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    まさん

    とても人見知り
    トンデモ設定のオンパレード
    アイコンは白イルカのはずだった

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    まさん

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    💮🌸

    「お一人様二点限りなら、頭数は多い方がいいだろ?」とわたしの手をしっかり握って、さらに腰をがっちりホールドしたハナマルが小走りにならないくらいの歩幅で進んだ先は一軒の菓子店。
    そこはかとなく母国の気配が漂うそこに馴染みがあるらしい彼はわたしを連れてのれんを潜っていく。頭に掠りもしない藍色のそれはハナマルのふわふわの髪を撫でて揺れた。

    「豆大福、よっつお願いね」

    今にも鼻歌が宙を舞いそうな横顔の綻びを少しだけ見つめて、あまりじっと凝視するのも熱愛中のカップルじゃあるまいし、なんて視線を店内の装飾に向ける。長方形のガラスが組み合わされたショーケースの中、閉じ込められたまあるい一口大の練りきりっぽいものがお行儀良く並んでいる。
    薄っぺらい竹の皮で包まれたものとお金を取り替えたハナマルは目元を笑ませたままこちらを見た。

    任務終了、寡黙な店主に会釈をひとつして、もう一度頭を掠りもしないのれんを潜る。
    あれだけ早歩きで進んだ道のりも、今はてくてくと街並みを眺めながら通り過ぎることが許されているみたい。

    「よかったね」

    「毎月この日だけ作るこだわりの豆大福らしいんだよ。これとこの前買ったとっておきのと一緒に……」

    その時、するりとハナマルの隣を通り過ぎたうら若き女性を綺麗な赤い瞳で追ったところを目の当たりにしてしまった。

    「………」

    「んで、どうだ、主様もひとつ味見してみねぇか?」


    「うん」

    何事もなかったかのように、眼差しがこちらに向けられる。そりゃあ、ハナマルだって女性を見るに決まってる。些末なこと。わたしはさして拗ねることもなく、屋敷へ歩みを進めていった。


    ───────────


    「おーい主様~」

    お茶が入ったぞ、とハナマルが部屋をノックしないでやってきたから変に肩が跳ねた。

    「ん?どした、もしやなんか悪いことしてたとか?」

    「それはないよ」

    ふるふる、と首を横に振ってからかいの言葉を笑って誤魔化す。
    六回。意外とわたしは執念深いというか、なんともまあ狭量なんだけれども、

    ハナマルが通りすがりの女性を目で追っていた回数をカウントしてしまっていた。

    わたしたちは交際している訳じゃない。ここでふて腐れるのはお門違いもいいところ、とは分かっている。でも、だけど。
    綺麗に結われた艶のある髪。透き通るように白い肌、長いまつげに大きな瞳。お洒落なドレスが包む細いウエスト。
    ソファに腰掛けるわたしの体が視界に入って、どうしても比べてしまう。何この柔らかなお腹。

    「うし、いただきますっと」

    ハナマルが椅子をソファの近くに引き寄せて、おやつセットをテーブルに置く。柔らかい曲線を描く湯飲みから和の心みたいな香りがふわりと漂ってくる。湯飲みの隣には漆器にぽよんと乗る豆大福。真っ白で、お粉をはたかれたそれはきっととっても柔らかいのだろう。

    「お!あんこの甘さが俺好みだ」

    ひとくち頬張ったハナマルの眠そうな目がぱっと開く。
    ………それなのになんだか、食べる気になれない。

    「悪い。ついあんたより先に食っちまった。…………主様?」

    「お腹空いてないから食べていいよ」

    お茶だけなら、許されるだろうか。急に萎んでしまった心に息を吹きかけるように、あつあつの湯飲みを冷ましていく。濃緑色の水面が静かに揺れた。

    「ふーん……じゃあ遠慮なく」

    豆大福がハナマルの口に吸い込まれていくのが、視界の端っこで分かる。

    「お茶飲み終わったら少し横になるね」

    「ん。添い寝してやろうか?」

    「だいじょうぶ」

    淡い気持ちという名の荷物をまとめようとしている心を温めたくて、湯飲みに口を付ける。元々惚れっぽい気質ではあった。ちょっと優しくされたら舞い上がってしまうような性分である、わたしは。勝手に浮き足立って、勝手に落胆して。その度にもう同じことは繰り返さないと誓うのに。

    「──、」

    どうしてハナマルは、わたしの名前を呼ぶのだろう。大きな手のひらで額に触れて、熱がないか確かめるのだろう。それは額よりも温かくて、寧ろ向こうが発熱していてもおかしくはないくらいだった。

    「今日一日、こっちでゆっくりしておくか」

    疲れ故の食欲不振と判断したハナマルはあろうことかわたしを軽々と抱えてさくさくベッドへ向かっていく。強張る体、無駄に暴れて重みに気付かれたくなくて、大人しく運ばれてしまった。
    それすらも、体調が芳しくないという勘違いに拍車を掛けてしまうなんて。

    「ごめんな主様。体調悪いのに連れ回して」

    ああ、違うの。ぜんぜんそんなことはないの。言葉はいつまで経っても吐き出せなくて、ハナマルはブランケットでわたしを包むと髪を一度だけ撫でて部屋から出て行った。

    「主様は言いたいことがあるのに言えない時、まあ目を本当に合わせねえからな」

    ゆっくり寝て起きたら豆大福が待ってるぞ?とハナマルが去っていって、ドアの向こうで聞こえてきた微かな独り言。

    「んー。困った主様だねぇ」

    心が、まるで紙を思い切り丸めてぐしゃぐしゃにしたみたいな形になった錯覚に陥る。ただでさえ薄いドアなのだ、誰にも聞こえたりしないように、クッションで周りを囲って止まらない嗚咽をひたすら押し潰した。
    その気がないなら優しくしないでほしい。勘違いしてしまうから。愚かな自分にほとほと嫌気が差して、全てがばかばかしく思える。
    泣いて引きちぎった気持ちは、夕暮れにはすっかり動きを止めていた。
    残ったのは、木偶のままでいいから主を務めたいという義務感だけ。

    「二度と勘違いするな」

    自らに掛けた戒めの言葉はまっすぐ届いて、最後に一粒だけ雫を滴らせた。

    それからの生活は、とても簡単だった。
    理想の主を演じ続ければよかった。笑顔を作って、お菓子はそれとなく遠慮して、唯一難儀したのは念入りな運動。
    目標はただひとつ。いつかすれ違った女性みたいに、なりたくて。
    音を上げそうになると手近なところに爪を立てた。着替えは自分ひとりでするから、見つからないところはお腹だった。
    聞き分けの好い主に進めば進むほど、ひっかき傷は増えていく。変わらず囁かれるハナマルの甘い言葉に一瞬期待してはまた痛みを思い出して、我に返って。
    綺麗になったところでこっちを向いてもらえるとは限らないのに。甘いお茶菓子にくすくすと笑われている錯覚を振り払った。
    毎日確かめる自分の重さ。ここ数日、どうにも上手く減っていかなくてモヤモヤだけが募っていく。
    それを繰り返していた今日、とうとう動けなくなった。
    頭の中が白くなって、へなへなと崩れ落ちていくわたしを間髪入れず抱き留めたハナマルが何度も何度も大丈夫だと伝えてくれて、けれどぐしゃぐしゃになった思考が落ち着くことを許さない。

    「かなしい」

    口走ったわたしの意識はつま先すら満足に動かせない。ハナマルの指先が頬をなぞる。

    「なあ、そんな無理して何を叶えたいんだ?」

    背中を掻き抱くハナマルの腕は相変わらずすごくしっかりしていて、人知れずこなしている鍛錬の成果がきちんと形になっている。そこまでしないとわたしも綺麗になれないのかもしれない。行き着く思考は全てが悲しくて、ずっと我慢していた泣き言が雫になって頬を滑っていく。

    「お利口すぎるのも息が詰まっちまうぞ?多少おてんばでもここにいる執事はあんたを遠ざけたりしないって」

    わたしを抱えてカウチソファに着地したハナマルが髪を撫でて梳いて、背中を優しく宥めたりしてくれているうちに落ち着いてきた。久しぶりに近くで見た彼の顔は相変わらずかっこよくて、ああ、やっぱり好きなんだともう一度認識した。

    「……あー。んな顔で見られたら執事休みたくなる」

    頭の上にあごを乗せたハナマルの喉元が視界いっぱいになる。こくんと一度、上下した出っ張った喉仏から目を逸らせない。

    「でも俺にこんなこと言われても困るよなあ。誰かのためにずっと努力してたんだろ?」

    くっついた胸の向こうで早足の鼓動が響く。相変わらずハナマルの顔は頭上にあるからどんな表情か確かめる術もないまま、彼の独白は続く。

    「その誰かがこのハナマル様だったら無理しなくてもいいぞって言えるのにな。あ、図星なら手握ってみ?」

    差し出された手のひら。担当にしてからまだ半年も経っていないのに、ハナマルはわたしの性格をよくご存じのようだ。
    さっきまでまともに動かせなかった体。だけど今を逃したらこれから先、同じチャンスは二度と来ないだろうから。
    鈍っていた涙腺が弛む。ゆらゆらと揺れる視界でも、わたしはハナマルの大きな手のひらを、ぎゅっと握りしめた。

    「万が一あんたが離れたくなっても、俺は逃がしてやらないぞ」

    すっぽり包み込まれた手のひらはすぐに熱が分け与えられる。指と指がゆっくり絡んで、そおっと力を込められた。

    ──────

    「この道であなたは六人の女性を目で追っていました」

    執念深さだけは削ぎ落とせなかったわたしは隣を歩くハナマルの横顔をじっと見つめる。対する彼は身に覚えがないとばかりにきょとんとして、まばたきをぱちりとした。

    「……いや、マジで記憶にございません」

    「幻は六度も見ません」

    てくてくと、思い出のお菓子屋さんに足を運ぶわたしたちは手を繋いでいる。ぱっと見はハナマルが羽織るケープに隠れているけど、ちゃんと手がくっついている。
    ふと、ハナマルが視線を横に滑らせた。その先には紛うことなき女性。日傘を差して麗しく進んでいく。

    「ひどいひと」

    「───ああ。悪い、そういうことか」

    繋いだ手を抓ってみたくなる気持ちを抑えてじとりと重い視線をぶつけてみる。現行犯のハナマルは漸く自分の行いに気付いたのか形だけ詫びてみせた。表情は、晴れやかな色で。

    「あの服、あんたに似合いそうだなーって」

    今度はこちらがきょとんとする番だった。そうこうしているうちにたどり着いた、藍色ののれんをハナマルはニヤニヤしながら潜り抜けていく。

    「本当に俺の主様は可愛い人だねえ……後で日記に書いておこ」

    「なんということだ」

    屋敷に帰った後、いそいそと日記をしたためるハナマルの分まで豆大福をもっちりいただくことぐらい許されると思う。そうそう、お茶もとっておきのを淹れてもらわないと。彼の口角は上向いたまま、豆大福を求める声を高らかに響かせた。
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