夕食も済んで、明智は一息ついていた時だった。
「明智!今日はなんとデザートがあるんだ」
同居人の蓮は上機嫌にそう言って、ごそごそと冷蔵庫から何やら箱を取り出した。
ケーキの箱よりも二回りほど小さく平たい。上質そうな白い紙の箱に、金色の文字でフランス語が書かれており、シンプルな装飾ながらも高級な品だとわかる。
「どうしたの、これ…。ああ、バレンタインか」
「そう!だからデパートの催事場で良さそうなチョコ買ってきた。俺からの本命だぞ」
人脈が広く、いろんな人から信頼されている蓮のことだから、てっきり誰かから貰ったものであるかと思ったが、どうやら彼自身から明智宛てのものらしい。チョコレートを受け取り、もう一度箱を眺めてみた。
「ふーん、それはありがとう」
「どういたしまして…って、あれ?なんか素直にそうくると思わなかった…」
明智へ、とのことだったので礼を言ったまでだったが、なぜか蓮は意外だと言いたげな表情をしている。
本命というワードをスルーしたからだろうか。
「何…?僕にどんな反応を期待していたんだよ」
明智がそう問うと、蓮は、あ~…と、はっきりしない口ぶりで様子を窺うように続ける。
「むしろ期待していなかったというか…。バレンタインにかこつけてチョコを買わせるっていうメーカーの思惑に、まんまとハマっているやつがここにもいたのか、って呆れられるかと思ってた」
蓮の中の明智像ってそんなにひねくれているのかと、張本人である明智は思わず笑った。
「そこまで僕も卑屈じゃないよ。確かに踊らされてる感もなくはないけど、イベント好きな人たちが楽しんでいるならそれでいいんじゃない?」
これは明智の正直な見解だった。
まあ、探偵王子なんてものを続けていたら、今頃ファンの子や番組のスタッフなどからたくさん頂いて、煩わしくて仕方がないとげんなりしていただろう。だが、既に探偵王子は廃業していて、ひっそりと普通の一般人として生活しているからもう関係なかった。
「そうだよな。よし!じゃあ一緒に食べよう!コーヒーも淹れるよ」
先ほどの歯切れの悪さはあっという間に消え去り、蓮はルンルンでキッチンに戻って、準備をしだした。
本命だとかなんとか調子のいいことを言っていたが、ちゃっかり蓮も一緒に食べることになってるし、自分が個人的に食べたかっただけじゃないか?と明智は思ったが口には出さなかった。
手持ちぶさたになった明智は、すっかり浮かれている蓮に少しつられるように、一か月後にやってくるホワイトデーは何を贈れば喜んでくれるだろうかと考えを巡らせていた。
しばらくするとコーヒーの良い香りが漂ってきた。
おわり