ほろにが・ハッピー・バースデー「……意外と冷えるんだな」
アデルの部屋の窓をちらりと見ながら、アクターレがぽつりとつぶやいた。
3月5日。日中はうららかな春の日差しが差し込む自然豊かなホルルト村も、夜中は冬のように冷え込む日が続いていた。
「そうかあ?」
普段から体温の高いアデルは特に気にならないらしい。隣に座るアクターレにさらに近づいて手を取り、両手で包み込んだ。やや細めで骨張っていて長い指。人に見られる機会の多い芸能人らしく、どの指の爪も形が揃っていて、きれいに整えられている。関節部分が太く、爪の短いアデルの指とは対照的だった。
「本当だ。指先……冷たいな」
確かめるように、アデルはアクターレの指の腹を優しく擦った。すり、と触っているとアクターレが勢いよく手を引っ込めた。
「いい、いい! そういうのはあとで! な?」
「別にそんなつもりで触ったわけじゃ……」
申し訳なさそうにアデルがうつむいた。それを見たアクターレは、自分が意識しすぎていたことに気づいたのか、わなわなと慌てふためいている。
(こいつ、いつになく落ち着きねぇな……)
なぜこんなにもアクターレがそわそわしているのか、アデルには分かっていた。
(だって、もうすぐ――)
カチリ。置き時計の分針が進んだ。
「アデルっ」
午前0時になった瞬間、アクターレはアデルの腕をぎゅっと掴み、きらきらとした顔を向けた。
「誕生日、おめでとう!」
「……ああ。今年もありがとな」
まるで自分の誕生日のように、嬉しそうに笑うアクターレ。いままでは家族が祝福してくれていたけれど、アクターレと出会ってからはアデルの誕生日――3月6日ぴったりに、祝ってくれるようになった。
2人でのささやかな誕生日会も、今年で3回目。
「な、一緒に飲もうぜ」
紙袋から缶を2本取り出して、アクターレがにこにこと笑う。
「……用意いいな」
「もちろん! アデルが初めて乾杯するのは…このオレ様だからな! 光栄に思えよ〜?」
成人したら一緒に乾杯しよう……ずいぶん前にそんな会話をしたけれど、まさかアクターレが本当に約束を守ってくれるとは。アデルは心の奥が温かくなるのを感じた。
「ビールとチューハイ! アデル、どっちにするんだ?」
目の前のローテーブルに缶をゆっくりと置きながら、アクターレがアデルの顔を覗き込んだ。チューハイが何のお酒かわからないアデルは、聞き馴染みのあるビールのほうを指差した。
アクターレから缶を受け取って。お互いタイミングを合わせるように缶を開けて、軽く近づけた。
「……それじゃ、乾杯!」
ごくり、とアデルがビールを飲み込む。同時にアデルが顔をしかめたので、アクターレは待っていましたとばかりに大笑いした。はじめての飲酒は、淡く苦かった。