龍ダイ小話2 夕暮れが山々を茜に染める頃、ダイキは龍玉神社の縁側に座り、夕焼けを眺めていた。
というのも、今日の朝に龍之介から「今日は夕方頃に神社に居てくれないか?」と言われたので、ゆっくりと待っている次第だ。
「ま、何となく用件は分かるんだけどね」
今日は3月14日。バレンタインのお返しをするホワイトデー。
そんな日に呼び出されれば何となく察せてしまう。
幼い頃から、自分から毎年チョコレートを渡し、ホワイトデーに向こうからお返しのお菓子をもらう、それが自分たちにとって当たり前になっていた。
年齢が上がるにつれ、最初は市販のものだったのが少しずつ手作りに変わっていってたのも良い思い出だ。
自分で作りたいと思ったのは、祖母の料理作りを手伝うようになったことからのチャレンジ精神と、『龍之介に喜んでもらいたい』という一心からだった。
いつの間にか、それが恋心に変わっていたのだが。
最初はただ溶かして型に入れて固めただけの簡単なものだったが、それから少しずつ上達し、バリエーションも豊富になっていった。
龍之介も、毎年違うものがもらえてとても嬉しそうだったし、何よりも全部美味しそうに食べていたのが自分にとって一番嬉しかった。だからこそずっと作り続けてこれたのだろう。
「今年のトリュフチョコも美味しそうに食べてたし、本当、作り甲斐があるよ」
先月に見た彼の笑顔を思い出しながら小さく笑みを浮かばせる。
今思えば、あの気持ちはとっくの昔から伝わっていたのだろうか…
「ダイキー!」
昔を思い出しながら懐かしさを噛みしめてると、不意に声をかけられる。
我に返り声の主の方向を見ると、自分の恋人がこちらへ駆け寄ってくるのが目に入った。
「あ、お帰り」
「ハァ、ただいま…。悪い、色々準備してたら遅くなっちまった…」
「大丈夫だから、とりあえず落ち着きなさい」
よっぽど急いできたのだろう。
肩を上下に揺らしながら荒い呼吸をする龍之介に休憩するよう促す。
少し休憩して、再び龍之介が口を開いた。
「本当すまん。こんな時間まで待たせてしまって」
「だから大丈夫だって。先に夕食の支度とか済ませてたから、そんなに待ってないよ」
「そうか、なら良いんだが…」
「それより、渡すものがあるんでしょ?」
「…ああ、そうだな」
そういって龍之介はゴソゴソと袖をまさぐり、一つの箱を取り出した。
それは全体的に淡い水色をしており、さらに青のリボンでラッピングされた、いわば小さなプレゼントボックスだった。
「これをお前に。…受け取ってくれるか?」
「もちろん!開けてみてもいい?」
「ああ」
ゆっくりとリボンを解き、蓋を開ける。
中に入っていたのは…
「…マドレーヌ?」
「正解。膨らみ過ぎたりして結構変な形になっちまったけどな」
「え、龍之介が作ったの!?」
「あぁ。他の人に手伝ってもらってだけどな」
驚いた。まさか龍之介の手作りだとは。
今までの彼からのお返しは色々な市販のお菓子が基本だった。
たまに少し高そうなものまであり、自分としても気が引けていたが、「手作りしてもらったから」っと渡されていた。
なので今年はどんなものが贈られるのかと半ば恐怖心もありつつ待っていた訳だが、まさかお手製のお菓子をもらえるとは…
「食べてもいい?」
「寧ろそうしてくれ。感想を聞きたい」
了承を得てマドレーヌを一つ手に取る。
確かに膨らんではいるが、これはマドレーヌがふっくら焼けている証拠なので寧ろ上手く出来ている方だ。
口に入れてみると、外側のカリッとした食感と中のふんわりとした生地が香ばしい香りを漂わせながら口いっぱいに広がっていく。
しかもレモンピールまで入っているのか、程よい酸味が良いアクセントになっていて更に美味しさを引き立てている。これは…
「…美味しい」
「本当か!?」
「うん、とっても美味しく出来てるよ」
「そうか、良かった…」
相当不安だったんだろう、龍之介がふぅーと息を吐き安心しきった顔を見せる。
自分も最初に作ったチョコを食べてもらうときはとても緊張したから気持ちが分かる。
きっと一生懸命作ってくれたんだろう。
「こんなに美味しいマドレーヌもらえて幸せだよ。ありがとう」
「!…どういたしまして。お前に喜んでもらえたなら良かったよ」
「もっと食べたいけど、なんだかもったいないな…」
「レシピなら覚えたし、また作ってやるよ。だから遠慮しないで食べてくれ」
「…なら、お言葉に甘えて頂くね」
そう言って二つ目のマドレーヌを口に運ぶ。
誰かから手作りのお菓子をもらうって、こんなに嬉しかったんだな。
なら自分も、来年はもっと素敵なお菓子を作れるよう頑張ろう。
そう考えながら、ふわふわな生地を思う存分堪能した。
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美味しそうにマドレーヌを頬張るダイキを眺め、手作りしたものを喜んでもらう嬉しさを噛みしめる。
ダイキも毎年、こんな気持ちを味わっていたんだな。
料理をあまりしてこなかった俺が手作り菓子に挑戦したかったのは、ダイキが毎年のバレンタインにお手製の菓子をくれるため、たまには俺からも手作りのものを贈りたかったからだ。
今までは忙しさもあり、できるだけあいつのくれたものに釣り合うような市販の菓子を贈っていたが、時間に余裕ができた今なら手作りのものでお返しできるのではないかと考えたのだ。
二週間ほど前から専属の料理人に指導してもらい、合間を縫って自主練習して作ったが、その努力の甲斐があったと今しみじみ感じている。
(来年も、何かに挑戦してみるか)
まだ簡単なものぐらいしか作れないが、ダイキのくれた幸せに少しでも応えられるように、少しずつ練習していこう。
ちなみに、マドレーヌをホワイトデーに贈る意味があるのは知っているか?
意味としては「もっと仲良くなりたい」というのが一般的だが、マドレーヌは貝の形を模しており、日本では二枚貝は貝同士がピッタリ重なることから「縁結び」や「「夫婦円満」の象徴とされている。
まだ夫婦ではないが、いつかはそうなりたいと願っている。
だからこそ、「もっと仲良くなりたい」
その意味を込めて、お前に贈らせてもらうよ。
~Happy Whiteday~