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    La_Chime_

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    イガ丸(になる予定)
    イガの進路面談。もし本編と齟齬があっても生あたたかい目で眺めてください。

    おれが志望校を伝えると担任は不可解そうな顔をした。困惑した、という方が正しい。
    「イガラシ、きみは多才な人間だ」
    次に何が来るかは簡単に予想がついた。
    「もう決めたことです」
    「わかってる、応援するよ。もっともきみほどの実力なら簡単に受かるだろう」
    先生はあごに手をあてた。意志の固いおれを説得させられる言葉を選んでいるようだ。この時間はおれにとって無意味以外のなにものでもない。
    「しかし、少し簡単すぎるんだ。勉強して大学に進むつもりならいくつか上の学力の高校を選んだ方がいいし、野球を続けるつもりなら墨谷以外にも強豪が……」
    「墨谷以外じゃ野球はできません」
    先生がおれの発言の意図を理解しかねた様子で腕を組む。おれは手持ち無沙汰な30秒をもてあました。教室の窓には粉雪がちらついている。
    もう高校の授業は終わっただろう。

    丸井さんは今もうちの野球部に顔を出してくれるらしい。この間廊下で会った近藤は、その頻度は前に比べてぐっと減った、とほっとした様子で言った。
    きっと楽しいのだ。丸井さんはやっとの思いで墨谷に編入して、谷口さんの元で野球漬けの毎日を送っているのだから。ようやく身を置きたい場所にいることができるようになって、後輩にかまけている時間がなくなったのだ。
    「丸井さん、イガラシさんはちゃんと勉強しとるかって聞くんですよ。ワイが知るわけあらへんのに」
    少し笑いが込み上げる。近藤に無茶ぶりする癖はいつまでも変わらない。
    「それで……どうなんです?次来はったとき答えときますさかい」
    「それなりだよ」
    「そういえば丸井さんてイガラシさんが墨谷に行くって決めきってはるみたいやけど、約束を?」
    「してない。でもそのとおりだから仕方ねえや」
    近藤はちょっとの間逡巡してまた口を開いた。
    「イガラシさんも、あの……谷口さんっていうお人と野球したくて行くんですか?」
    不意に聞かれたそれにはうんともいやともはっきり言えず、答えを探しているうちに周りがざわつき始めた。教室を移動する人の流れをせき止めるように立っていた近藤は、ほんの数瞬の後身じろぎした。
    「あ、次体育なんやった!スンマセン、ほなまた!」
    今度は人の流れを押しのけながら嵐のようにドタドタと走り去っていく近藤を見送りながら、おれは考えていた。
    当然、衝動で自分の行先を決めちゃならない。なぜおれは墨谷に行くのか?墨谷に行かなければ。行かなければ……なんだというんだ。先生を、近藤を、そしておれ自身でさえ納得させられる理由を、今このときまで見つけられずにいる。

    「たしか野球部の丸井がいるんだったか。朝日から墨谷に編入した」
    窓から先生に目を移す。おれよりも先生の方が面食らった顔をしていた。この面談で初めておれが話に反応したからだろうか。たしかに動揺した。
    「……丸井を追いかけて行くのか?」
    そうだ、という直感が脊髄を走り抜けた。が、肯定は態度に出なかった。おれが自分でも驚いて、机の木目を数えながらその是非を吟味している様を見て、先生は確信をもったようだった。
    「……いやそういう生徒は一定数いるんだ。ただまさか……」
    らしくない、というのは自分が一番痛感している。
    「あのな、これは皆に言うことなんだが、誰かが行くからという理由で進学先を決めることは、教師の立場としてはおすすめできないんだ。高校では少なからず新しい人間関係ができるだろう。将来のことを考えれば、人よりも環境が重要なのはわかると思うが……」
    丸井さんも当時の担任に言われたことだろう。それでも、あの人はそれ以外に理由なく墨谷を受験した。ばかばかしいと何度思ったことか。
    丸井さんが墨谷高をすべって朝日高に入学したと聞いたとき、軟式野球だがそれなりに一所懸命やるさと言われたとき、言い知れぬ安堵を覚えた。そのとき一年後のことなんか曖昧に考えていたおれには選択の余地があった。野球の強豪に行くか、いい大学に行くか、墨谷に行こうものなら丸井さんになんて言われるだろうか……。
    そしてしばらくの間は毎日のスケジュールをこなすばかりで、高校について考えることは忘れていた。
    その夏、優勝旗を抱えて引退して、ちょうどその頃丸井さんが例の執念で墨谷に編入したと知らされた。あのときの「それなりに」が、編入試験のための勉強に力を入れるという意味も兼ねていたのだと、そこで初めてわかった。
    この直前までは、おれには相変わらず進路についていくつかの選択肢があった。しかし、丸井さんが墨谷に編入したと聞いたとき。あの人がそこでどんな青春を過ごすのかと思い至ったとき。
    丸井さんが朝日を卒業するのであれば考えもしなかっただろう、おれは墨谷に行かなければならなくなった。
    丸井さんが高校でも当然のようにおれと一緒に野球するつもりでいる、その前からだ。

    結局おれは何も言えないでいた。それがおれの意思だと思い込んだらしい、先生は少し肩を落とした。
    「私がなんと言おうが最後に決めるのはイガラシ自身だもんな。きみにはきみなりの考えがあることを理解してるつもりだよ」
    この人は少々俺を買い被っている。とにかく、うまく説明できないことを口にする必要がなくなったので心底ほっとした。
    椅子を引いて立ち上がりながら、先生は「イガラシにとっちゃ時間の無駄だったかな」と苦笑いした。
    野球中心の生活から放り出されたおれが家に帰ってすることといえば、少しの課題と硬球を触ることぐらいだから何も痛くはない。
    「いえ……おかげで自分を客観視できました」
    おれが扉を開けると、廊下で待っていた生徒が入れ替わりで教室に入っていった。
    墨谷に行くことは目的ではない。手段に過ぎないのだ。なぜこんな簡単なことにも気づかなかったのだろう。
    目的や目標。そこに行くまでの道すじ。道すじを辿るためのいくつもの手段。その都度迫られる選択。
    そのすべてで一番いいものを選びとる。そうでないものは捨てる。目的の達成という意味では、野球となにも変わりはしない。
    後ろで扉が閉められる。決断はほんの一瞬だった。
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