高校を卒業してよかったのは、夜十時過ぎに外へ出ても補導されないこと。酔った相方からの鬼電はちょっとめんどーだけど、こんなことに付き合ってやれるのも俺だけだよな、と環は浮かれつつ居酒屋へと向かう。店に入ると金曜の夜というのもあってかなり賑わっている。店員にラビチャで聞き出した個室の名前を伝えて案内してもらう。ここの居酒屋の個室は和室らしい。大和と三月、そして壮五の三人が入っているはずなのに、障子越しに二人分の影しか見えないのを不思議に思いつつ、襖に手にかけた。
「で、どうなのソウ。タマとの夜って」
「は?」
「んー、たーくんはねえ、すっごく気持ちよくしてくれてえ」
「まてまてまて!!」
個室の襖を開けた途端、とんでもない会話が耳に飛び込んできた。環の大声に気づいた二人がこちらを向く。
「おっ、お迎え来たぞソウ」
「たーくんだ!」
「そーおーちゃーんー?酔っても言っていーことと、悪いことってあるぞ」
「えー、えっちはいいことでしょー?」
「うわ、おっさんみたいなこと言って…ヤマさんも!いきなり何聞いてんの!」
「タマもまだまだ初心だなー」
「だーっ!みっきーも止めろよ!…って寝てるし」
「んじゃ、タマ迎えに来てくれたし、ソウはお開きなー」
「やー!そーちゃんまだお酒飲むの!」
「いやヤマさん責任とって連れて帰れよ」
「俺はミツ担ぐので精一杯なんだよ。ソウの熱いリクエスト、叶えてやれって」
手伝う気はないみたいで、大和は手をひらひらと振るだけ。これだから酔っ払いはめんどくさい、と思わず息を吐いた。
「しゃーねーな。ほらそーちゃん、帰るぞ」
「たーくんいじわる!えっちのときはあんなに優しーのに!」
「ちょっ、声でかいって!」
いくら個室といっても、紙の障子で隔たれた和室だ。よく通る声で騒がれたら他の人にも聞こえてしまう。慌てて口を抑えたらなぜか手をなめられて、変な声を出したら何が楽しいのかけらけら笑い出す。赤くてだらしねー顔だけど、それもかわいいって思ってしまうのはもう重症だ。
「へえー、タマはそうなんだー」
「ヤマさん!もー黙ってて!」
酒で赤くなった顔でニヤニヤと茶化されて、反射で噛みつくみたいに叫び返す。
「あんなに優しいのに」そう、図星だ。
セックスの時はいつも以上に、壮五に優しくしている自覚がある。自分自身の感情と向けられる好意にどこか鈍い彼に、こんだけ好きだよって伝わるように。時間をかけてたくさん触れて、何度も愛をささやいているうちに、恥ずかしそうに耐えている彼が解れる瞬間がある。環の言葉と態度が、心の根っこまで届いたときに見せる、理性のこぼれおちた蕩けた顔に、腰に響く甘い声。ナカは離したくないと柔らかく締めつけて、全身で環を欲してくれる姿に応えようと、さらに欲情して貪り尽くしたくなる。
だけど、後ろで環を受け入れて快楽を得るには体力を使うらしく、終わる頃には息をぜえぜえと吐いている。気持ちよさそうにしているのは嬉しいが、苦しんでほしいわけじゃない。そこまで疲れさせる行為を何度もするわけにもいかず、環が達したタイミングで辞めることがほとんどだ。加えて、ありがたいことに仕事が多忙を極めている今、行為の回数自体も減っていて、最後にあの姿を見たのは一か月前だったような気がする。
そんなレアでかわいい俺だけのそーちゃんを人に想像されるとか、なんかやだ!
そんな思いを抱えつつ壮五の手を引くが、今日は機嫌が良くないのか、なかなか動き出してくれない。
「いい加減にしろって。ほら立って」
「…今のたーくん、優しくないからきらい」
ピキッ、とこめかみから音がした気がする。これは誰にも言ったことないけど、いや誰にも言えねーんだけど。
二人でキスもセックスも覚えた頃から、壮五は酔って環と二人きりになるとセックスをせがむようになった。でも誘われようが襲われようが、酔った壮五には絶対手を出さないと決めている。環にとってセックスは二人でするもので、酔った次の日に記憶を飛ばす恋人を相手にして、一人だけ覚えていても虚しくなるだけだから。
でもこれはフカコーリョクだ。
酔ったそーちゃんが、べらべら俺らのえっちを言いふらそーとしたんだから。絶対にそーちゃんが悪い。
なんとか居酒屋から出てきて大通りまで歩いていく。空いている手でスマホを操作していると、目の敵を見つけたみたいに壮五の目が鋭くなる。
「たーくん、そーちゃんそれやだ!こっち向いて!」
「ちょっと待ってて」
「ねーそーちゃん、たーくんとえっちしたい」
「…言ったな?」
「言った!」
またいつも通り、誰もいなくなったタイミングで同じような誘いをした壮五に、今度こそ環の脳内で完全に理性が焼き切れた音がした。
「わかった。今決めた」
「?」
「あんた覚えとけよ」
人に言えないくらい、すっごいのしてやっから。
この時間帯にしては珍しく、すぐに捕まったタクシーへと押し込むように乗せる。きょとん、とした顔を向けられて、今からしようとしていることになんとなく罪悪感を覚えそうになる。
…いや、でもこれはそーちゃんのせいだから。
壮五が車内で余計なことを言わないか心配していたが、騒ぎ疲れたのか酔いが回ったのか、乗ってすぐに寝息を立て始めた。肩に乗った体温が、いつもより熱くて動悸がする。そしてタクシーは環の指示通り、寮ではなくビジネスホテルへ辿り着いた。