□愚図、と云ったのは年端も行かない子供の声だ。象牙のような小作りな爪を乗せた作り物のような皓い爪先が器用に鼻緒を掴んで足首を振るう。それで草履が飛んで云って高い声が嗤った。その脚が前に屈む男の胸に触れて戯れのように蹴る。蹴られた男は少し呆っとそれを見詰めた後で完爾と微笑んで取って参りますと云って立ち上がる。男は放られた草履を拾い上げ、大切なものを扱うように丁寧にそれを手で払ってまた濡れ縁の前に跪いた。
そうして今度こそそれを真白な脚に履かせてやる。草履を履いた少女は一瞬詰まらなさそうな顔をしたがそれでも立ち上がると側仕え男の腕に手を伸べた。男も嬉しそうにその手を取ってやって二人は歩き始めた。少女の振袖の蝶がひら、と揺れている。私はそれを見るとも無しに見詰め、やがて二人の姿は消えて行った。
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