二人。
並んで横になって、そんな二人を俯瞰で長回し。
オルゴールで鳴るヒット曲「ジェミニ」の、自身のパートだけを呟くように歌うアシッド。兄は歌わない。歌えない。静かに、片割れだけの歌が響く中、エンドロールが流れる。
っていう幻覚を見たんだ。(長い)