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誘われたと思ったのは欲に汚れた自分が見せた幻覚だった。暑い。また夏本番では無いけれど、この湿度の高さが熱帯夜を思わせる。ぎゅ、と己にしがみ付く手が愛おしい。「一緒に寝たい」二人で一つをパカリと分け合うアイスを食べて身体が冷え機嫌がいいのか、桐生がそう言ってきた。
目線を寄越さないのは照れがあるのだろう。
安価で買ってきたボロい扇風機に当たりながら短い毛を揺らしている桐生の後ろ姿は堪らなく可愛らしい。本人に言えば拗ねて頭をぐりぐりと撫でられなくなるから言いはしないが。
ペラペラのタオルケットは二人を包むには不十分であったが、横に使えば問題は無い。膝から下が出てはいるが腹が隠れていれば冷える事も無い。主に桐生の腹が冷えないように、と気を遣った結果だ。自分一人ならこの布切れ一枚だって必要がない。
腕に乗る桐生の頭が熱い。子供体温など言おうものならまた拗ねさせてしまうだろうが、事実桐生は体温が高い。じわりと汗をかいているが不快に思わないのはこの温かな子が愛おしくて仕方ないからだろう。
(あっつ…)
額に汗をかいてしまう。
かたかたと音を鳴らす扇風機の風を強くしたいと思ったが動いたらきっと起こしてしまうだろう。幸せそうに口角を僅かに上げる桐生をまだ眺めていたい。どれだけ心を奪われてしまっているんだと思うが事実惚れ抜いているのだから仕方がない。
(体温たかいなあ、かずま)
(中は、もっとあつい)
つい、最中を思い出してしまい、若い身体がじわりと起き出してしまいそうだ。つい、腰を引いてしまう。当たらないように。この幸せの中にいる子を起こしてはいけない。どれだけ短い髪が愛おしかろうが、ときおり肌に当たるまつ毛が愛おしかろうが。
(あっつ…)
せめて額に浮かぶ汗くらいなら、唇で拭っていいだろうか。
微睡の熱帯夜。 湿度は上がるばかりだ。