青空の下、向日葵と君とひと足早く夏季休暇を貰ったルークは恋人のジェイミーを誘って旅へ出た。
旅と言っても行き先はメトロシティから汽車に乗って数時間の田舎町。
町興しの為に観光客を呼ぼうと広大な農地をひまわり畑に変えて、近年有名になった場所だ。
ひまわり以外の花も咲き乱れ、廃れていた町は今やひまわりの里とか花の街とか呼ばれているらしい。
汽車を降りて駅を出ると短いメインストリートには背の低い品種のひまわりやルピナス、ラベンダーやダリア、ユリなどの美しい花々が風に揺れてルークとジェイミーを出迎えてくれた。
一般的な夏季休暇の時期をずらしたお陰か、観光地と言う割には人は少なめだった。
「花の香りがすげぇな」
「あぁ。お前の髪からする匂いにも、何となく似てるな。いい香りだ」
ジェイミーが濃厚な花の香りの感想を告げると、ルークは頷き、彼なりの感想を返す。
何のてらいもなく、さらりと不意に褒められたジェイミーは自分の頬が赤くなっているのを感じ、ルークから視線を逸らすと手の中のパンフレットに目を落とす。
「メインストリートを抜けたら今日泊まるペンションがあって、そっから歩いて10分くらいでひまわり畑だってよ」
顔を上げてメインストリートの先を指差しながらちらりとルークを見ると幸せそうな笑顔でジェイミーを見ていた。
「……なんだよ」
「いや、何も。じゃ、ペンションに荷物置いてひまわり畑行こうぜ」
にっこりと通りの向こうを親指で差しながら歩き出すルークを追ってジェイミーも歩き出す。
通りに並んだプランターの花々を楽しみつつペンションへ向かう。
ペンションに着くとその向こうにひまわりの黄色が見えていた。
チェックインをして部屋に入ると窓からはこれから向かうひまわり畑がよりハッキリと見えた。
「うお!すげぇ広そうだぞ!見ろよ、ジェイミー」
ルークの声に呼ばれ窓辺に近寄ったジェイミーも窓の外に目をやる。
「おぉー、絶景だなぁ!」
ペンションから少し離れた場所に見えているひまわり畑は黄色い絨毯のようで、眩しいくらいだった。
「早く行ってみようぜ!」
わくわくとした声色のままルークを見たジェイミーと共にルークは部屋を出た。
「うぉぉ〜〜」
「ふぉぉ〜〜」
ひまわり畑の前まで来た二人は思わず揃って声が出た。
一面のひまわり畑は、ペンションの窓から見えていたよりも迫力で、想像していたよりもずっと広大だった。
ひまわりの間を歩けるように作られた通路へ降りていくと、ひまわりは意外と背が高くジェイミーが少し屈むとその黒い髪が隠れてしまう程だった。
「にゃはは、お前の髪、ひまわりと同じ色してるから同化出来んじゃね?」
ひまわりよりも頭ひとつ分上にあるルークの髪を指してジェイミーが笑った。
「そぉか?…お前の髪はこのひまわり畑でも見つけやすいよな」
そう返したルークにいたずらっぽく笑みを返したジェイミーは、ひまわりが咲き乱れる通路を駆け出す。
「じゃあ見つけてみろよっ♪脳筋くん」
「はあっ?!ちょ、ジェイミー?!」
ひまわり数本分先にいたジェイミーが急に駆け出したのを見てルークは慌てる。
ジェイミーの長い三つ編みがひまわりの間に見え隠れしていた。
ルークの大きい体では一般人向けに作られた通路は狭く、ひまわりを倒したりしないように気をつけながら早足で歩く為、すばしっこいジェイミーをあっという間に見失ってしまう。
「ジェイミー?!どこ行った?」
「こっちだぜぇ!」
数メートル離れたひまわりの間からぴょこんと飛び跳ねたジェイミーが見えた。
直進していると思ってたジェイミーは予想よりも横にズレていて、ルークは焦る。
「ちょ…待てって、ジェイミー!」
「にゃははっ!早く捕まえてみろよー!」
ぴょんぴょん跳ねていたジェイミーはまた見えなくなる。
隣に立っていればジェイミーの頭もひまわりから飛び出ていて見つける事は可能だが、距離が離れる事や角度や所々にある大きな品種のひまわりや、ひまわりの花や葉がジェイミーの姿を隠す。
「ジェイミー?ジェイミー!」
先程ジェイミーが見えた辺りまで来るも、勿論既にその姿は無い。
「ジェイミー…?」
ルークは立ち止まり辺りを見渡す。
メトロシティよりは涼しい風がひまわり達を揺らす。
遠く響く鳥の声と駅の方からは汽車が到着したのかキィーっと高い音が聞こえている。
「ジェイミー?」
落ち着いた声で呼び掛けるルークの心臓は声とは裏腹にドキドキと焦燥を告げる。
カサリ、と葉が触れ合う音がした。
「ジェイミー?!」
音がした方が振り向くも、大輪のひまわりの花が揺れているだけだった。
「ジェイミー?」
ざぁっと一陣の風が吹き、大きくひまわりが揺れる。
一瞬、鳥の声も先程まで遠くから微かに聞こえていた人々のざわめきもひまわりの葉が触れ合う音も、全ての音が消える。
目の前に広がっているひまわりの花が揺れているように見えるのに、何の音もしなくてジェイミーがひまわりの花々に攫われてしまったかのような錯覚に陥る。
「ジェイミー」
ゆっくりと花を掻き分け進むも、ジェイミーの三つ編みの先すら見つからない。
「なぁ…ジェイミー?」
少し声が大きくなる。その声には焦りが滲んでいた。
「おい、ジェイミー…なぁ、降参するよ…ここ、通路が狭いからさ…ひまわりの花、折っちまいそうで…」
見つからないジェイミーにルークは不安になり普段なら言わないような言葉を口にする。
「…ジェイミー!」
今にも泣き出しそうな子供のように叫んだ時
「ルーク」
背後から声を掛けられて、振り向くと困ったような顔をしたジェイミーが立っていた。
「ルー「ジェイミー!」
目が合ったジェイミーがもう一度ルークの名を呼ぶよりも早く、ルークの太い腕がジェイミーを抱き締めた。
「…ルーク?」
ジェイミーを抱き締めたまま動かなくなったルークの背に腕を回して、宥めるようにとんとんとゆっくり優しく叩いてやる。
「…ジェイミーが、居なくなったかと思って…」
「うん」
「このまま、見つからなかったらって…」
「オレはここにいるだろ?」
「うん…どこにも行かないでくれよ…」
ぎゅうっと力が込められる腕が微かに震えているようで、ジェイミーもルークを抱き締め返す腕に力を込めた。
「どこにも行かねぇよ」
「ん…」
旅先で浮かれ過ぎたのかもしれないと、ジェイミーは内心思った。
普段の街中であれば、こんな風にかくれんぼをしてどんなに見つからなくてもルークは弱音など吐かなかったかもしれないが、いつもと違うこの場所で、自由に身動きが取れないひまわり畑の中で、心の中で未だにトラウマになっている『置いていかれる』という傷に触れてしまったのかもしれない。
そう思ったジェイミーは自分の肩口に顔を埋めるルークの近くなった耳元に唇を寄せる。
「どこにも行かねぇから…ちょっとはしゃいじまったな、すまん」
「いや…ジェイミーが悪い訳じゃないし、はしゃいでくれたんなら、それは嬉しい」
ぐり、と擦り寄るようにルークが頭を動かし近付いていたジェイミーの唇に自らのそれで触れる。
「!!」
「はしゃいでるジェイミーを見れたのは嬉しいんだ」
吐息が触れる距離、夏の日射しの下、眩しいほどのひまわり畑の中で、空の青を吸い込んだような瞳がジェイミーを映す。
「…っんだよ…」
恥ずかしそうに視線を逸らしたジェイミーは、もう一度ぎゅっとルークの背に回した腕に力を込めた後、体を離す。
ルークもゆっくりと体を離すが、その間もずっとジェイミーを見つめていた。
「……ジェイミーが眩しくて、太陽と間違ったひまわりが攫って行っちまったんじゃないかって、思ったんだ……」
恥ずかしげもなくいうルークにジェイミーは頬を赤く染める。
「…そんな、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような事言うんじゃねぇよ…」
恥ずかしくなって視線を逸らしたジェイミーはそうぽそりと呟いた後、赤くなった目元のままちらりとルークを見て、もう一度がばりと抱きつき
「オレが太陽ならお前はひまわりか?」
と問う。
「そうかも」
抱きついてきたジェイミーをしっかりと受け止めると笑ってそう答える。
「んふふ…ばぁか。オレにとってはお前の方こそ太陽なんだよ」
こんな事普段なら言わないな、とやはり自分は浮かれているのだとジェイミーは自分が告げた言葉に恥ずかしくなって笑ってしまう。
「ふふ…っ」
「ジェイミー…可愛い…もう絶対離さない…どこにも行かないで…」
「かっこいい、だろ?オレの姿が見えなくなって寂しくなっちまったお前の方がパピーみたいで可愛いじゃねぇか」
楽しげに笑ってルークの髪をわしゃわしゃと掻き回すとルークも嬉しそうに笑う。
「パピーって…俺は可愛い仔犬ちゃんかぁ?」
「そうだろ?オレの可愛いパピーちゃん♡」
自分が乱した髪を手ぐしで整えて、身長差分を少し背伸びしたジェイミーはルークの額にチュッとキスをする。
少し驚いたような青い瞳が次の瞬間に子犬のような嬉しそうな笑顔になる。
「じゃあ、迷子のパピーにならないように手繋いでてくれよ」
「にゃはは、勿論。ほら!」
差し出された手をルークはしっかりと握る。
大柄な二人でなくても大人二人が並んで歩く事が出来ないひまわりの通路を、ジェイミーがルークの手を引いて進む。
「なぁ」
前を向いたままのジェイミーが後ろのルークに声を掛ける。
「うん?」
「ひまわりさ、本数によって花言葉が色々あるんだってよ」
振り向くことなく言葉を続けるジェイミー。
ルークは手を引かれるまま、染まる赤い耳を見つけ黙ってその先の言葉を待った。
「1本は一目惚れ、3本は愛の告白…って、前に3本のひまわり持って来たことあったよな、お前…」
にゃははと笑うが耳は赤いままで、勿論振り向く事はない。
ルークはジェイミーに気付かれないようにくすりと笑うと、言葉を受け取って続ける。
「一応な。花言葉は色々調べてさ、定番は薔薇…って思ったけど柄でもねぇなって思ったからさ、あん時は。因みに、次は11本のひまわりを贈る予定だけど?」
「…花は嵩張るし、枯れてくの見るのは…なんか、哀しいから、いらねぇ」
ルークからひまわりを贈ると言われたジェイミーの歩みが止まる。
ちょうど広大なひまわり畑なド真ん中辺りで、フォトスポットとして少しだけ開けた場所があり、ひまわりに囲まれた小さな花畑があるらしくそこに出たようだった。
「花…嫌だったか?」
今まで何度かひまわり以外の花も贈った事があるルークは立ち止まったジェイミーに不安そうに問う。
「んー…花はまぁ、嬉しいし、今までのはドライフラワーに出来るもんはそうして残してあるし、本数が多かったりドライフラワーに出来ないやつは押し花にしたり花びらだけ残したり…まぁ、色々何とかして残してある」
またルークの手を引いて花畑の真ん中まで歩いたジェイミーが振り向いてルークを見た。
「でもやっぱ、枯れてくの見ると…そんな風に気持ちも枯れてっちまったら、嫌だな、とか…余計な事を考えちまうからよ」
情けない事を言ってしまったと、すこし眉尻を下げたジェイミーはそれでも笑う。
「それにさ、わざわざ咲いてる花手折らなくてもいいからよ……ここにあるひまわりなら11本どころか、108本も999本もクリアしてんだろーからよ。お前の手の中には贈れねェけど。オレの、気持ち!」
中華街で見せるビッとした漢らしさと、二人きりの時に見せる優しさと甘さ全てを青空の下に晒して、満面の笑みでジェイミーが両手を広げる。
以前、ひまわりの花を贈った時に調べた花言葉をルークは思い出す。
108本は『私と結婚してください』
999本は『何度生まれ変わってもあなたを愛する』
「ッ…ジェイミー!!」
両手を広げたジェイミーに飛び込むように抱き寄せて、ルークは強く強くその身体を抱きしめる。
「にやははっ、苦しいって、脳筋め」
そう言いながらもしっかりと抱き締め返してくれるジェイミーに、ルークは目頭が熱くなった。
「…プロポーズは俺からしようと思ってたのに…っ」
涙声にならないように、慎重にルークがそう言うとジェイミーは楽しそうに笑う。
「だろうと思ってたよ。そのジーンズのポケットに入ってんだろ」
不自然に膨らんではいるが、気付かれていないと思っていたルークが驚いて顔を上げる。
「知ってたのか?!」
そんなルークの目尻に残った涙をジェイミーの指先がそっと撫でて払う。
「オレのパピーは仕事の事以外の隠し事は顔に出過ぎる可愛い子なんでね」
揶揄うような言葉は、その内容よりもずっと優しく愛おしそうな声色で告げられる。
「ちぇ、カッコつかねぇな、俺」
むぅ、と口を尖らせるルークに笑うジェイミー。
「だから、そのポケットの中身出すのはまた今度にしとけよ」
そう言って流れるようにルークの左手を取ると薬指にどこからか取り出したシルバーのリングをはめる。
「にゃは♪ぴったし」
「え、おま、ちょ、お、お、お前…っ!」
突然の事に驚き慌てるルークにジェイミーは得意気に笑う。
「ルーク・サリバン。お前のこの先の人生、全部オレにくれるか?」
自信ありげなプロポーズの言葉に反して不安そうに揺れる瞳を、ルークはじっと見つめる。
「っお前は…っ、ほんっとに…!」
堪らなく愛おしさが溢れ、ルークはジェイミーをもう一度強く抱きしめる。
「Yesだよ!Yesに決まってるだろ!俺の頭のてっぺんからつま先まで、この先歳食って死ぬまで、何ならその次の人生だってジェイミーにやるよ!」
ルークの返事にジェイミーの腕がその広い背中に回されて、ゆっくりと力が込められる。
「その代わり、ジェイミー・ショウの全部は俺のモンだからな?」
耳元で強く低く囁かれた言葉に、ジェイミーは幸せそうに笑った。
「おう。途中で手放した日にゃ生きてる事後悔させるから覚悟しとけ?」
「頼まれても手放せねぇから、お前も覚悟しとけよ?」
それぞれの目に浮かんだ涙を互いの肩口に吸わせてから、どにらからともなく顔を上げ、そして唇が重なった。
「俺からもちゃんと日を改めてプロポーズするから、楽しみにしとけよな、Sweetie」
花畑を後にして、ひまわりの通路をまた戻っていく。
「にゃははっ、楽しみにしとくぜ、宝贝」
風に揺れたひまわり達の葉が触れ合う音が、スタンディングオベーションの拍手の音の波のように小さく響いて、二人を包んでいた。
Fin.