ストレス発散 君島の家に到着した遠野がリビングに足を踏み入れると、そこには大音量のロックンロールが鳴り響いていた。ありえないことにもかかわらず、一瞬部屋を間違えたかと思い、扉を閉める。音は遮蔽されたが、微かにバックビートがわんわんと波打っているようだった。意を決して再び開ける。
「……どうした」
「おや、今日はもう大学終わったんですか」
「そうだけど……」
君島はソファに腰掛け、超特大のテレビ画面に映るかつてのアメリカのスター歌手のライブ映像を観ていた。遠野も名前は知っているが、どちらかというと自分たちよりも祖母の世代のアーティストだ。レトロな情景はまったく遠野の好みではなかったが、それよりも普段はクラシックの蘊蓄を滔々と語る君島がこのような音楽に傾倒していることに意表を突かれた。
「お前、こういうの聞くんだ」
「彼はアメリカの音楽史に残る人物ですからね。憧れなんです、昔から」
「へえ……」
彼が憧憬を口に出すのもまた意外だったが、次いで細い指先が摘み上げた食べ物に遠野は瞠目する。
「おい、気でも違ったか?」
「アナタにそんなことを言われるのは心外ですね」
君島が鼻に皺を寄せながら頬張ったのは、見るからに身体に悪そうなサンドイッチだった。皿に置いてある一切れの断面を覗いてみると、ピーナッツバターとバナナ、そしてベーコンが挟んである。常日頃節制を心がけている男が食べるものとは到底思えない。
「これはエルヴィスが好きだったサンドイッチです。……私だってたまにはこういうモノが食べたくなるんですよ」
「ほお」
「何か文句でも?」
「いいや?ま、テメェは何食っても長生きしそうだからな」
隣に座って遠野が整えられたもみあげを撫でると、君島は鬱陶しそうな顔をしてその手を払いのけた。
End.