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    nakano_tns

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    nakano_tns

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    オーストラリア戦後の幸真

    今年、二回目の夏 夕食を終え、宿泊棟に戻ると、部屋のソファーに沈み込んだ。もう一度、真田に会いたいと思った。
     日中に行なわれたオーストラリア戦。反省すべき点は多々あるが、結果として勝利を掴むことができた。ベンチに戻り、仲間や先輩達から喝采を浴びる真田の姿を見て、君と一緒に勝つ事が出来て、本当に良かったと思ったんだ。
     思えば、今年は二度も夏を経験しているね。北半球の夏空の下、目深に被った黒帽子から見え隠れする腫れた瞼と、南半球の夏空の下、勝利を得た君が、一点の曇りもなく誇らしげに笑う姿を、俺は生涯忘れないのだろう。夕飯の時は、騒がしくて言えなかったけれど、君とここまで来ることが出来て本当に良かったと、伝えたかった。言葉や文面だけで伝えきれるか自信が無い程に、感謝している。だってそうだろう? この言葉を贈ることが出来るのは、君以外に居ないのだから。
     会いたい。会って、もう一度、握った拳を突き合わせたい。汗まみれで、でかくて、熱い、真田の手に触れたい。勝利をたたえた拳の、握り込んだ指の先端まで、ドクンドクンと熱い血が流れているのを感じる。触れた場所から、じわりと繋がる感覚に胸が熱くなる。幼い頃に抱いていた、『俺達二人なら、諦めずにどこまでだって行けるんだ』という無敵の気持ちが、時間も場所も越えて、俺の魂を震わせていた。
     会いたい。会って、幼い頃のように、手のひらを合わせたかった。小さな手からこぼれる、パチンと高くて可愛らしい破裂音は、今はもうしないかもしれないけれど。小さくて、ぷよっとした手のひらに、不似合いなマメは、今はもう厚くて固い皮に覆い隠されているけれど。もう一度、真田と手のひらを合わせてみたい。数分前まで一緒だったのに、おかしな話だね。
     真田に割り当てられた一〇〇三号室は、向かいの部屋だ。今から行けば良いだけなのに、自分から行くのも気が引ける。それじゃあ、いっそこっちに呼んだらどうだろうか? でも、宿泊先の居室に呼ぶってどうなのかな? それって悪い事なのかな? 悪巧みも、やましい事も何も無いのだけど。
     真田はずっと「友達」で、スクールの合宿や遠征で、何度も同室になっているって言うのに。今更、俺は何を悩んでいるんだろうね? 何を気にする必要があるんだろうね?
    「共用スペースにいるなんて、めずらしいじゃねーの」
     同室の跡部の声だった。一〇〇一号室は特別仕様で、俺たちは専ら、個室で別々に過ごしている。この共用スペースを使う事は、滅多に無かった。
    「……おかえり、跡部」
    「あぁ……」
     跡部はそのまま自室に向かい、ドアノブに手を掛けたところで、振り返った。
    「なんだ幸村、怖い顔して」
    「え?」
    「試合の反省でもしてたか? マッチポイントで長時間のロブ合戦をこなした精神力と、チャンスを逃さない怒涛の攻撃は見事だったぜ」
     跡部は、試合の感想を簡潔に述べると、「邪魔して悪かった」と、自室のドアを開けた。
    「ねぇ、跡部」
    「何だ?」
    「人を、ここに呼んでも構わないかな?」
     一瞬、驚いたように目を見開いた跡部は、そのまま考え込むように口元を手で覆う。全てお見通しだとでも言うような表情が面白くなかった。宝石のような碧眼が、俺の向かいにあるソファーをじっと見つめる。途端、耳の横で切り揃えられた重厚な黒髪を持つ男の姿が、そこに映し出されたように感じた。
    「友達なんだろ? 呼べば良いじゃねぇの」
     跡部がさらりと言った。俺の気も知らないで、簡単に言ってくれる。いや、知っていて言っているのならば、意地が悪いじゃないか。
     だけど、分かるか? どこまでも続く闇の中で、ずっと変わらない光が隣にあって。折れずに真っ直ぐ伸びるそれを、今すぐにでも手中に収めたいと思ってしまった……だなんて、そんな話。
    「跡部も意地が悪いね」
     俺の一言に、跡部はひとしきり笑うと、「あーん? 分かってねぇな」と言い残し、自室に消えて行った。
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