ベルグの恩返し 山の中でひっそりと暮らす少女の名は琴葉と言い、両親を事故によって亡くしていた。狩りが得意な父と共に出かけていった母。二人とも、夜遅くまで帰って来なくて、心配になって麓近くの民家に助けを求めた結果、分かったのは熊に食べられてしまったとのことで。私は急に一人ぼっちになった。
ここ最近、熊などの動物たちが餌がなく民家を襲うという事件が多発していた。両親が亡くなってから、度々そのニュースが私の耳にも入ってきた。こちらも作物の被害が出ないよう、罠を仕掛けていつ出会っても迎え打てるよう、小さな鍬を持ち歩いた。
ある日の散策で、罠にかかった動物がいるのを見かけた。見たことない、鳥のような動物。不思議なことに目が三つもあって、奇形なのかと疑う。鋭い大きな足に罠である鋏が挟まっているのを確認する。村の人にいただいたものだから、詳しくは分からなかった。こんなにも、痛々しく傷つけるものなのか、と。
随分と弱ってしまっていた。両親の仇ではないが、見放すべきか。…人間も動物も今年は不作で食糧難。両親が熊に襲われたのも、互いに必死だったからだろう。一人になって、生活の苦しさが身に染みた私は、傷口から流れる血を見ながら悩んだ。そして、ガシャリと鋏を開いて解放してしまう。
「……」
「ごめんね。私たちも不作で食べ物に困ってたの。……でも、なるべく傷つけ合いたくはないよね」
意識があるのか、私を見つめる鳥。しかし暴れることはなく、ただ私の話を聞いていた。
傷口を塞ぐために、自身のボロい衣服をちぎって足に巻いてあげる。その際も、鳥はじっと静かに受け入れた。
「お腹空いてる? よかったら、食べて。…少ないけれど、傷つけてしまったお詫びだと思って?」
小さなパンを、鳥に渡す。しかし怪我をして身動きできない状態で渡されても、受け取ることなどできやしないか。
仕方なく元々小さなパンを更にちぎって、大きな嘴へと持ってゆく。僅かに開いた口にねじ込むようにパンの欠片を渡していった。
数回それを繰り返すと、パンはあっという間になくなってしまった。今日の晩御飯は、野菜のスープだけになってしまったが。この時期はみんな苦しい。少しでも助け合いの精神でいなければ、生きてはいけない。
「暗くなる前に帰らないといけないから、私はここでお邪魔するね。……本当に、ごめんなさい」
横たわる鳥の嘴を一撫でして、私はその場から立ち去った。罪悪感と、不安に駆られながら。
数日後のことだった。山菜を取りに帰り、また野菜のスープを煮込んでいる時。扉のノック音が聞こえた。既に日は落ち、真っ暗闇。村よりも山の上に位置する私の家に、わざわざ何の用だろう。
少しだけ怖くなって、護身用の鍬を背中に隠すように持った。そして、未だに鳴る音へと近づく。
「どちらさま、ですか」
ぎぃ…と古びた木の扉を開けた。覗くように外を見ると、夜の空と同化したような黒色が私の目に映る。
どこぞの騎士が、私の家を尋ねてきたのだとおもった。
「貴方、は……」
町の騎士団なのかと思い、扉を全て開く。確かに黒い鎧を身にまとっていたが、全身に目が張り付いているのを見て気絶しそうになった。
「だ、れ……」
「あの時、求婚された者だ。お前の求婚を、受け入れに来た」
「き、きゅうこん?」
脳がバグる。相手の言っている意味が分からない。首を傾げ、背の大きな相手の顔を見あげた。
何を考えているのか、常に無表情。目以外は鎧で隠れていて、余計に表情が分からない。しかし男はもう一度、私の手を取って言う。
「あの時、パンをくれただろう。……求婚されたのだ。俺はお前を、貰いに来た」
「あの、とき…」
思い浮かぶのは、鳥のような動物のこと。鳥が人間のような姿になれるものかと疑問が増えてゆく。しかしそんな私をお構いなしに、手のない腕で握られた私の手を引っ張り、家から体を引き離す。
「俺の嫁になれ。さすれば、お前に富をやろう」
腕に抱かれ、耳元で囁かれる。すると瞼が重くなり、急な睡魔に襲われる。
「お前の腹が満足するまで、狩り尽くしてやろう」
男は私の意識が途切れる寸前に、そう言った。