隠し味はひと匙のバター「ほらよ」
目の前にことりと置かれたのは、ほかほかと湯気を湛えるマグカップ。大きい手には不釣り合いな、かわいらしい丸みを帯びたフォルムの陶器からは甘い香りが漂っていた。
「なんですか、これ」
「ココアだよ。ついでだ」
「……私、甘い飲み物はあまり飲まないんですが」
「お前、甘いモン嫌いじゃねえだろ」
「嫌いではないですけど、体型維持には気を遣っているので」
君島がそう答えると、遠野はフン、と鼻で笑った。
「この程度で弛むようなだらしねえ身体してんのか?」
「なっ、そういうわけでは……」
「冷めるぞ」
「……いただきます」
どっかりと隣に腰掛けた男は、揃いのマグカップにふうふうと息を吹きかけていた。その妙に稚い仕草に、擽ったい心地を覚える。こんなペアのカップなど、いつの間に購入していたのだろう。
気がつけばこの家には遠野の私物が点々と持ち込まれていたが、なんだか対のアイテムが増えている。そんな世間一般のカップルが好むような趣味を彼が持っているようには到底思えないのだが、事実ファンシーなマグカップはローテーブルに鎮座していた。そういえば、今着ているラウンジウェアだって、色違いではあれど同じものだ。ふわふわの着心地は暖かく気に入っているが、急に暑く感じてきた。
「……」
君島はひとつため息をつき、カップを持ち上げた。つい彼と同じように唇を尖らせると、ふと視線を感じる。
「……どうしたんです」
「いいや?」
目を細めて見つめてくる表情が落ち着かなく、俯いた。ご丁寧に小粒のマシュマロまで浮かべてあるココアは、たっぷりの牛乳と砂糖で、奥歯が溶けそうだ。
(……甘すぎますね)
End.