Halloween　すっかり肌寒くなった風が通り抜けるのを他所に、ナイトキッズのメンバー達はいつにも増して何やら騒がしい。また何か下らない事で盛り上がっているのだろうと、中里はその喧騒を遠巻きに傍観していた。風で消されぬよう手で包み込みながら煙草に火をつけ、一呼吸。ゆっくりと紫煙を吐き出した時、真隣に闇からぬっと現れた人影が一つ。
「トリックオアトリート」
　前後の脈絡もなく、不遜な物言いで投げられた言葉に、中里は黙って瞬きをした。この場所で中里に対してそのような物言いをするのは慎吾以外にはいない。以前に比べれば大分丸くなったものの、彼のふてぶてしさは変わらない。どう返したものかと逡巡して言葉が出なかったというのもあるが、闇から突然現れた彼に不意をつかれ、内心驚いていたからでもあった。しかし慎吾にその事を悟られまいと、中里は平然を装い静かに肺に煙を取り込む。
「悪いが菓子は持ってねぇよ」
　横目で慎吾を見遣りそう言ってやると、彼は「あっそ」とだけ残しメンバーの輪へ向かっていく。トリックオアトリートと言うからには何か悪戯でもされると身構えていたが、意外にもあっさりとした態度に拍子抜けした。そして同時に、どういう訳か一抹の寂しさすら感じている。中里は何も好き好んで彼に悪戯をされたいだとか、そんなマゾヒスティックな嗜好は持ち合わせていない筈だ。しかし、それならばこの気持ちはどう説明したものか。

　中里はその日お開きになるまで、一人悶々とした気持ちを抱え込んでいた。駐車場から段々と車が減っていく中、自分もそろそろ帰ろうと愛車に乗り込もうとしたその時。
「たーけし」
　呼び止められて振り返れば、意味深に笑みをたたえる慎吾がいた。その姿に、中里の心臓がどくりと脈打つ。それは何かを期待するしているような高鳴りで、何を期待しているのだと中里は内心で自身を一喝しながら慎吾の言葉を待つ。慎吾は笑みを崩さないまま中里の真横まで来ると、耳元に口を寄せた。
「この後ウチ来いよ。イタズラしてやるから」
「っ！」
　囁かれた言葉に、中里は一段と心臓が跳ね上がるのと同時に、腹の底がずくりと疼くのを感じる。中里自身も見て見ぬふりをしていた本心を、慎吾はとっくに見抜いていたのだろうか。それだけ言い残し真っ赤な愛車へ向かう背中に、誰が行くかよと返したものの、僅かに上擦る口調から強がりだと見透かされていることだろう。

　結局、気が付けば慎吾の住まいであるアパートの前まで来ていた。こうなると慎吾の掌の上で弄ばれているような気になり癪に障らないでもないが、慎吾に逃げたなどと思われないよう、あくまでも中里自らの意思で訪ねに来ただけだ。
　アパートの駐車場の空きスペースに32を停め、階段を登り慎吾の部屋の前まで行く。一度深呼吸をしてからノブを握ると、それは抵抗なく開いた。
「……来たぞ」
　玄関と短い廊下は暗いものの奥に続く部屋は明るく、おうと気の抜けた声が聞こえた。中里は靴を脱ぐと慣れた足取りで廊下を抜けワンルームに向かう。
　部屋の主は下だけスウェットに着替えており、ベッドの上で仰向けに寝転がっていた。こちらへ向けるその顔には、中里が来る事は分かりきっていたと書かれており、切れ長の目を更にきゅっと細め中里を見つめる。
「遅かったじゃねーかよ」
　待ちくたびれたぜ。そう言った彼の腕が中里へ伸び、あっと思った時には視界が反転していた。背に感じる柔らかなマットレスとは正反対に、ギラついた慎吾の視線が突き刺さる。
「、慎吾」
「お前、あんな物欲しそ〜な顔してやがんなよ」
　肩に食い込む指に僅かに顔を歪める。逆光になった慎吾の瞳は、情欲に燃えているようだった。
「してね、ぇ……っ」
　このままではまた飲まれる。そう思いながらも、食いつくように重ねられた唇も、肌に触れる指先も咎める事無く受け入れてしまう。それが中里の本心だ。自らの気持ちに素直になれずとも、慎吾にこうして触れられると嫌でも本心に従ってしまう。中里は自らの浅ましさに内心嘲笑しながらも、熱く触れる慎吾の指先に身を委ねた。