因習ネタお相手:ダスク、レーベ、ルチェ
①ダスク
寂れた村に残された、清掃が行き届いた小さな祠。何を祀っているのか知らないが、異様な雰囲気に琴葉は少し怖気付く。ダスクモンがいるから大丈夫だと背筋を伸ばし姿勢を正すが、この村のデジモンたちと視線がよく合う気がする。一晩泊めて頂くから、無闇に避けるのも失礼だし……と琴葉は悩んだ。
一晩耐え忍べばいい話。ダスクモンは見張りをすると言い、琴葉の横で座っている。ダスクモンが傍にいると安心する。有難く、琴葉は横になり目を閉じるのだった。
ふと夢を見た。目の前には、形を保っていない黒いモヤのような何か。まるで、肉体がない魂のようにそれは浮いていた。
明晰夢だろうか、やけに意識がはっきりとしている。宙に漂うそれを見ていると、触れてみたくなった。雲のように、すり抜けるのだろうか。ぼう、と無意識に手を伸ばす。そして黒いモヤは霧のように手に透けると、散布して消えていった。
途端、ズンと体が重くなる。心臓が押しつぶされるような感覚に胸元を抑えた。息ができない。立っていられない。水中にいるように、酸素を吸いこもうとしても口をパクパクと開閉させるだけで入ってこない。
苦しい苦しい。助けて、ダスクモン。
惹かれる闇に助けを乞う。夢の中は独りで、怖い。貴方に逢いたい。
スパン、と何かが斬られる音が聞こえた。
「大丈夫か、琴葉」
開いた目に映る、ダスクモンの姿。無表情だが、声が少し心配そうな声色をしていた。
息が苦しくて過呼吸になる。心臓がバグバグ煩い。汗で濡れて気持ち悪い。でも、体の重りは消え去って、ダスクモンが助けてくれたのだと悟った。
「ありがとう、ダスクモン…」
目尻に溜まる涙が頬を伝う。苦しみから解放されて心地が良い。
「……この村全体で俺たちをはめようとしたらしい。琴葉を何かの器にしようとした…」
「うつ、わ……?」
あのモヤのことか。確かに、形を保てていなかった。あれは肉体を求めて、漂っていたのか。
あれは何だったのだろう。デジモンのデータ? それとも残骸? 分からないけれど、酷い目にあった。しかし可哀想だとも、思った。
何か悪さをして封印されたものなのかもしれない。でも、ずっと彷徨い続けるままでいさせていいのだろうか。
ポツリ、琴葉が言葉を漏らすとダスクモンは赤い刃をチラつかせた。
「……解放するか?」
「……出来るのなら、そうしたい」
モヤの感情は理解できなかったけれど、縋るように琴葉の体に入り込んだのは覚えている。
琴葉の無茶にダスクモンは嫌味も言わず、ただ頷いた。そして夜が明ける少し前に、綺麗な祠は木っ端微塵に破壊された。
あのモヤが、村のデジモンがどうなったのかは分からない。逃げるようにそこから立ち退いたから。でも、モヤは解放された。自由になった。器を探しにデジモンを襲うかもしれないけれど、正直あの村は滅んだ方がいいと、酷いことを琴葉は思った。
②レーベ
一晩厄介になる村には、何か信仰しているものがあった。話を聞いてみると、昔災害が3日3晩続いた。死者が出て、収まる気配のない嵐に村は生贄を出すことになった。誰もやりたがらない。しかし勇気ある村思いのデジモンが手を挙げ、生贄として村全体で葬った。
その後、無事に嵐は収まり豊作が続いた。あの生贄を、神は大層お気に召したらしい。そのデジモンの勇気と神を讃えるため、祠を造り歴史を風化させないようにしているのだそう。
琴葉は感動した。生贄になったデジモンの命が散ったことに悲しくなったが、村の人々はそれを忘れずに信仰している。きっと生贄に出されたデジモンも神様も、村を大事に見守ってくれているだろう。
しかし隣に座り話を聞いていたレーベモンは、何処か顔を顰めて村長を睨んでいた。
「琴葉……この村は止めておこう」
「え、どうして?」
「……何か、良くないことが起こりそうな気がする」
珍しく、レーベモンが意見を言った。琴葉はレーベモンの言葉を疑うことなく、頷いた。
「……自分で言っておいてなんだが、本当に良いのかい。野宿にしてしまうのだが…」
「レーベモンのことだもん。何か心配事があるんでしょう? 私も、何かに巻き込まれたくはないし……。レーベモンのこと、信じてるから」
曇りない眼に、レーベモンは胸が締め付けられた。後悔や罪悪感からではない。胸を打たれたような、幸せな痛み。
琴葉に了承を得たレーベモンは、断りを入れることなく颯爽と村を立ち去ろうとした。それに琴葉は慌てて、村の誰かに声をかけるべきではないかと問うが、怪しまれて彼らの逆鱗に触れると不味いとレーベモンは彼女の良心に心痛めながら、手を握り村長の家から静かに姿を消した。
無事に逃げ出せた二人は知らない。姿を消した二人を怒号を叫びながら探す村の人々のことを。二人の身に、何かをさせる気でいたのを。
レーベモンの勘は、よく当たる。
③ルチェ
「崇めるのは俺だけで十分だろう」
立ち寄った村は、所々穴を開け、壊滅状態に陥った。それは七大魔王の一人ルーチェモンを怒らせたから。彼の大切な人間に、手を出そうとしたから。だから壊した。
「この土地の信仰は何だ? 呪詛のようだな。呪いを産んでいるだけだ。そんな忌々しい風習に、俺の琴葉を巻き込んだな?」
天使と悪魔の羽を揺らしながら、ゴミを見るように冷たい視線で這い蹲るデジモンたちを踏みにじる。後ろで地面に横たわる、愛おしい琴葉。安らかに寝息を立てているため無事なようだが、生贄など古い習慣に琴葉を巻き込もうとした罪は重い。例え傷がつかなくとも。琴葉自身が覚えていなくとも。ルーチェモンにとって尊厳を滅茶苦茶にされたも同然なのだ。
「それに捧げる相手などいないときた。仮に崇める対象を作り、村を支配するための芝居だ……。それに琴葉を巻き込んだ。死罪だ、お前たち全員、俺が殺してやる!!」
やっと、ルーチェモンが笑った。敵を嬲り殺す時の、悪魔の笑い。泣き声を上げて、縋り付くデジモンたちを蹴り上げ地面に打ち付ける。デジモン一体ずつ相手にしてられないルーチェモンは琴葉をだき抱えると空中に浮いた。そして「デッド・オア・アライブ」を放つため右手を真下に向ける。ボロボロなデジモンたちでは、もう相手にならない。
「死ね」
酷く冷たい、低い声だった。だが誰も、その声を聞くものはいなかった。
後日、村が消えたという情報を聞いたあるデジモンが歩いてきた。村があった場所は、誰もおらず。そもそも村があったかも分からないほど建物もデジモンも存在していなかった。あったのは、大きく抉れた地面となぎ倒された木々だけ。
村にはある信仰があった。きっとそれによる祟りにあい、村は滅ぼされた。調査にきたデジモンは、後にそう書物に記している。