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    耳子(しじま)

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    耳子(しじま)

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    若かりし日の7と4が地元から都会へ二人で出て行くときのお話です。
    引き結びが本格的に活動しだすタイミングで二人で車で都会へ向かったのは史実だそうなのですが、それ以外は何もかも作者の(てきとうな)捏造です。
    なんか違くない??と感じられても許せる方に向けた作品です。

    始まりの青 乾いた青空を背景に、その男は立っていた。
     頬を撫でる風、肺を満たす空気、踏みしめる土。全てが熱く、いまにも火を熾すかのように思われる。乾き切った灼熱の情景の中で、仁王立ちの男の佇まいだけが、どこか冷え冷えとして感じられた。おそらく、このひどく大柄な男の淡い青の双眸、射抜くような強い眼差しが、冴えた冷たさをたたえているからだろう。

     氷のような視線の先には、これまた大柄な青年が立ち尽くしていた。彼も上背があり、相対する男を凌ぐくらいだが、困惑したようなまなじりは下がり気味で、少し優しげだった。
    「……おい」
     じっと青年を見やった後、男がふいに口を開く。
    「お前……ジム、で間違いないよな」
    「ああ。ミック、だよな。どうも」
    ジムと呼ばれた青年が頷くと、男は背中を向けて合図した。
    「ついてきてくれ。近くに車を停めてある」
    「悪いな。世話になる」
    「気にするな」
     すでに歩き出しながら返された言葉は短い。口調はあの眼差しからすると幾分穏やかだが、広い背中から感情を窺い知ることはできない。
     それきりミックは口をつぐみ、ジムも無言のまま、早足で歩き続ける彼の後を追った。

     車内で、会話は弾まなかった。
     ——空調が、いかれちまったんだ。すまないが、窓を開けて我慢してくれ。
     そんな二言、三言を最後に、運転席でハンドルを握るミックは押し黙っていた。何か話しかけるべきか迷い、けれど生来の内気さが優って、ジムも無言を貫くことにする。手足の長い彼にとっては窮屈な助手席のシートに頭を預けて、青年は広めに開けた窓の外をぼんやりと眺めた。
     
     埃っぽいガラス越しに、見慣れた街の景色が流れ、遠ざかっていく。容赦なく照りつける陽光に焦がされ、色が褪せたような家々の屋根、くたびれたショッピング・モールの建物の群れ、そんなものどもが、視界に現れては消えていく。画一的で退屈な郊外の光景は、普段なら取り立てて気に留めるようなものではない。

     けれど、その退屈な街並みが故郷の風景で、今日を限りに出て行くというのなら、話は別だ。

     うんざりするような出来事もあった——むしろ、うんざりするような出来事の山の中に、わずかにいい思い出が点在しているように感じられる——故郷であっても、いざ離れるとなると感慨深い。奇妙なことだ、とジムは思う。潰れたボーリング場の跡が目に入り、高校時代にそこで連んだ仲間たちを思い出す。今より一層内気だった彼にとって、高校時代は必ずしも輝かしい青春ではなかった。それでも、思春期のささくれ立った感情は、飴色の懐かしさに溶けてしまっていた。車から望む風景が瞬く間に過ぎ去るように、時の流れは常に人々を運ぶ。一箇所に留まることは許されず、遡ることもできない。

    「……週末にショーンに電話かけて、すぐ週明けに仕事辞めたんだって、言ってたよな」
     赤信号で停止した瞬間を見計らったように、だしぬけにミックが言った。 
     物思いに沈んでいたジムは我に返る。隣の男の横顔へと視線を移しながら、答える。
    「その通りだ」
    「なかなか度胸、あるな」
     眉ひとつ動かさずに発された言葉は、単純な賞賛なのか、何らかの皮肉を帯びているのか。
     判断がつきかねたまま、ジムはただ曖昧に頷いた。ミックは特に次の言葉を継ぐこともなく、相変わらず怜悧な眼で前方を見据えている。やがて信号が青へと変わり、車は静かに発進した。ぎこちない空気と、大柄な男たちを乗せて。
     同時に、上司の怒り顔、前のバンド仲間の失望した声、両親の驚きと懇願、自分の決断への疑念——といった、旅立ちの前にかなぐり捨てて来たはずの全てが、呪いのようにジムの胸中に去来した。それは、ミックの一言のせいだったかもしれない。あるいは単に、故郷を去る感傷の中で、想起が避けられないことだったのかもしれない。
     
     初めてスリップノットというバンドの姿を目の当たりにした時、真っ先にジムが思ったのは、「大したこけおどしを仕組みやがる」ということだった。おどろおどろしい仮面を被り、奇妙ななりをした男たちが大勢ステージに出てきた瞬間は、素直に面食らった。けれど直後に浮かんだのは、演奏や曲といった本質の拙さを、見かけの派手さで誤魔化そうとしているのではないか、という考えだったのだ。付き合いの長いコリィが、実力のある歌い手なのは心得ている。それにしても、目の前に現れた集団はあまりに奇天烈で、通常の基準による評価を拒むようなところがあった。

     ——自分のバンドは出番を終えているのだし、彼らがつまらなければ、いっそ外の空気を吸いに出てもいい。
     そんな、やや斜に構えた心持ちで、ジムは演奏が始まる前の暗い舞台を見つめていた。奇妙な集団はそれぞれが持ち場につき、開演の瞬間を息を殺して待っているのが伝わってくる。永遠に続くかのように思えた緊張の後、ついに小柄なドラマーが早急なリズムを刻み出し、歪んだギターの音色がそのリズムに導かれて鳴り響いた。
     
    (何だ、これは)

    ただ姿を見たときにも同じ言葉が頭に浮かんだ。けれど、演奏が始まってから思い浮かべたその意味は、全く異なっていた。
     
     冒頭の二、三小節を聴いただけで、ジムには理解できた。
     彼らは特別だということが。
     これまでにもこれからも、彼らに似たバンドなど、到底存在し得ないということが。

     凄まじい轟音が結ぶ強大な音像は暴力的だが、一方では演奏するメンバーの確かな技術に制御され、根底には冷たいまでの統制が感じられる。それでいて、音の向こう側にはなにか凄まじい——神懸かりのような感情の奔流がある。その中心を務めるコリィのパフォーマンスは邪悪と言っても差し支えなかったが、同時に救いを求める者の必死の叫びのようにも思えた。
     時にステージの上を自在に走り回り、楽曲の印象を体現するかのように動くメンバーの中にあって、自分の持ち場を離れない長身のギタリストの姿が殊更にジムの目に留まる。
     単に、複雑なフレーズを造作もなく弾きこなす手腕に注意を引かれたというだけではない。技術的に優れたギタリストは何人も見てきたからだ。
     ホッケーマスクの男は、混沌の渦中にあっても自分の立ち位置を決して崩さない。その姿は、仲間に囲まれながらも独りきりで何かと闘っているように見えた。彼の存在を裏打ちする不思議な冷静さと孤独を意識した瞬間、すっかり目を離せなくなる。

     視線がかち合った、と思ったのはジムの気のせいだっただろうか。

     いずれにせよ、その晩の記憶を彩るのは彼と目が合う瞬間の怜悧な青、冴えた青、この世のものとは思えないような、孤高の色を滲ませた美しい青になってしまったのだ。

     羨望を覚えなかったと言えば嘘になる。
     自身のバンドは誇りに思っていたけれど、あの、スリップノットのステージの上に立つのがもしも自分だったなら。
     混乱と混沌の舞台にあって、奇妙に落ち着いた存在感を発揮する、ホッケーマスクの男の隣で演奏することができたなら——
     だからどうだと、その場で的確な言葉にすることはできなかった。

     だからこそ、迷いながらも引き受けたのだ。実際に、ジムに誘いがあったときに。運命が、初めて彼に微笑みかけたときに。

     それは、正しいことだったのだろうか?


    「俺はさ」
     ミックが唐突に口を開き、ジムは我に帰った。故郷の街はいつの間にか遠ざかり、窓の外にはフリーウェイの荒涼とした景色が広がっている。
    「俺はさ……」
     ミックはためらうように同じ言葉を繰り返し発した。この男も歯切れの悪い発話をすることがあるものなのかと内心驚きはするものの、ジムは遮るようなことはせずに次の言葉を待った。

    「思ったんだよ。俺は、お前とならこの先もやって行けそうだって」
     
     耳に入った言葉が現実のものなのかいまひとつ自信が持てず、ジムは曖昧に頷くだけだった。思わず運転席に目を遣ると、苦笑するような、気まずいような、それでいてほんのわずかに柔らかな表情を浮かべたミックがいた。

    「お前が最初に練習に来たときにさ。ついこないだだけど、なんか、こりゃ大丈夫そうだなって思ったんだ」
     ——だから何ってわけじゃねえけどさ。言っておいた方がいいような気がして……。
     あの怜悧な眼が少しだけ揺れて、ミックは横目でジムの様子を伺う。いま視線が合ったのは、決して気のせいではないとジムは思う。一拍遅れて、不安を抱えていたのは自分だけではなかったことに気づいた。

     バンドはこれから勝負どきを控えている。何にも揺るがされないように見えるこの男であっても、内心に巡る思いはさまざまなのだと、今更にして思う。

    「俺もだよ」

     当たり前だろ、任せとけ——と言えればもっとよかったのかもしれない。けれど、短く返したその言葉が、隣の男の胸のうちをささやかに温めるのをジムは感じ取っていた。鋭利な眦がわずかに下がって、逆に唇の端が持ち上がり、笑顔と言えなくもない表情を結ぶ。ジムの言葉に頷く青白い輪郭を、窓から差し込む眩い陽光が照らしていた。

     何の根拠もなく、何もかもがうまく行きそうな気がして、自分の楽観的な考えを嘲るような心地にもなる。けれど、いまはこの心地よい気分に身を任せてもいいじゃないか、とジムはひとりごちた。
     
     若者二人を乗せてフリーウェイをひた走る車。それを見下ろす空はどこまでも青く、静かに車内を満たす感情に似つかわしかった。希望という名の。
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