鳥を眺める仲→恋仲→同棲(今ここ)②「ということで、毎朝パンケーキを作ろうと思う」
「半年前のネタを擦るのはやめてください……それに、あれは、その、寝ぼけていたのでっ」
新居のキッチンスペース。
腕を組んでわざとらしい口調で宣言するロイテルの横で、ファリスは居心地悪そうに顔を覆った。本人に当時の記憶は殆どなく、夢心地で甘えていたらしい。
「寝ぼけていたからこそ出た本音だろう」
彼女の様子に、ロイテルは満足げに口の端を釣り上げた。日頃空色チューリップの唄で定期的に弄られていることに対する、彼なりのささやかな仕返しのつもりだった。
ファリスの方もそれを理解しているので、あまり強く出れない――ただし彼女としては弄っているつもりはなく、唄を作ったことやそれを披露することは常に唄い手として大真面目である。
「だとしても、ロイテル様の負担を増やすわけには……」
寝ぼけていた時の発言はさておき、こちらもまたファリスの本音であった。
ミシリア一級開拓監査官ロイテル。この男はこう見えて本当に優秀な男なのである。
料理だって、初めはクソ野原で自給自足生活を余儀なくされて始めたものだが「自分の食べたいものを作る」という単純な目的が生まれたあと、腕を上げた。味はもちろん、盛り付けや食器に関しても拘るようになり、彼が料理当番を務めた日はちょっとした食事会のようだった。
そんな調子で「必要に迫られて学んだ」結果、彼は多くの技術を会得し、必然的に彼の請け負う仕事も増えていった。
もともと宮廷でも引く手あまたな男だったので、忙しさに慣れているのもたちが悪い。忙しいことに対する自覚はあっても、それを当然のように受け入れて働いてしまうのだ。
時折ファリスが突拍子もなくロイテルに頭痛の種を植え付けるのは、彼に休息を与えるためでもあった。決しておちょくりたいわけではない。彼女はいつだって他者に対して、特にロイテルには誠実であろうと努めている。彼女も彼女で、真面目なのである。
故に、自身が負担になってしまっては本末転倒だ。一緒に暮らすだけで十分幸せなのに、一方的に甘えてばかりというのは腑に落ちなかった。
「ならファリスさんも作れるようになればいい。ちゃんと教えてやるから」
当のロイテルはというと、ごく自然な調子でそんなことを言い出した。
予想外の言葉に拍子抜けしてしまったファリスは目を丸くする。特別難しい言葉で言われたわけでもないのに、その意味を理解するのに三秒かかった。そして具体的な想像をして、彼女は再び顔を覆った。
小な返事と共に首肯する恋人の姿に、口許が緩みそうになるのを必死に抑えるロイテル。誤魔化すように咳払いをすると、部屋の移動を提案する。ファリスは頷き、先に歩き出したロイテルに続いた。