梅雨 お化け屋敷にて。##24
(手だってつなげねぇ)
そうらしく無い事を思ってしまったのは夕立の匂いが幼かった頃を思い出させたからだろうか。
おデートしまへんか。だなんて、いつも通り飄々とした態度で言われた。自分たちは言うなれば恋仲なのだろうと思う。例えば「付き合ってください」と告白しただとか「恋人」とか言うはっきりとした物は無かったが。長くあの人と過ごせば嫌でも心に届いてしまう気持ちのような物がある。目線であったり、触れ方であったり。
自分は暑がりなので、このじとりとした日に、外で〝デート〟となると、少しだけ気分が乗りきれずにいるが、誘われれば頷く他は無い。好きなのだから。
しっとりとした手のひらを見つめる。
暑いなか、いつもの気に入りのスーツ。はじめこそ纏ったばかりの赤に少し慣れずにいたが、いまでは自分でも似合っていると思える程に着慣れて来た。
あの人は今日もあの蛇柄のジャケットなのだろう。上等なものだからと言って暑く無い訳は無いだろうと思うが、体温の低いあの人は、涼しげな顔をしているに決まってる。
「おまっとさん」
声が聞こえた瞬間、広げていた手のひらをぎゅ、と握り、直ぐ様手のひらをスーツの裾で拭いていた。
(こんな事しなくたって、手なんて繋げねえ)
なんせ自分達は、男同士なのだから。
女になりたいなどと思った事は無いが、そう思えてしまったのだから、きっとこの梅雨の季節のように、今自分の気持ちは曇り空なのだろう。
「なあなあ、さっきそこでお化け屋敷やっとったで」
小さい夏祭りらしいわ。まだ梅雨も過ぎてへんのにな。
え?と首を傾げてしまう。目を見つめれば、真島もまた自分の目を見つめていた。その視線が、何かを考えているように思えてしまうのは、きっと気のせいなんかじゃないと思う。この人の頭はいつだって動いている。騒めきの中の物騒な会話に笑ったりする時だってある。「なんや面白そうな話ししとったわ」と。頭の中が真っ白になる時なんてあるのだろうかと考えて、はたと思考を止めた。自分と〝シテ〟いる時、酷く余裕の無い顔をしている。何度も自分の事を呼び、鋭い目の中には自分しか映っていない、時。きっとあの時は…と考えて恥ずかしくて堪らなくなり、思考を逸らすように「行きてえ!」と叫んでしまっていた。
やめておけば良かった。
公開先に立たず。後の祭り。ひゅぅう、どろろろろと不気味な音が鳴る、真っ暗な道。薄ぼんやりと青白い光がぽつりぽつりと不気味に足元を照らしている。足元はスポンジが敷き詰められているのだろうか、不安定だ。
目を瞑ってしまいたい。ただの人形だと解っているのに、長い髪の隙間から垂れた目玉がちらりと覗く。目など合っている筈無いのに怖くて堪らない。薄めを開けて真島を見れば「ヒヒ!子供騙しやのお」と笑っている。
(そんなんだなら頭がイカれちまったなんて言われるんだ!)
心で悪態を付いた時、ふいに真島の視線が自分を絡めた。
「手ぇ繋ごか」
「え?」
「離したらあかんよ」
長い、革手袋の指に恐怖にじっとりと汗をかいてしまっている手を取られた。はじめて繋いだ手は、悔しい事に、自分より大きく感じた。きっと指が長いせいだろう。ぎゅ。と力を込められた途端、ドキリと心臓が跳ねた。一瞬、怖さを忘れかけた。けれど次の瞬間「ねえ」と冷気さえ感じる程の冷たい声が耳元、すぐ近くで聞こえ叫びそうになってしまう。間一髪で声は堪えられたが、きっと幽霊に話しかけられたのだ。
(信じねえ信じねえ信じねえ…!)
「桐生ちゃん、幽霊ってな」
「こわ、怖がらすつもりか!」
少し意地悪な真島の事だ、びびっている自分を面白がって揶揄うつもりなのだ。しかし、目は開けられない。先程の声の主が目の前に居たらきっと殴り飛ばして逃げ出してしまう。手は まだ 離したく無い。
「いや、幽霊ってすけべな事が嫌いなんやって」
「…へ?」
「今日はいっぱい汗掻いてセックスしよな」
「!?!?」
湿度を含んだ声と目線で見詰められ、一気に顔へ血が集まる。ぶわりと汗が噴き出た。怖さよりも言われた言葉の方が恥ずかしくて仕方なくて、咄嗟に手を離そうとしてしまう。
しかし掴まれた手を離してはくれず、むしろ一層強く握りしめられてしまった。
(幽霊だっておばけだって、この人にこんな事言われたら、逃げちまうに決まってる!)