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    特殊設定オメガバのノヴァアルになる
    アルクくんは後天的にΩなるけど色々歪んでて生殖× 身体小さくなる
    マデヴァ(αΩ)がちょっと出張っている
    続きはちゃんとまとまったら

     人間には男と女の他に第二の性がある。
     それは狼の階級を元に名付けられたらしく、αとβとΩに分けられており、性別とは別に第二の性を持って生まれてくる。
     一番多いのはβで、これといった目立った特徴もなくて結婚するのも大体は同じβが多いそうだ。
     次に多い、とはいっても全体から言えば存在としては少ないが、数としては二番目であるのがαで一点突出型だったり器用万能型だったり差はあるけど男女問わず基本的にスペックが高いらしい。更に後述するΩを男女問わず、自分の性別が女であろうと孕ませることが出来るとのこと。
     そして今出たΩは男であれど体内に子宮と同じ機能がある生殖器が存在しており、αとの間に子を為すことが出来てその確率はβ相手よりも何倍にも上がるという。
     生殖に特化している為かΩには発情期、ヒートというものがあり、個人差はあれど大体は十代の半ばか後半にそれは訪れてその名の通り発情し、αを誘うフェロモンを発するとのことで、大変なんだなと他人事のように感じた。
     ちなみにこの発情期は一週間程続くらしく、そうなると日常を過ごすことも難しいみたいでヒートを抑える薬もあるらしい。
     不思議なことにこの第二の性はパルペブラやファーランドのある世界だけじゃなく、砂漠の世界や海の世界、その他の世界でも人間は皆持っていた。濃い獣人や機人、見た目は人間に見えるけど人ではないタイプはないみたいだ。
     だから僕にもあるんだろうと時間があいたときにパルペブラで調べてみたが、どうやら普通にβのようで。
     何かひっかかる気持ちがあるのに僕は何が引っ掛かったのかわからなかった。
     
     
     星の宮でのあれそれを終えてそれぞれの日常を過ごす日々。
    「……なんか、熱っぽいかも」
     朝食を終えて後片付けも終わらせてから自分の体がいつもより少しだるいような気がした。とはいえ発熱のような苦しさや辛さではなく、体温計で測ったら微熱と言えるぐらいの微弱なものだったけど。
    「大丈夫ですか? 今日の出かける予定をやめにしますか?」
     心配そうなステラに問題ないと答えた。今日は久しぶりの休みで星見の街に昨日の夜から戻っているのだから正直、これくらいの怠さで休むのは勿体ない。
    「今日はノヴァとショウちゃんと遊ぶから、すぐに熱も引くよ」
    「それなら良いのですが。今日のアルクの様子はなんだかいつもと違うような」
    「そうかな? うーんじゃあ気をつけてはおくよ、二人に会ったら事前に言っておく」
     人の機敏に鋭いステラが言うのならばそうなんだろう、少し心配そうなステラに見送られて僕は二人との待ち合わせ場所であるパンケーキ屋に向かう。
    「っえ」
     今日は何して遊ぶんだろう、ナンパは嫌だななんて思っていたら不意に後ろから腕を掴まれた。
     驚いて振り返ると、少なくとも記憶の中では見たことのない男で見た目からして裕福な感じがする。
    「ちょっといきなりなんですか」
     警戒の意味を含めて敬語でこの行動の意味を尋ね、相手の手を振り解こうとする。
     特に鍛えてもいなさそうな男なのだからすぐに振り解けると思ったのに、力がなぜか入らなかった。
    「何で」
    「それはこっちのセリフなんだよ、フェロモン垂れ流してよ」
     フェロモン? 男の言っている意味が何も分からなくて戸惑う。
    「何でお前こんなに甘い匂いがするんだよ、こっちからちょっとすれ違っただけでこうだよ。おかしいだろうがよ。チョーカーも抑制剤もなく出歩いてるとか」
     ぐいと腕を引っ張りこまれて逃げられないようにされる、何だこの男は何をするんだ。背筋に寒気が走るが負けてはならないと相手の男を睨みつける。しかし睨めば睨む程男はぎらぎらと異様な目を向けてきて自由な方の腕を動かす。
     思考するよりも早く頭を守ろうと僕は掴まれていない自身の腕を顔の前に動かした。
     殴られる、今までの経験からそう本能的に判断したけれど実際はそうじゃなかった。
    「ヤッて欲しいんだろ?」
     あ、と思った瞬間にもう遅かった。
     男の手は僕のお尻の輪郭を確かめるように撫でてくる、往来のど真ん中であるのに痴漢行為だ。
     同性でなくても見知らぬ他人にお尻を触られたら嫌に決まっている、なのに僕の体はそれが気持ちいいと受け取っていることに驚いてしまって動けない。
     撫でる動きが揉むような動きに変わると、腰の力が完全に抜けてしまった。
     そんな僕を良いことに男は更に距離を詰めてきて顔を僕の首筋に近づけて匂いを嗅いでくる。
    「ヒート近いんだろ? そんなフェロモンばら撒いておいてふらふら出歩くもんじゃないよな。一発で誰でもΩだってわかるもんだぜ」
     そして強く僕を抱きすくめてきた。逃げられない、逃げることができない。
    「やめっ……僕は、Ωじゃない」
     それでも危機感を感じて声を洩らすもそれに抵抗するような力はない。
     なんとか身じろぎして必死の抵抗を続けるしかなかったけれどそれは相手を悦ばせるものでしかない、男は機嫌よく言葉を投げつけてきた。
    「フェロモン垂れ流しといて何が違うってんだよ、お前はΩだよ」
     認めたくなくて、助けが欲しくて僕は縋るように視線を動かす。
     だけど周りの人々はどうして良いのかわからないと言った様子で、まだ動くことも出来ないという風に見えた。
     そうか、納得は行かないけどこの状況だとチョーカーもしてない抑制剤も飲んでないΩが番を求めてαの男を誘惑している、とも取れるのか。
     パルペブラは第二の性についての整備が急速に進んでいるって話も聞いた記憶がある。
     だから、被害者がΩとは限らないという事例もあるから皆動けないのか。
     どうすれば、恐怖で歯が震えてカチリと音がするだけで声すらも出ない。怖い、こんな訳もわからないまま何をされてしまうのか。
    「ほら、楽しませてやるから一緒に行こうぜ」
     相変わらず逃げようともがくも何の抵抗にもなっていない、男はまた笑うと僕を引っ張って歩き出した。
     嫌な予感ばかりしてきてじわりと涙が滲む。体が震えてもう怖くて仕方がなかった、逃げたいのに身体はうまく動かず逃げられない。
    「アルク! 」
     そんなとき、聞き馴染みのある声が僕の名前を呼んだ。ノヴァだ。
     ノヴァが来てくれたんだ。
    「アルクは嫌がっている、離してもらうよ」
    「な、何だテメェ」
    「ギルドナイツも来るよ」
     男よりも背の高いノヴァに睨みつけられ、そしてノヴァの言葉一つで顔色が変わる。
     ノヴァの迫力とギルドナイツという言葉、二つを聞いて完全に怯んでしまったようだった。
    「ちっ、大して可愛くもねぇしいらねぇよ!」
     そんな捨て台詞をはいて相手は足早にその場を去ったので、その場に残された僕は力が抜けて足から崩れてしまう。
     そんな僕を優しくノヴァが抱き留めてくれた。僕を傷つけまいと、力もあまり入れてない優しい抱きしめ方で、さっきの男とは大違い。
    「見る目がないな。いやそんなことより…アルク、大丈夫かい?」
    「う、ん……だいじょう、ぶ」
     ほっとしたからなのか、頭がぼうっとする。身体も熱いし、なんだか息が苦しい。
     だけど何故か僕に触れるノヴァの手の感触ははっきり感じて、自分の感覚とは思えないものだった。
    「アルク、君は……?」
     ノヴァが何か言っているけれどうまく聞こえない、代わりに身体は悲鳴を上げだす。早く楽になりたい、自分が自分じゃなくなるみたいにくらくらして。
    「……とりあえず、医者の誰かに見てもらおう。移動するよ」
     声とほぼ同時に僕はノヴァに横抱きで抱き上げられたのを感じたけれども、防衛本能なのか意識は沈んでいってしまった。
     
     
     
     
     
     目が覚めて最初に見えたのは多分、星見の街の自室の天井だった。
     まだ熱っぽくてふわふわした感覚は少し残っているけれど、倒れる直前よりはだいぶ楽だ。
     あとは右腕の内側がなんだかジンジンする、なんだろうと思ったらガーゼが貼られていた。
    「……あれ?」
     なんだか自分の身体に違和感がある。熱が、とかではなくて服のサイズ感が、というか。
     着ているのはいつもの青い上着といつものワイシャツだろうになんだか大きくて、だぶだぶ?
    「……どうなって」
     僕は身体を起こして、改めて自分の身体を見下ろす。
     青い上着とワイシャツがワンピースのようになっていて、手のひらもなんだか小さい。
     待って、僕は身長は成人男性の平均くらいはあったはず。
     恐る恐るベッドから降りて、姿見まで歩いた。
    「……小学生、いやギリギリ中学生?」
     そこにいたのは中学生ぐらいの、妹にどこか似た昔の僕にしか見えなかった。そういう小説とかでよくある性別まで変わってないのはせめてもの救いか。
     部屋にノック音が響く、反射的に肩を震わせてしまいつつもドアを見る。
    「アルク、起きましたか?」
     この声は多分ステラだろう、僕はドアを開けて現状をまず伝えようと大慌てでドアを開けようとした。
     すると当然ドアが開いてそこに居たステラと目が合う。僕と目をしばらく合わせるとほっとしたように笑った。
    「元気になりましたか? アルクが運ばれてきてから半日経ってます」
    「うん……ステラが言ってた通り思ったより体調が悪かったのかも」
    「ならばゆっくりと休まないとです、ノヴァさんもさっきからずっと心配してます」
    「そうだね……悪いこと、しちゃったな」
     そんな会話をしていると、ステラの後ろから影が被さる。
     なんだろうと顔をあげるとステラの後ろにはノヴァが立っていた。
     小さくなっているからかノヴァ、凄く大きく見えるな…。
    「っアルク、起きててもう大丈夫かい?」
    「あ、うん。熱と苦しさはもう……ただ」
     自分の状況をゆっくり把握する中で僕は思ったよりも小さくなった自分の手をノヴァに見せる。
     そう言えばステラもノヴァもびっくりしてなかったから、小さくなったことはもう知っていたのだろうか。
    「その見た目に関しても、ピシカさんから説明があります。ただ他の用事もあるので待っていてほしいとのことです」
    「……ピシカなんだ? ノヴァが医者って言ってたからてっきりリャオとかジンかなって思ってたんだけど」
     ステラの説明に違和感は覚えつつ、ふたりともなんだか言いづらそうな顔をしたから言葉を飲み込む。
     ではおとなしく待つしかないか、と思いつつ立ちっぱなしもと二人を部屋に招こうとした次の瞬間ノヴァに抱き上げられた。
    「まだ本調子じゃないんだから」
    「それでもちゃんと歩けるよっ!?」
    「ダメです、ノヴァさんに抱っこされてください」
     有無を言わせないステラとノヴァに僕は諦めて、そのままベッドまで運ばれた。
     ここまでするか? と思うけど今の僕じゃ頼りないだろうから納得はしてしまう。
    「ベッドに入って寝てていいよ」
    「今のところは大丈夫だから……ごめんね、ありがとう」
     ノヴァは迷惑かけたこととパルペブラで助けてもらったこと、お礼も謝ることも出来てなかったから改めて言葉にした。
    「大丈夫だよ」
     気にしないでと言うようにノヴァは微笑んで優しく頭を撫でてくれる。普段よりも小さな僕からすると大きな手のひら。
     それが気持ちよくて思わず僕が目を閉じると、とんとんと控えめなノック音がした。
    「あ、いいよ」
     僕が声を返すと扉がゆっくり開かれて、なんだか複雑そうな顔をしたピシカがやってきた。
    「アルクくん、熱とか落ち着いた?」
    「うん、今は風邪治ってきたなってくらいの感覚」
    「……ピシカさん、説明には私達はいないほうが良いですか?」
     ステラは真剣な眼差しでピシカを見て尋ねる。
     僕の身体の異変のあれそれ、正直言えば予想はついている。これがあっているのならデリケートな話になってくるだろうし、聞くにしても後でということにした方がいいとステラは考えたのだろう。
     ステラの言葉にピシカは少し考えて、それから僕の顔を見た。
    「えっと、私としては身近な人も知っておいたほうがとも思うけど…デリケートな話だから。アルクくんがいいって言うなら、かな」
    「僕は大丈夫、二人は身内だから。シロとライトも今いたら聞いてもらってた」
     僕の言葉を受けてピシカは更に何かを考えているような仕草をする。
     ちなみにシロはナオたちと一緒に深淵探索をしているし、ライトはリリスたちのところにいるから今はいない。
    「うん、分かった。あ、ご両親にはリャオ先生の方から診断書とかお手紙用意はするけど一度一緒に来てほしいなって」
    「わかった、それで話っていうのは…僕の第二の性のことだよね」
     体を起こした僕にピシカは言いづらそうにもごもごと口を動かす。しかし何かを決めたのかぐっと目に力を入れてそして大きく息を吐いて医療関係者の表情で僕と目線を合わせた。
    「驚かないでね、アルクくんは元々βだったんだよね? でもね、何故か今はΩになっているの、検査したからまず間違いない」
     やはり予想通り、つい僕の大きなため息をしてしまう。しかしピシカはそこでとめずに言葉を続けた。
    「そんな症例今まで見たことないから原因はわからないんだ、ごめんね。それで身体が小さくなった方に関しては…推測なんだけどアルクくんのΩのイメージがΩの器官を作ると同時に肉体も造り変えた、のかなって先生たちと話してた。このあたりはニルヤーナさんとかの範疇かも、とも」
     どちらも原因は不明でただ僕はΩになり体も縮んだという結果だけが今ここにある、ということなのだろう。
     熱っぽかったのもあの男が僕のフェロモンがどうたらと言ってたのもそういうわけで。
     まあ、正直言えば何でと思うけど……なんとなくこうなった原因に僕は思い当たるところはある。いや、思い出したというべきかもしれない。
     何にしろたしかにデリケートな話題だけど同席を控えて欲しいと言うほどだろうか。
    「たしかに驚いたけど、薬とかはあるわけだし迷惑かけた事の方が……」
    「え!? 全然迷惑じゃないよ!? それに本題はこれからなんだ。Ωになった、これは事実だけど同時に完全にΩになっているわけでもないんだ、今のアルクくん」
     どう説明して良いのかからないと言った様子でピシカは口ごもる。
     そしてゆっくり息を吐いて少し困ったようにしながら、言葉を続けた。
    「あのね、Ωって女の人と同じで男の人でもお腹の中に子宮のような器官……赤ちゃんを育てる器官があるの。あっ、女の人のΩは全体的により身体が女性的になることも人によってはあって…って話それちゃった、それでアルクくんのお腹の中にも子宮ができてる、んだけど」
     ピシカの言葉に僕は自分のお腹を見る。子供特有のお腹にはなっているけどそういう器官があるようには見ただけではわからない。
    「それが、元々の身体の造りが違ったからなのか……形成が途中で止まってて」
    「それってつまりは……どういう?」
     なかなか具体的に言ってくれないピシカに痺れを切らしてつい促すと、ピシカは困ったように眉を下げて視線をさまよわせつつ説明を続ける。
    「アルクくんは、男としてもΩとしても子供を作ることが出来ない、かもしれなくて」
    「……男として、も?」
    「うん、男性としての生殖能力はΩは元々低いし、アルクくんの場合は身体が小さくなったことも関係してるのかΩの性質がかなり強くて…逆に言えば子宮の形成が止まってなかったらフェロモンももっと濃くて強いものになってたかもしれない、そうなると色々酷いことになると思って身体が守ろうとして、とまったのかも。だから、どちらも……」
    「……」
     ピシカの説明の言葉に僕が二の句を告げられずにいたけれど、それを察したのかピシカはすぐに話を中断させた。
    「ごめん! ごめんね!? こんな目覚めてすぐに話すことじゃなかったよね! もっとゆっくり話したほうが、良かったよね!」
    「ううん…、言ってくれてありがとう……実感は、今は全然ないから、大丈夫。続けて」
     僕はそう言って微笑むと彼女は苦笑しながらも眉を下げる。
    「……それで、いわゆる発情期、ヒートもかなり強いだろうから抑制剤も強いものが渡されると思う。星見の街もパルペブラもαの人、普通よりいるから」
     僕の身を守るため、そして仲間のαの皆のためなのだろう。
     良くわからない身体だから行為をして妊娠しないとしても、処理のために抱いてもらうというのは申し訳ないしそもそも惑わせたくないし何より僕の今まで培ってきた価値観的に、嫌だ。
    「抑制剤強いと副作用も強いかもしれないから……今日気絶中に注射で打ったのは緊急用のであとから吐き気とか来るかもしれないし……何にしろ体質にあったもの、こっちでも探すね」
    「そうだね、わかった」
     そう言うとピシカは小さく頷いた。僕は医者ではなく素人だ、詳しい人が居てくれてよかった。
     そんなことを考えていたらノヴァが小さく口を開く。
    「……リャオさんが来なかったのは彼がαだったから?」
    「うん、正解。まさか第二の性関連のこととは思ってなかったから、即効性のα用の抑制剤用意して無くて……ジン先生は商船の船医として今航海してるからいなかったの」
     恐らくそれほど僕から出るフェロモンが強すぎて下手に近寄れなかったのだろう。それなのにΩの特質である生殖は出来ないなんて。
     ちぐはぐしてて、なんだか滑稽だ。
    「わかった、本当にありがとう。まだ実感は全然ないけど、ゆっくり飲み込んで、みる」
    「ううん! こっちこそいきなり一気にごめんね! 先生に報告してくるから、これはまた熱が上がったときに飲んでね!」
     バタバタと小さな箱に数日分だろう薬を詰めてテーブルへと置くとピシカは早々に部屋を出て行ってしまった。忙しいのに付き合わせてしまったようで申し訳なかったけど同時に少し嬉しくも思えた。
    「アルク、私はニルヤーナさんにアルクの身体のことを聞いてきます。魔術や能力の方からも調べた方がいい、ですよね」
     なんでこうも察しの良いのか、長い付き合いだからだろうか。本当にありがたいと思う反面申し訳ない気持ちもわき上がる。
     しかしステラの言葉の通りだ、僕の身体に何が起こっているか調べる必要がある。推測はあくまでも推測だから。
     もとに戻るかもわからないけれどちゃんと自分の身体のことはわかっておきたい。
    「お願いステラ」
    「はい、わかりました。ついでにアルクのご両親にも報告しておきます」
     いつの間にかピシカから渡されていたらしい診断書が入っているだろう封筒を持ってステラはそう言うと部屋から出ていった。
     僕は遠くなっていく足音を聞きながら小さく息を吐く。なんだか頭がぼんやりしてきたかもしれない。
    「……どうしたの、ノヴァ」
     ベッドに改めて横になり、ふと静かなノヴァが気になり声をかける。
     ステラはまだしもノヴァにはまだ早い話だったのかもしれない、何せまだ人として生き始めたばかりだからノヴァは。
    「ノヴァ」
     もう一度小さく呼びかけると、ベッドの隣に椅子を持ってきて座った彼は僕の髪に触れる。
    「……フェロモンってどんな匂いなんだろうね」
     そう言ってノヴァは僕の髪から手を離して、頬へと触れて撫でた。
     なんだか、モゾモゾする。子供扱いと言うよりはなんだか違うようで恥ずかしさが湧き上がる。
    「自分でも分からなくて…ん、くすぐったい」
     手を離してもらおうかと思ったけれど、なんとなくそうしたらもう触れてもらえない気がしてそのまま受け入れる。それにノヴァの指先が……なんだか心地良いのだ。
    「アルクは、ショックじゃないのかい? 身体が変化したこととか、色々」
    「うーん……不思議な気分ではある。ただ本当に実感はなくて……あとは、思い出したからかな」
     僕の言葉にノヴァは少し不思議そうに首を傾げた。そう、今の僕のこの状態はなんとなく、思い当たる節がある。
    「凪原アユムはΩだったんだ」
     今の僕はアルクであると同時に凪原アユムである。どういうことかと尋ねられたらうまく説明はできないけどこれは事実で。
    「なら僕も、Ωなのは当然のことだなって」
    「つまり、君の……ここはあえてオリジンと言わせてもらうけれど。オリジンの第二の性を思い出した結果、違いが修正されたと」
    「多分ね……ただ、小さくなったのはよくわからないけど」
    「……ピシカさんがアルクのΩのイメージが身体まで造り変えたって言ってたから、つまりオリジンの君がΩだと診断が出たときの年齢だとか?」
     ノヴァの推測についぱちくりとしてしまう。成る程、それならばそれなりに納得できる。
    「確かに中学生になったばかりに検査があったから…そうかも」
    「中学生、は確か今の人の姿のときのライトさんくらいの年齢だっけ。そう考えるとアルクは随分小さかったんだね」
     大きくてきれいなノヴァの手のひらが僕の手を包んでしまう。前は僕が少し小さいくらいだったのにと思いつつノヴァの体温が心地よい。
     ノヴァの言う通り当時の僕の身長は男子の平均よりかなり低かった。今のライトでさえ平均よりは小さい方だけど一四〇ちょっとは一応はあるらしい。
     今思えば小さかったのは僕がΩということも関係していたのだろう、Ωだから絶対小さい訳では無いが傾向的に男Ωは身長が伸びにくいことは公然の事実。
     僕は典型的な伸びにくい男Ωだったわけだ。
    「アユムであることを忘れてたときは勇者の人たちとかも混じってたし、βだったから普通に伸びたのかな……」
     オリジンである凪原アユムが消えたときは一六〇行ってただろうか、ショウちゃんいわく同じくらいだったからぎりぎりいってたかも。
     でもショウちゃん結構適当かつ気を遣う所あるから盛ってくれたのかもしれない。
    「アルクがβとして成長していた理由、混ざってたからはありそうだね。この前のハロウィンで残留思念とお別れしたって言ってたしそれも小さくなった要因かな……」
     ノヴァが分析しながらも僕の手の小ささを確認するようむにむにと少しだけ力を入れて握る。なんかくすぐったい。
    「何にしろしばらくはお店もお休みだね、色々な人に伝えたりしないとだし身体の検査もしないといけないし……。本当に、大丈夫かいアルク」
     そう言ってとても心配そうなノヴァにこっちまでなんだか申し訳ない思いが沸き起こる。
     色々な人に迷惑かけちゃうなとか、きっと実感すればするほどどうしてとひとり蹲ってしまうかもとか、色々と思うところはある。
     だからこそ今はなんだか、ノヴァに甘えたい気持ちになった。
    「うん、大丈夫……ノヴァの手、暖かい」
     手を繋いでいるだけなのになんだか落ち着いて、嬉しい。
     あのとき助けてくれたことも、今もこうして心配してくれたこともとても嬉しい。ノヴァがいてくれて、嬉しい。
     だから僕はその手のひらに甘えることにした。
    「ノヴァ、頬撫でてくれる?」
    「なんだか甘えたがりだね、共犯者」
    「今はそういう気分なんだ……」
     そう言うとノヴァは僕の頬に手のひらで包むように撫でてくれて、あまりの心地よさにすり寄った。
     その瞬間少しノヴァが反応したのはなんでだろう? わからないけど今は気にならない。
     ノヴァにはこれからもいっぱい沢山甘えてしまいそうだし、そして何かお返し出来たらいいなと思った。
    「ねぇノヴァ、君は人になったんだよね……」
    「そうだね、ステラもレーヴェも僕も今は人だよ」
    「そっか、ノヴァたちは第二の性、どうなんだろう……ね……」
     撫でられる心地よさに眠りかけながら、頭の中に思い浮かんだことが口から漏れる。
     ノヴァ達は人間になり、外見年齢はすでに第二の性の分化は終わっていてもおかしくなくて。
     だけどその返事を聞く前に目を開けれなくなり、意識も微睡んでいった。
    「……おやすみ、アルク。僕は……、に、なりたいよ……」
     だから、ノヴァが何を言ったのかなんて聞こえなかった。
     
     
     
     
     
     それからはなかなかに怒涛の日々で、大変だった。
     まず両親と一緒にリャオの報告を受けて、泣かせてしまったら嫌だなと思ったけど流石は僕とナオの両親、素直に受け入れてくれた。
     まぁそもそもふたりとも僕が元々はΩだと知っていたから、まだヒートが来ていないだけと思っていたらしい。確かに人によって成人まで来ないということもあるから不思議ではないのか……。
     小さくなったことも、ずっと眠っていて目が醒めたらシブヤ以外の日本がなくなっておりファンタジーな世界とシブヤが融合していて更に息子である僕が世界を救ったことと比べればそこまで驚くことじゃ無かったようだ。
     あと母さんに至っては
    「命に別条はないんでしょう? ならいいわ。それにこれはつまり、昔は着せられなかった可愛い服とかも着せられるってことね!」
     とはしゃいでいたくらいだった。子供が出来ないかもということもあるから、あえて重く受け止めないようしてくれたんだなと思っておく。
     見た目はこうだけど中身は成人済みのままなのでほどほどにねと言っておいたけど諦めておいた。母さんなので。
     それからニルヤーナさん筆頭にベルセティアさん。何故かレーヴェもどこから聞きつけたのかやってきて検査される。
     レーヴェには煽られつつも最終的にはだいたいピシカの説明とその後の推測の通りじゃないか、という結論に落ち着いた。
     調査後はベルセティアさんが大変ものすごく興奮してて少し怖かった。本当に。
     子供好きだからなのかな、と深く考えないようにした。
     少なくとも世間でよく聞くΩ差別するような人は僕の周りにはいない…レーヴェも僕がΩだからではなくちんちくりんになったお似合いだと外見で煽ってきたから違うだろう。それもどうかと思うが。
     見た目だけでも元に戻るかどうかについては可能性としては低いらしい。
     普通にまた成長するかも今結論は出ないとのこと。
     これからも医療方向と魔術能力方向、どちらも定期検診を受けることになった。
     そして深淵探索に行っていたシロたちが帰ってきて、同時に僕のことを聞いたライトたちが帰ってきててんやわんやとなったのである。
     各人の反応は想像におまかせする。
     薬もシブヤ式のものが処方してもらえるから問題無くて、パルペブラのお店についてもパルフェがその身体に慣れるまで休んでいいといってくれて。
     ヒートがいつ来るかわからないのが怖いくらいで、僕は本当に恵まれていると実感した。
    「しっかし、お前がΩはまだしも縮むとか…見た目は子供頭脳は大人ってやつ?」
    「ショウちゃん!」
    「ははは、昔βだって誤魔化してた仕返しだよバーカ」
    「思春期にΩだ、なんて言えないでしょ。デリケートな話なんだから」
     小さくなった外見の僕を見て、ショウちゃんは楽しそうに笑った。ユキちゃんは少し困ったように微笑んでる。
     からかうようなことを言ってるけどショウちゃんも、そしてユキちゃんも凄く心配してくれたのだろう。
     今日は二人が会いに来てくれて、一緒にお茶を飲みながらたわいもない話をしてくれる。
    「当時の僕は、二人と一緒が良かったんだと思う」
     ショウちゃんもユキちゃんもβだったから自分はΩだなんてことは言えなかった。
     決して二人共僕がΩだったからと言って遠ざけたりしなかったと思うけど、やっぱりちょっと心のどこかに恐怖みたいな気持ちはあったのは事実だ。
    「お前たまにそういう事言うよな」
    「ふふ、なんだか少し照れるね。そう言えばアユムくん、今日のカッコも可愛いね」
     そうユキちゃんに言われて、僕は今日の服を見下ろした。
     母さんだけじゃなくて色々な人が小さくなった僕用に服をプレゼントしてくれて、気持ちはとてもありがたい。
     ありがたいのだが普通の子供用の服からギリギリ女装していないだけ程度の可愛らしいフリフリのものから完全に女の子もののワンピースや可愛いヒラヒラのスカートなど、そういったものも紛れ込んでいた。
     本当ならそういうものは突っ返してしまいたいけど受け取ってしまったからには一度は袖を通さないと不義理だろうし、さらっと着れそうなものをちょっとずつ部屋着として着ることにしている。
    「可愛い服、可愛いってちゃんと思うけど僕が着るのはだし、スカートとかはヒラヒラしすぎてスースーする……女の子ってすごいね」
    「短パン履くこともあるしタイツとかレギンスもあるから実はそんなに。アユムくんもそうしたら?」
    「律儀に着なきゃ良いのにな。あ、今着てるのゆかりぃの好きな店のじゃん」
     操里さんの好みのなのか、道理でひらひらふりふりしてるなと可愛らしいワンピースの裾をつまんだ。
     着てるのは良いけど僕なんかにはやっぱり分不相応なのでは? と頭を捻ってしまう。
    「そういえば今日はこのあと出かけるんだっけ?」
    「うん、何でかはわからないけどマーデンが話があるって」
    「ファーランドの後始末の手伝い要請とか?」
    「いや、マーデンは僕今こうだって知ってるし……戦闘関連はリハビリ中だし僕」
    「リーチ短くなって間のとり方変わったから未だに戸惑ってるんだっけか」
    「変身すればゴリ押し出来るけどね……うーん新しいお菓子のアドバイスとかかな」
     そんな会話をしながら三人でのお茶会は穏やかに過ぎていき、いよいよマーデンとの待ち合わせ時間が近づいてきたとなるとパルペブラへ向かう。もちろん普通の、前の普段着と同じデザインの男児服に着替えて。
     それにしても星見の街で話せばいいと思うのに、待ち合わせ場所は僕は行ったことないパルペブラのお店だ。
     ファーランド出身の人がやってる料理屋とのこと。マーデンの知り合いの店だろうか。
     お店の前に辿り着くとそこにはマーデンと、なぜかノヴァがいた。
    「あれ、なんでノヴァもいるの?」
    「さっき仕事が終わったときにマーデンさんに丁度会って、君が来るから同席するかと誘われて」
    「この前あったことは聞いてるし、連れがいたほうが良いと思いましてね。じゃ、ちょっと待ってろ」
     マーデンはお店の中に入っていってしまいノヴァと取り残される。
     たしかにあの日のことはあまり思い出したくないし一人でいるのは少し不安はあった。
     なのでマーデンの行動には素直に感謝した。
    「……チョーカー」
     するといきなりノヴァが僕の首へと触れる。身長差がある中触れられるとは思わず少しびっくりしてしまった。
     少しして名残惜しむよう離れたノヴァの手は、今度は僕の髪を払うようにさらりと触れた。
    「こ、これつけてないとまた絡まれるかもだから」
    「必要なものとはもちろんわかっているよ」
    「ノヴァの手……なんだかくすぐったい」
    「ふふ、また甘えてくれるかい?」
     そう言ったかと思うとそのまま頬をふにゃりと優しい手付きで撫でられて体温が上がる。どうして急にこんなことと思いながらも心地よくて大人しく撫でられる。
    「……いちゃつくのは終わってからにしてくれませんかね」
     そんなときにお店からマーデンが出てきて声を掛けられれば思わずハッとなる。
     完全に気が緩んでいた。
    「べ、別にいちゃついてないし!!」
    「十分に仲が良いように見えてますよ」
     そんな会話をしていると店の中に通されてメニューを渡されるけどちょっと見ない値段が書かれている。えげつない感じの数字に戦慄していたそのときだった。
     マーデンの後ろからこれまた見知った顔が現れた。
    「久し振りだな、アルク殿! 息災であろうか?」
    「えっ、ヴァーレイン殿下!? こっち来て大丈夫なの?」
     ヴァーレイン殿下はファーランドの王位継承者、つまるところ王子様だ。継承権の低いラーゼルトのようになかなか自由に出歩ける立場ではない。そのことを真っ先に尋ねれば問題無いと笑う。対してマーデンは複雑そうな顔をしていた。
    「オレは手紙でいいって言ったんですけどね」
    「何を言うマーデン! しっかりと顔を合わせて話したいのだ!」
    「はいはい、仰せのままに」
     そう言いながらマーデンはお手上げというように両手を挙げる。相変わらず振り回されているようだけど楽しそうだなというのがひしひしと伝わってきた。
    「今日は貸し切りだからまぁ、言いにくいことも言えるってわけだ。店員も今日のことは聞かなかったことにしてくれる」
     ついでに奢りだとまで言われてしまうと逆に大丈夫かな? と思ってしまったけど殿下が楽しそうだし素直に甘えたほうが良さそうだなとは感じる。
     マーデンも一応貴族だし殿下は王子様だから金銭にも余裕があるんだろう、大人しく従うことした。
     テーブルについてそれぞれ注文し、そこでやっと殿下は本題に入る。
    「改めて…今日話したいことというのはな、これだ」
     そう言って殿下は己の首元にそっと触れる。そこには貴金属も使われた上品なチョーカーが巻かれていた。
     これが何の意味を持つかは知っている。僕はびっくりして顔で殿下のチョーカーをまじまじと見てしまう。
     王族、王子様と言えばやっぱりαのイメージがあったのは否めない。
    「良いのかい? 詳しくはないけれど王位継承権のある彼がΩであると晒して」
    「あまり大っぴらには流石にできないが、余が信頼する貴殿らには言っても何も問題はない」
     ノヴァが尋ねればそう笑いながら答えて、グラスの中に入ったお水を飲んで喉を潤す殿下。
     殿下って年齢的にはナオと同じくらいだって聞いたことあるけどもうヒートが来るようになっちゃってるんだ。大変そう。
    「それに余こそマーデン伝いとはいえアルク殿がΩだと貴殿の口から知る前に把握してしまった。故にこちらも話すべきであろう」
     殿下の言葉にしっかりしているというか、気持ちいいほどの誠実だと感心する。
     正直僕はあの日のアレのせいでΩだって、多分思ったより広まってしまっているから秘密にするのもあまり意味は無さそうで。
     今日のこの場所もどちらかというと殿下のためだろうけども、その真っ直ぐな誠実さはありがたく思った。
    「それでだな、余の周りにはΩのものはほぼいなくてだな…だから互いにΩだと把握しておくことで情報交換したりしてなにかの際に手を貸せたらと思ったのだ」
    「そっか、確かに知っておいて損はないよね」
    「うむ、アルク殿はそれに加えて小さくなってしまっている。そこもなにか役に立てないかと申し出たかった」
     本当に誠実で良い人だ。彼は裏もなく本当にそれだけなんだろうけどマーデンは多分他に目的がある、んだろうな。
     だから僕はマーデンへと視線を移す。
    「…シブヤ式の抑制剤と避妊薬、あとは避妊具も回してもらえないかと交渉したくてですね」
     いきなり、想定外のマーデンの言葉に僕と殿下は飲みかけていたお冷を吹き出しそうになる。
     なんとか飲み込んで念のためナフキンで口周りを拭こうとしたらノヴァが颯爽と拭いてくれた。
     殿下もマーデンに拭いてもらってる。
    「コホンっ、マーデンよ…貴殿はいきなり何を言い出すのだ!」
    「純粋にアンタのためですが。流石にまだ万が一があったら困るでしょう?」
    「それはそうだが……うむ、しかし貴殿がいるからそこまでとは……」
     マーデンの問いに殿下は考えるように答える。あれ、マーデンがいるから?
     それってつまり、と結論にたどり着きそうになったけれど深掘りはしないほうが良いかなと思った次の瞬間
    「ああ、もしかして二人は番なのかな?」
     とノヴァが悪意なくぶっ込んだ。いやまぁ誰でもわかるだろうけども。
    「い、いや、その、えっと!」
     殿下の顔は一気に真っ赤になってる。まだ幼さを大いに残しているからか何だか可愛い。
    「まあアンタたちにはいってもいいと思ってますから否定はしません。チョーカーもオレが選んでやった」
     どこか誇らしげ様な、でも少しバツの悪そうな不思議な声色でマーデンはそう言う。
     それを見て殿下の顔がますます赤くなった。
    「そっか、それなら話しておくよ。ファーランドへの流通はまだ先になりそうだとは言われてるし。しかし二人が、ねぇ」
     正直僕目線だと二人の相性ってそこまで良いようには見えて無くて、というかマーデンが殿下を苦手にしていると思ってたから驚いた。
    「オレはαとはいえ、本来は誰とも番になる気なんかまったくなかったんだけど」
     小さくため息を漏らしつつマーデンは殿下を見やる。その眼差しは柔らかく、どこか眩しそうにも見える。
    「……根負けというか、まあ、殿下がどうしてもっていうからですよ」
     マーデンはそんな事言うけど、天邪鬼な所あるからつまりそういうことなんだろう。
    「ムッ、余が予定より早く初めてのヒートになったのは貴殿が余に」
    「そういうことは言うな」
     何か言いかけた殿下の言葉をマーデンは止める。でもそれでなんか色々と察した僕は思わず目を逸らした。
    「二人はラブラブってことだね」
    「……うむ、いずれはマーデンと結婚する予定だ。子供もその後予定を立て、むぐ」
    「だからそういう事は言わなくて良いんだよ」
     ノヴァがストレートにそんなことを言い出したものだから殿下はとても素直なので肯定して、マーデンに口を塞がれながらも幸せそう。本当、ラブラブだ。
     ……そっか、ちゃんと思い合っていたらαとΩでも、本能と折り合ってむしろ幸せに過ごせるんだ。
     むしろ、そういう人たちのほうが多いのかもしれない。
     眼の前の二人が羨ましく思えて、無意識に僕は自分のお腹を擦ってしまった。
    「はぁ……まあこっちは片付けることもやることも多いからあんたたちのほうが早いかもしれないですがね」
    「えっ」
     突然のマーデンの言葉に思わずノヴァを見てしまう。つまりこれって僕とノヴァがそういう関係と見てるってこと!?
    「アルク殿とノヴァ殿は番なのだろう?」
    「さっきもいちゃついてましたからね、ああまだ番にはなってないってことで?」
     殿下は純粋に、マーデンはからかう意図を持って尋ねてくる。
     異種返しだろうか、本当性格悪いなぁこの破戒僧。
    「ええとね、確かに僕はΩになったけどこう、色々重なって特殊だから! だから番を作る予定は今のところないかな!」
    「そう、だね。アルクは色々と複雑だから」
     ノヴァがどこか寂しそうに言うものだから僕はなんだか悲しさを覚えて俯いてしまう、だけどすぐにノヴァの手が僕の手に触れた。
    「大丈夫だよアルク。君は素敵な人だからきっといつか、そうなりたい人が見つかるよ」
     すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべてノヴァはそんなことを言ってくれるけど僕はなんともいえないもやもやした気持ちが心にくすぶっていた。
     ……なんだろう、この気持ち。
    「……拗れそうだな」
    「あっ、三人共! 料理が来たぞ!」
     マーデンがそんな僕たちを見てなにか漏らし、殿下はキラキラした瞳でテーブルに置かれた料理を見る。
     こんな暗い気持ちは一度どこかに置いておいてまずは食べなきゃ。奢りだし、味を覚えて一回は自分でも作ってみたい。
    「冷めないうちに食うとしますか」
     マーデンの言葉を合図に料理を口に運べばすごくおいしくて、気を使わなくて良いんだって思わされる。
     特殊な感じで今に至った僕だけどあるけれど美味しいものを美味しいと感じられることに変わりはなくて、誰かと一緒に食事するとやっぱりおいしいし楽しいんだと気づいた。
    「うん、美味しいねアルク」
    「そうだね、ノヴァはこういう味付け好き?」
    「好きな方かな。ただやっぱり僕はアルクの料理が一番舌に馴染むよ」
     なんて無いことに言うノヴァになんだか嬉しくなる。
     一応ノヴァの舌を育てたのは僕と言っても過言ではない、だろうから余計に。
    「なんか惚気聞いてるな、これ」
    「やはり二人は相性がよいのでは?」
     二人共悪気はまったくないのだろうけど恥ずかしくて、下手に反応せずに僕は食事に集中することにした。
    「ふー、美味しかった」
     料理を食べ終えればお腹いっぱいにもなって店を出る。料金は言われた通りマーデン持ちで申し訳なさはあったけれど素直に甘えた。
    「アルク殿」
     マーデンが会計している最中、殿下が僕に声をかけてくる。他の人には聞かせたくないのか手招きされたので大人しく近くに寄った。
    「どうしたの?」
    「ああ、いや……その、アルク殿。アルク殿はヒートはもう経験しただろうか?」
     いきなりそう聞かれると驚きはしたがこれもΩ同士の情報交換の一貫なのだろう。
    「うーん、多分無いとおもう。僕、来るとしたらかなり重いらしいからちょっと怖気ついてるところはあるかも」
    「そうか……余はまだそこまで重くはないが……やはりヒートになる数日前から熱が上がる感覚はある。その兆候を覚えたら基本的にすぐ薬を飲んだほうが良い」
     既に経験済みの殿下からのアドバイスは実感がこもっていてありがたかった。
    「何かあったら余も少しは力になれるだろう。いつでも頼ってくれて構わない」
    「うん、ありがとう殿下」
     まだヒートが来るのは先だとはいえ、僕を気にかけてくれるのは単純に嬉しい。
    「……話は終わりましたか?」
     会計から戻ってきたマーデンが殿下の両肩に手を乗せたと思えば自分の方へと抱き寄せた。
     僕でもこれはわかる、独占欲だ。
     僕と殿下が内緒話で近かったからマーデンは無意識に嫉妬してるんだ。
    「うむ、今終わったところだ」
     殿下もマーデンに守られているようでどこか嬉しそうだ。
     ……本当、番ってすごいなぁ。
     そんな風に思ってしまうのは僕がまだ未経験だからだろうか?
     二人を見てると少しだけ羨ましく思ってしまう。
    「さ、帰りますよ。二人共また後日」
    「アルク殿、ノヴァ殿、また会おう!」
     マーデンは殿下の肩を抱いて去っていく。
     どこかその強引さに殿下が照れながらも嬉しそうで、それを見てたらなんだか……やっぱりちょっと羨ましいかも。
    「……番、か」
    「ノヴァ…?」
    「ううん、なんでもないよアルク。少し寒いから、今日は早めに休もうか」
     どこかぼんやりした様子で呟くノヴァ。風邪だろうか? でもあまり詮索するのも良くないかと思って僕は頷いた。
     マーデンと殿下の幸せそうな二人を見て、また何か思ったのかもしれない。
     ごまかしたということは今はきっと言いたくないのだ。このことを聞かないでいることが今の僕に出来ることだから今はノヴァの言うとおりにしておこう。
     それでも彼がなにか不安なのだとしたら和らげてあげたい。
     僕はそっとノヴァの手に触れて、手を繋ごうと試みる。
     ノヴァは少し驚いた顔を見せたけれど、すぐに笑みを浮かべて僕に応えてくれた。
     繋いだ手は温かくてとても心地よく感じる。
     ……もし。
     もし、この先誰かと番になる未来が来るのならば。
     それはノヴァがいいな、なんて考えてしまって僕は首を振った。
     ノヴァはそもそもβかもしれないし、たとえαであったとしてもこんな半端な僕なんかじゃ釣り合わない。
     だから番の話は、考えないようにしよう。
     今はただノヴァがそばにいてくれることが嬉しいから。
     今が幸せだから。
     それ以上を僕は望まないようにしよう。
     そう心に決めて、僕はノヴァと歩き出すのだった。
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