いつかの夜「なあ、あの夜の事覚えてるか?」
底に残ったビールのジョッキを一気に飲み干して、龍宮寺は笑った。
網の上のホルモンが焼けて、丸まっていく。ぱちんと弾ける油に顔を顰めながら乾は首を捻った。
【 いつかの夜 】
今日は特別な…。と龍宮寺は仕事あがりの乾を近所の小さな焼肉屋に連れてきてくれた。
恰幅のいい還暦くらいの旦那と、同じような体格の奥さんが二人でやっているそこは肉の油が焼ける煙にいつも店内が霞がかっている。年季の入ったテーブルの上に小さな箱タイプのガス焼き機。昭和の焼肉屋を絵に描いたようなそこは、それでも安くて美味いといつも満員の人気店だった。
「ちわっ」
たてつけの悪い木戸を引いて開けて、薄汚れた暖簾をくぐる。
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