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    よんかい

    @yonkaiCY

    サイゼロ42
    文章と絵

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    よんかい

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    原作軸42がアイスを食べる話

    はっぴーらっきーあいすくりーむ!ふたりの発した言葉が同じだったとき、さきに「ハッピーアイスクリーム」と言ったほうがアイスを奢ってもらえる。

    そんな遊びをハインリヒに持ち掛けてきたのはジェットだ。ジョーから聞きかじったのだという。

    ギルモア博士に誘われて、ゼロゼロナンバーサイボーグたちは久しぶりに日本に集まった。場所はとある山奥の避暑地。

    ハインリヒがジェットと顔を合わせるのも、ずいぶん久しぶりな気がした。

    ハインリヒがレースを見に行ったり、ジェットがふらりとドイツに来たり、博士の招集以外の場所でぽつぽつと会っていたつもりだが、この一年ほどは互いの都合が上手くつかなかった。

    物足りない。そんな未消化の気分を煙草の煙とともに吐き出したことは、一度や二度ではない。どうせジェットのほうは、そんなふうに感じることもないのだろうが。

    さきに来ていたジェットと顔を会わせて「久しぶりだな」と言葉が被った瞬間、彼が「ハッピーアイスクリーム!」と唱えたので、ハインリヒは胡乱な顔をしたのだった。

    「最初はジョーとフランソワーズで遊んでたらしいけど、最近じゃ博士たちも入れて、みんなでアイス食おうの合図みたいになってるんだって」

    「それじゃ趣旨と違うだろうが」

    「まあまあ。この暑さじゃしょうがないって」

    都会を離れても日差しの強さ自体は変わらない。それでも、木陰を吹き抜ける風が涼やかな分、来た甲斐があったというものだろう。

    青空にもくもくと白い雲が盛り上がり、ぎらぎらと太陽が照りつける下、ハインリヒはジェットと田舎道をのそのそと歩いていた。

    アイスクリーム買いに行くぞ。そう声をかけたときのジェットは、きょとんとした顔を見せた。無防備な幼い表情に、胸のあたりがくすぐられたことは秘密だ。

    空には太陽、足下にはアリの行列。左手には山、右手には渓流。人通りは皆無。

    目的地の駄菓子屋は、きのうもトランプで負けて買い出しに行かされた場所だ。

    ハインリヒはひそかに欠伸を噛みころした。一昨日こちらに到着して、久々に感じる湿度の高い暑気に慣れないせいで、眠っても疲れが取れた気がしない。ほとんど機械の身体のくせに、みょうなところで融通が利かないものだ。

    ジェットが長い赤毛を鬱陶しそうに流す。袖をまくって七分袖にしたTシャツには、うっすら汗の跡が浮いていた。スラックスの裾はきっちり足首までを隠している。窮屈そうで、思わず口を開いた。

    「おまえさんならもうちょっと薄着でも大丈夫じゃないか? こんな田舎じゃ、誰も見てやしないだろうし」

    「きみこそ博士や張大人みたいにアロハでも着たらどうだい? 案外、似合うと思うよ」

    言い合って、ふっと同時に肩をすくめる。マシンガンの右腕を持つハインリヒは言わずもがな、ジェットも機械部分が露出している箇所がある。薄着が禁物なのはお互い様だった。

    風鈴と「氷」の文字の垂れさがる駄菓子屋には、老婦人がぽつんと店番をしていた。夕方には子どもたちもやってくるだろうか。

    冷凍庫を覗き込んだジェットが「おっ」と弾んだ声を上げた。視線のさきに、黒いパッケージが鎮座している。

    「これ、CMで見たやつだ。女の子ふたり組の」

    「ああいうのが好みなのか」

    「アイスの好みならぼくはこっち。きみは?」

    べつのパッケージを取り出したジェットに促され、ハインリヒも適当に手を伸ばす。

    「あ、それジョーとフランソワーズが分けっこしてたやつだ。チョココーヒー味だって」

    「ふたつはいらねえな……」

    結局、例の黒いカップを手に取り、ジェットの分も取り上げてレジに向かった。

    平たくちいさなスプーンをもらって外に出る。途端、照りつける日差しに眼を細めた。人工皮膚でも火傷しそうだ。

    この陽気じゃ帰るまでにぜんぶ溶けるんじゃないか。そう思ったハインリヒの思考を読んだかのように、「ちょっと涼んでいこうぜ」とジェットが横道に誘った。

    道を逸れて川べりに降りる。橋の下に入ると、予想外にひんやりとした空気に包まれた。

    知らず、ほっと息をつく。

    手ごろな石に腰を下ろしたジェットが、さっそくとばかりにぺりぺりとパッケージを剝く。

    「寝てないのか?」

    急に振られた話題に、虚を突かれる。ジェットの視線は外されていたが、それ以外の感覚でこちらをうかがっていることはよくわかった。

    調子が思わしくないことを悟られていたのだと知り、苦笑を浮かべる。

    「そういうわけじゃない。暑さにうんざりしてるだけさ」

    「夜は博士の部屋で寝たら? あそこならぼくらの大部屋よりは、まだ涼しいと思うよ」

    人数が多いとそれだけで室温も上がるし。

    言って、ジェットはアイスにかぶりつく。コーンに詰まったバニラアイスに、チョコとナッツが掛かった代物らしい。

    ハインリヒも冷たい蓋を開けた。アイスクリームだと思っていたが、氷菓だったようだ。透き通ったオレンジ色の氷がぎっしり詰まっている。ひと口食べると、シャリッとした冷たさとほんのりとした酸味が喉を滑り落ちた。

    「べつに寝られないわけじゃない。気にしなさんな」

    「まあ、きみが大丈夫ならいいけどさ」

    それ以上は食い下がらず、ジェットは「これ、リニューアルしてからのほうが美味しいんだよね」と表情をほころばせる。

    彼のこういう、あっさりしたところが好ましいと思う。気遣いができないわけでもなく、されど深くは立ち入ろうとしない線の引き方は、居心地がよく、甘えている自覚もある。

    もうずっと、ハインリヒはジェットのことがすきだった。

    川を眺めるふりをして、隣に視線を流す。

    くちびるの端にチョコレートがついている。こっそり笑って愛でた。

    子どもっぽいところがあるかと思えば、落ち着いた振る舞いに成熟した男性らしさを思わされることもある。意見を異にするジョーとハインリヒのあいだでバランスを取る彼に、何度なだめられたかわからない。

    「そういえばさ」

    ジェットが視線を寄越した。見ていたことを気づかれないよう、ハインリヒはゆっくりと瞬く。

    「どうして乗ってくれる気になったんだ?」

    「何がだ?」

    「ハッピーアイスクリーム。きみならくだらないって言うかと思ってた」

    そりゃ、おまえさん以外に持ちかけられたらそう言うだろうさ。

    とは言わず、「そんな気分だったんだよ」と返す。

    ハインリヒには、ジェットに気持ちを伝えるつもりはない。自分の知らないところで勝手に死なれては困るし、彼の隣に収まることを誰にも許すつもりはないが、だからといって今さら、素直に告白なんてできやしなかった。

    「アイスが食べたい気分?」

    「そんなところだ」

    「適当なことばっか言って」

    あきれたように言って、ジェットはコーンの欠片を頬張った。「まあいいけどね」。

    ぐ、と込み上げたものを呑み下すために、口にアイスを詰め込む。

    まただ。何を言っても言わなくても、許される。それがたとえどんなに些細なことでも、ジェットに許されると己の存在も赦された気になってしまう。そのことに罪悪感を覚え、頑なになったときもあった。そんなときでも、しょうがないなあと苦笑ひとつで受け入れてくれるジェットのおかげで、ハインリヒは確かに癒された。そしていつの間にか恋に落ちていた。

    本当に、こいつのこういうところが、たまらなく。

    「甘いな……」

    「アイスだからね。冷たいものを甘く感じさせるには、温かいもの以上に砂糖を入れる必要があるんだってさ」

    と、急に頭が痛みだす。キーンと突き刺さる痛みにハインリヒは顔をしかめた。

    「うっ……」

    「どうした? ……って、ははっ、かき氷の頭痛か」

    一気にたくさん食べるからだぞ、と笑われる。

    くちびるを曲げると「貸してみな」とカップを取り上げられた。どうするのかと思えば、額にぴとりと押し当ててくる。

    「冷やすといいって聞いたことあるけど、どう?」

    確かに、カップの冷たさに頭痛が紛れて痛みがましになった。

    「……油断のならない食いものめ」

    「そんな大げさな」

    笑って、ジェットはカップをハインリヒに返すと、片手にあったコーンの最後のひとかけを口に放り込んだ。

    親指でくちびるを拭い、ペロッと舐める。長い首を汗の玉が伝った。風が吹き、心地よさそうに眼を閉じて首を傾げる。

    隣にジェットがいる。突然湧いた感慨に、胸が詰まった。

    しばらく会わなかったせいか、異国の地にいるためか、同じ場所同じ時間をともにしていることが今頃になって信じられない気分になって、でもやはりジェットはここにいて、その実感が心を震わせた。

    どうしようもなく、ふれてみたくなる。

    伏し目が持ち上がりハインリヒを映す。

    「……ハインリヒみたいなせっかちは、かき氷は苦手かもね。ぼくはどっちもすきだよ」

    「すきだ」

    言葉が重なった。

    きょと、とジェットが瞬く。ハインリヒは捉えた視線を逸らさなかった。

    早まったという気がしないでもなかったが、でも口に出してしまったものは仕方ない。守勢より攻勢のほうが断然得意だ。

    カップを置いて手を伸ばす。風を切る広い肩を掴んで逃げられないようにする。

    「え、と……アイスの好みの話だよな?」

    「いいや、俺の好みの話だ」

    引き寄せて、もう一度、眼を見て繰り返す。

    「すきだ」

    じわ、とちいさな顔が赤らんだ。

    ハインリヒはそっと首を傾けた。近づくあいだもずっとジェットの反応を見ていたが、彼は拒むことも逃げるそぶりもなく、じわ、じわ、と頬を赤くするばかりだった。

    前髪がふれ合う距離まで近づいたとき、ジェットがささやいた。

    「……はっぴーあいすくりーむ、だね」

    照れたような、すこしばかり甘ったれた口調に、機械の心臓をきゅっと掴まれる。

    「何個食う気だよ」

    照れ隠しにぶっきらぼうに言って、ハインリヒはジェットの首の裏側に手を回した。

    「あ……」

    「これで我慢しとけ」

    宣告して、くちびるを重ねた。

    初めてのキスはナッツとチョコの味がした。













    「ほらハインリヒ、早く行かないとおばちゃん店閉めちまう」

    「本当に食う気かよ……」

    「今度はあれにしよう。チョココーヒー味の、ふたつ入ってるやつ」

    「腹壊しても知らねえからな」

    「大丈夫さ、ひとつはきみが食べるんだし」

    「はあ?」

    「はんぶんこしよう?」

    「…………今回だけだぞ」

    「やった」

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