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    導入部のみなのですけべシーンは一ミリもない。夢主も🌻もお互いに恋愛感情はない。なので大して甘くもない。

    同級生の🌻に同情で抱いてもらう話 二十代後半、そろそろ初対面の相手に年齢を伝えることに抵抗を持ち始めるお年頃である。少し前までは毎週のように開催されていた女子会も、やれ彼だの旦那だの子供だので、近頃は参加人数が減っていく一方だ。まわりの友人は婚約、結婚と着々と次のステージに進んでいるというのに、私だけは相変わらず同じ場所で燻り続けている。

    「私、結婚って普通に生きてたら勝手に起こるイベントだと思ってた」
    「……お前、いくらなんでも飲みすぎじゃないか」
     もう何杯目になるのか分からないジョッキを傾けながら呻く私に、向かいに座る彼は呆れたように口を開いた。
     彼、日車くんとは学生時代からの付き合いで、時間があえばこうして時々飲みに行く仲だ。どうして私なんかの相手をしてくれるのかはよくわからないけど、今のところ誘いを断られたことはないので、まぁ嫌われてはいないのだろうと都合よく解釈している。
     実は彼は学生時代から私に想いを寄せていて……、なんてことは勿論ない。日車くんは一見冷たそうに見えるけれど、案外人間好きで誰に対しても優しく親切なのだ。学生の頃だって、人の誘いは予定が空いていれば大抵断ることはなかったし、困っている人がいれば手を差し伸べていた。
     だから今も私が誘えばこうして顔を出してくれるし、今日だって仕事終わりなのに快く付き合ってくれている。一応友人として認識はしてくれているんだろう。かくいう私も、こうして時々日車くんを誘ってはいるけれど、別に彼に対して恋愛感情を抱いているわけではない。
    「目の焦点があってないな。水でももらうか?」
     まだまだ飲めるよ、と笑う私を無視して、あいたお皿をテーブルの隅に寄せる日車くんを眺める。相変わらず気が利くなぁ、きっとこういう人と付き合ったら大切にしてもらえるんだろうな、なんて考えながら、すっかり温くなったビールを啜った。
     日車くんは優しいし、顔だってそれなりだと思う。おまけに弁護士というエリートだ、きっと私と同年代の独身女性の中に放り込んだら、あっという間に食い尽くされてしまうに違いない。そのくらい魅力的な男性であることは確かなのだが、それでも私は彼を好きにはならない。いや、なることができない。
     なぜなら私は、どうしようもない男にしかときめかないのだ。もちろん人並みに幸せになりたいとは思っているし、大切にだってされたい。けれども、結局いつも惹かれる相手はろくでもない男ばかり。女にだらしのない男というのは、大抵女の扱いがうまく愛嬌があり、つい「彼には私がいないと」なんて思わされてしまうのだ。
    「この間、友達の結婚式だったの。凄くいい式で羨ましくなっちゃった」
     ごん、と空になったジョッキをテーブルに置く。酔っているせいで力加減を誤り、思ったよりも大きな音を立ててしまった。日車くんは少しだけ眉根を寄せると、黙って私に続きを促す。
    「そうやってまわりの子はどんどん幸せになってるのに、私はいつまで経ってもどうしようもない恋愛ばかりしてるなって思ったら、なんだか情けなくなっちゃって」
    「別に、結婚だけが人生じゃないだろう」
     すっかり冷めてしまった唐揚げを口に運びながら、日車くんは淡々とした口調で言った。なんとも彼らしい返答だ。
    「それはそうだけど、やっぱり女としては少しは憧れるんだもん」
    「そういうものなのか」
    「そういうものだよ」
     日車くんは、納得したようなしていないような表情のままビールを流し込んだ。三分の一ほど残っていた中身を飲み干すと、先ほど隅に寄せていたお皿の隣に空になったジョッキを置く。彼も多少は酔っているようで、頬にほんのりと赤みが差している。
    「でも、結婚どころかそもそも今は彼氏すらいないんだよねぇ。最後にエッチしたのもいつだったか覚えてないし」
    「おい」
     ぎょろりとした双眼がこちらを見据えた。私は、あけすけすぎる私の発言を咎めるように声を上げた日車くんを無視して話を続ける。
    「でも、別にエッチしたくてしょうがないってわけでもないんだよね。そもそもあんまりするの好きじゃないし。相手がしたい時に付き合わされるっていうか、雑に扱われたことしかないから」
     ほら、私って男の趣味悪いでしょ。そう言って自嘲気味に笑う私を、彼は黙って見つめていた。呆れているのか同情しているのか、彼の表情からはなに一つ読み取れない。
    「日車くんは、女の子のこと丁寧に扱いそうだよね」
    「……別に普通だと思うぞ。まぁ、乱暴に扱う趣味はないな」
     そっけなく答える彼に、私は内心驚いた。てっきりこういう話題にはのらない人だと思っていたからだ。顔にはあまり出ていないけれども、彼も大分酔いが回っているのかもしれない。
    「その普通を体験したことがないんだってば」
     頬杖をついて、大きな手で枝豆の中身を押し出す日車くんを眺める。小ぶりなさやをつまむごつごつとした指になんとなく目を奪われ、なんだか落ち着かない気分になった。彼は一体、この手でどんな風に他人に触れるんだろう?彼の大きな手に体をなぞられるのはどんな心地なんだろう?そんな好奇心がふつふつと湧きあがる。
     気付いた時には彼の手に触れていた。日車くんは驚いたように目を丸くすると、慌てて手を引こうとしたが、それよりも先に強く彼の手を握り込む。指を絡ませるようにしてしっかりと掴むと、日車くんは困惑した様子でこちらに目を向けた。
    「私、一度でいいから日車くんに抱かれてみたいな」
     感触を確かめるように、握った手に力を込める。上目遣いに彼の顔を覗き込むと、困ったような怒ったような複雑な表情を浮かべていた。
    「面白くない冗談だな」
    「本気だもん」
    「なら余計にタチが悪い」
     日車くんは唸るようにそう言うと、あいている方の手でがしがしと頭を掻いた。
    「私って、そんなに女として魅力ないかな?」
    「そういうことを言っているわけじゃない」
     わざとらしく拗ねた声を出すと、彼は慌てたように否定した。その言葉を疑うようにじとりとした視線を向けると、日車くんは渋々と言った様子で口を開く。
    「そんな理由で関係を持つのは、お前のためにならないだろう。自分をもっと大切にしろ」
    「日車くんなら、私を大切に扱ってくれそうだから」
    「……だからそういう意味じゃなくて」
     日車くんは再び深い溜め息をつくと、心底困り果てた様子で目頭を押さえる。普段、何事にも動じない彼のこんな姿を見るのは初めてだった。
    「自分を大切にする方法が分からないの。今まで誰も私に優しくしてくれなかったから」
     そう苦笑すると、日車くんはなにか言いかけた口を閉じてしまった。繋いだ時にはまだ少しひんやりとしていた彼の手が、徐々に熱を持ち始めているのを感じる。
    「一度だけでいい。嘘でもいいから誰かに大切にされてみたいの」
     日車くんは、微動だにせず静かに私の言葉を聞いていた。私はしばらく黙って彼の言葉を待ったが、いつまで経っても日車くんは口を開く気配がない。
     返事を催促するように指先で彼の手の甲を軽くくすぐると、繋いだままの日車くんの手がぴくりと震えるのを感じる。てっきりそのまま振り解かれるかと思ったのだが、彼は手を繋がれたまま動かなかった。
    「誰かにというのなら、なにもわざわざ俺を選ぶ必要はない」
     少ししてから、日車くんは絞り出すような声でそう言った。本当に彼は融通が利かないほど生真面目で、そしてどこまでも優しい。私のことを大切な友人だと思ってくれているからこその発言だと分かってはいるが、今はその気遣いがもどかしかった。
    「……そう、そこまで日車くんが嫌なら仕方ないね。じゃあ誰か他の人に頼もうかな。この時間なら酔っ払いは沢山いるし、適当に声をかけたら一人くらいは相手になってくれるかも」
    「お前な……」
     ゆるく巻いた髪を指先で弄びながら意地悪な言い方をしてみせると、日車くんは大きく息を吐き、そのまま黙り込んでしまった。しばらくの間、再度沈黙が流れる。手持ち無沙汰に時折握った手に力を込めてみたり、はたまた緩めたりして彼の様子を伺ってはみるものの、特に反応はない。
     私が諦めて手を引っ込めようとしたその時、日車くんは強くその手を握り返した。突然のことに驚いた私は、目を白黒させながら彼を見つめる。
    「本当に、いいんだな」
     日車くんは真っ直ぐに私を見据えて言った。
    「もちろん」
     念押しする彼に、満面の笑顔を向けて答える。日車くんは、観念したようにもう一度深く息を吐き出すと「行くぞ」と短く呟いて立ち上がった。
     ◇
     外に出ると、湿気を含んだ生ぬるい風が頬を撫でた。心なしか、空気が重く纏わりついてくるように感じる。
     月明かりの下、私は隣に立つ彼をこっそりと見上げた。彼の表情からは、なにを考えているのか読み取ることはできなかったが、そもそも普段からあまり喜怒哀楽を面に出すタイプではない。怒っているようには見えないが、それでもこの重い空気のままホテルに入るのはさすがに気が引ける。
     今のうちに少しでも雰囲気を作ろうと、そっと腕を組んで身体を寄せる。日車くんは一瞬なにか言いたげな表情を浮かべたが、結局なにも言わずに前を向いて歩き出した。すう、と息を吸い込むと、アルコールの匂いに混じって微かに整髪料の香りがする。
    「わがまま言ってごめんね」
     私が謝罪の言葉を述べると、日車くんはちらりと目線だけをこちらに向けた。
    「そう思うのなら、今からでも撤回してくれ」
    「それは嫌」
    「随分と勝手だな」
     日車くんは前を向いたままそっけなくそう言った。
    「でも日車くん、その……大丈夫?」
    「なにがだ?」
     私が控えめに訊ねると、日車くんは怪訝そうに首を傾げる。
    「ほら、私たちって、長い間ただの友達だったでしょ?日車くんだって私に恋愛感情なんて持ってないだろうし、それに私って、特別美人でもスタイルがいいわけでもないから、だからその……」
     私相手に勃つの?なんてストレートに尋ねるのも憚られて、曖昧に言葉を濁す。自ら抱いてほしいと頼みはしたが、別に自分の顔やスタイルに自信があるわけではない。少しだけ羞恥心を覚えつつも、今更撤回も出来ず、黙って自分の足元を見つめる。
    「その点については問題ない」
     日車くんは少し考えるような素振りを見せた後、おもむろに口を開いた。その言葉に安堵して、私は途端に先ほどまでの余裕を取り戻す。
    「へぇ。なんとも思ってなさそうな顔しておいて、今までちゃっかり私のことそう言う目で見てたんだ?」
    「……男なんて皆そんなものだ」
     揶揄うように笑ってみせると、日車くんはばつの悪そうな顔でぶっきらぼうに答えた。なんだかそれがおかしくて、思わず吹き出してしまう。そんな私を見て、日車くんは困ったように眉を下げると、誤魔化すように私の頭を軽く小突いた。
     飲み屋街の喧騒を抜け、人通りの少なくなった道を二人で歩く。ふと空を見上げてみたが、雲が多くて星はあまり見えなかった。たっぷりと湿度を含んだ空気を肌で感じながら、「明日は雨かな」なんて呑気なことを考える。
     大分酔っているとはいえ、随分と大胆なことをしてしまった自覚はある。もしこれで友人としての関係が終わってしまうのであれば、それはそれで仕方のないことだろう。それでも今だけは、誰かに大切にされてみたかった。それがたとえ優しい嘘であっても。
     しがみつくようにぎゅっと組んだ腕に力を込める。頭上で微かに日車くんが笑った気配がした。
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