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    まさん

    とても人見知り
    トンデモ設定のオンパレード
    アイコンは白イルカのはずだった

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    まさん

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    🦈が作る料理の話

    フロイド先輩の作る料理はどれもおいしい。思わず頬が弛むような、いつまでも噛み締めていたくなるような。
    最初の頃はもうちょっと、なんていうか、尖ってた。きっと隠し味に難しいスパイスとか使ってたんだろう、庶民的な舌を持つわたしにはどうも大人っぽい、余所行きの感じがしていた。
    それがいつの頃だったか、味付けが変わった。そもそもそんなにモストロラウンジに通い詰める訳でもなく、たまに彼の気まぐれで店に連行されて提供されるワンプレートランチ。いつだったか。オンボロ寮までの道のりをひとりちんたら歩きながらゆっくり記憶を遡る。

    『小エビちゃん、おいしい?』

    いつも訊ねる声色が、ただそれだけだった接触が、大きくて温い左手を伴ってわたしの頬に触れた時があった。
    きっとその時もわたしはおいしいと答えたはず。こんがりグリルされたお肉に添えられたローズマリーを端に除けたところで、ちゃんと彼の目を見て答えたはず。
    考え中でも辿り着くようになったオンボロ寮のエントランス、ドアを開けると夜行性のゴーストたちはまだ大人しい。グリムは居残り勉強、きっとふなふな鳴いてる。
    ……ふと、キッチンからいい匂いがしてきた。そっと覗いたらこっちを見つめるオッドアイと目が合った。

    「おかえり~♡今日の小エビちゃんは実験台でぇす♡」

    何やら物騒なことを楽しそうに仰るフロイド先輩と、ダイニングにもたれるアズール寮長、ジェイド先輩。

    「手洗いうがいを済ませて来てください」

    黒いバインダーに挟まったレポート用紙のようなものとにらめっこしているアズール寮長がちらりとこちらを見て話しかけてくる。何事だろう。これからわたしはどうなるんだろう。
    言われた通りにしてきたわたしをダイニングに座らせたところで、ふたつの料理がテーブルに載せられた。
    ぱっと見全く同じリゾット。トマトベースに、魚介類がいっぱいのおいしそうなリゾット。
    ふかふかと湯気を立てるそれを交互に見比べて、それから次の指示を得るためにアズール寮長の顔を見上げた。

    「両方食べて、どちらがおいしいか教えてください」

    こんな庶民的な舌を持つわたしにそんな格付けのようなことを!Aの部屋とBの部屋にて不安でいっぱいになる芸能人の姿が頭に過る。

    「早くしないと冷めちゃうよお!」

    シェフであるフロイド先輩が軽く地団駄を踏む。慌てて右側のリゾットから口に含む。おいしい。安定のおいしさ。

    「オイチー」

    続いて左側を、同じスプーンで食べようとしたらすぐさまジェイド先輩が新しいスプーンを握らせた。さらに一言。

    「一度こちらの水を飲んでクリアにしてください」

    どうもすいません。こんな大掛かりなこと、何故わたしにやらせるのでしょうか。答えは、ない。
    恐る恐る食べた左側のリゾットもおいしい。だけど。なんとなく。まばたきをひとつして左右の皿を見比べる。

    「オイチー」

    「どちらがよりおいしいと感じましたか」

    アズール寮長が口を開いた。返答に迷う言葉だ。まごまごしていると、ちょっと違う質問をしてきた。

    「どちらが、食べやすいですか」

    「右側です」

    すぐに答えたわたしの言葉にまばたきを二回した皆さん。一番先にけらけら笑い出したのはフロイド先輩だった。

    「ほらやっぱりそうじゃん、アズールは本格派を意識し過ぎなんだって」

    「そうすれば余り使わないスパイスも仕入れなくて済みますね」

    「結果的には経費の削減になるか……」

    わたしの頭上で飛び交う言葉たちに構わず、おいしい右側を口に運ぶ。時々左側を食べて、決定的な違いを探ってみたところでクエスチョンマークが増えるだけ。
    ちらりとフロイド先輩を見上げる。その視線に気付いた彼はすとんとしゃがんで、左手でわたしの頬を撫でた。

    「あのね、アズールがさ。オレの作る料理の味付けが変わったって言うの。左側は隠し味いっぱいのレシピ通り、右側は小エビちゃんがおいしいって笑う時の味付け」

    「学生が運営するカフェ、ではありますが料理に妥協はしたくありません。しかし貴女がおいしいと言うレシピだと、二割ほど仕入が安くなる」

    つまりは。わたしの庶民的な舌とアズール寮長の神の味覚がすごーく違うと。いいもん。わたしはおいしいの幅が広いの、格付けなんて、気にしないもん。

    「ていうかアズールも右側が旨いって言ってたじゃん」

    「うるさい」

    「僕ならここにマッシュルームを添えますね」

    「やーだー!」

    鍋を抱えてリゾットを頬張るジェイド先輩がわたしにこっそり耳打ちしてきた。

    「右側のリゾットを作っている時のフロイド、とても楽しそうでしたよ」

    「ちょっとお!ジェイドの内緒話、ぜんぶ聞こえてるんだけど!」

    フロイド先輩が立ち上がって鍋を取り戻そうと手を伸ばしてる。それを見たアズール寮長が眼鏡のフレームを指先で押して上げた。理知的に見える彼がひとり何かを察したように呟く。

    「ああ、そういうことですか……秘密とは水くさい」

    「~っ!小エビちゃんアイス買いに行こ!」

    うんともはいとも言わないまま担がれたわたしの身体。アズール寮長とジェイド先輩が手を振って見送ってくれるけどすごいいい笑顔してる。ふとフロイド先輩の横顔を横目で見てみる。ほんのり赤い耳の先、揺れるピアス。

    「リゾット、おいしかったです。ごちそうさまでした」

    声を掛けてみたら、んー、ってぼやけた返事の後に、ぽつりと落ちた独り言。

    「小エビちゃんがおいしいって笑うとさ、胸の辺りがうきうきすんだよね」

    フロイド先輩はわたしにぜんぶを伝えない。そのうきうきを与えられるのはわたしだけだということを、後日マッシュルームを収穫してきたジェイド先輩から教えられた。
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