立志 メフィストの命令で向かうは京都、金剛深山。踏み入れた瞬間から襲い来る無数の悪魔の相手をしながら目的地を目指すが、メフィストの情報を鵜呑みにして超軽装備で入山してしまった自分と情報を寄越した悪魔を思い浮かべながら舌打ちをする。進む中木々の間から見えた炎を目指して走ればその足音でまた悪魔が飛び出してくる。翼を持つ悪魔に乗り上げながら撃ち落とすと先程目指していた炎の上に墜落。丁度飛んで来た目当ての“モノ”を桐箱から取り出して、その箱を投げる。見渡せば法衣を身に着けた男がちらほら……やっと辿り着いたのか。しかし、
「ッたくイッテェなァ!バケモンだらけじゃねえかこの山ァ。」
俺を見上げる法衣の男達は誰だだの儀式がうんたらと俺に叫んでいる。
「あーそうそう、このォ……降魔剣だっけぇ?これ、貰ってくわ。」
目的は果たした。これでヅラかろうと思った。のだが、俺の記憶はここで途切れている。
目を覚ましたのは和室、布団の上で目を覚ました。どうやら血を流しすぎて気を失ったらしい。数年前の自分がこのザマを見たら唾でも吐かれるかもしれない。しかし目の前のハゲ頭はお人好しだ。余所者など、その辺に捨て置けば良かったのに。
降魔剣を渡さないと言うハゲ頭を振り切って寺の中を進む。一つの襖を開ければ床に臥せる瘴気に当てられた人、それも大勢……ざっと20人、いやそれ以上。だが、助けられない状態ではなかった。
治療を始めて二日目、俺に話し掛けた達磨の後ろに立つ少年と目が合う。真顔のままの少年はずっと俺を睨んでいた。
「藤本君、この子ぉは明陀の舎弟衆、志摩の矛造や。今は私の部下みたいなもんやさけ、自由に使ぉたってな。」
綺麗な黒髪に癖毛、優しい垂れた目尻にはにら似つかわしくない殺気を放った目。この年頃で出る雰囲気ではなかった。まるで昔の……
「藤本獅郎だ。矛造、宜しくな。」
握手のために手を出すと、俺の顔からゆっくり手に視線を移してから目と口元を絵に描いたように弧を描き、よろしゅうお頼申します。と手を出した。
矛造は俺と必要最低限の会話しかしなかった。そういう性格かと思ったが、瘴気に当てられた顔の似た子ども……恐らく矛造の弟には俺にした作られた笑顔とは別物の優しい顔で頭を撫でていた。俺はそんなにも信用がないのだろうか。いや、ないか。
「七光りが……」
「たまたま選ばれただけやっちゅうのに……」
俺の背後から聞こえた声には聞こえないフリをして、中庭に出てタバコに火を付けた。
「お前、優秀な方だろ?」
「は……?」
医療行為は何をするにも高難易度だ。聞いたところ十六歳の子どもである矛造は初めこそミスも多く慌てていたが、三度程同じことを繰り返せば指示もなしで自ら動き、俺に適切なサポートをした。それでいながら何かあればすぐに俺に指示を仰ぎ誰よりも素早く正確に動いていた。
「お前、俺んとこで働かねえか?丁度人手不足なんだわ。」
「……あ、えっ?」
「ちなみに結構マジだぜ?」
「……ははっ!嬉しいですけど、遠慮させてもらいますわ。」
「ほーん……残念だわ。」
雪が降り続く庭を縁側に立ち休憩しつつ軽いノリで、半分くらい本気で提案するがあっさり断られてしまった。だが、普通に笑った様は初めて見たのかもしれない。
「まァー……あれだ。手前ェの好きなことすりゃいいんだよ。」
「ふふ、はい、俺もそう思います。」
ライターをポケットから出し、咥えていたタバコに火を近づけるが止めて火を消し、タバコも箱に戻した。そーいやコイツはガキだった。
数日後、患者の九割が全快していた。もう俺はここには必要ないだろう。降魔剣を頂戴して逃げようとしたが、律儀にも俺を抹殺しようとしているようだ。恩を仇で返すとはこの事だなと笑う。
逃走していると達磨が前に現れ、俺に降魔剣を渡した。ある程度逃げ道を先導されてから、達磨はここで時間稼ぎをするから逃げろと俺に言った。
「矛造!!」
「はっ。」
達磨が叫ぶと現れた矛造に俺を麓まで案内するようにと命令をする。
「君はこのまま逃げ、これで貸し借りチャラや!」
「いいや、これで仲直りだ。」
「藤本さん早く!」
矛造に先導され崖を飛び降り坂を滑り降りる。正に抜け道だ。
「藤本さん!怪我大丈夫ですか!」
「ああ大丈夫だ!」
「藤本さん!」
「なんだ!!」
「俺、夢があるんです!」
「ほぉ そうかよ!」
木と木の合間を縫って雪山を駆け下りるにはセンスのない話題だ。
「せやから!」
麓に差し掛かり、森から抜けたところで矛造が急に立ち止まる。道案内はここまでということだ。
「せやから、藤本さんはもうこんなところ来んといてください。」
「アァ?」
「俺は俺の力で、どんな手段を使ぉても一生賭けて俺の大事なもん、護り抜いてみせます。せやからもう、来んといてください。」
矛造を追い抜いた俺は振り返ると、覚悟の決まった漢の顔を見た。
これまでの人生、こんなにも高揚したことがあっただろうか。ポケットからタバコとライターを取り出し、一度煙を吐いた。
「あぁ、奇遇だなァ。俺もこれから俺の大事なモン、コレで護りに行くんだわ。」
背筋を正し深々と頭を下げる男を背に足を踏み出した。次に会う時は酒でも酌み交わせるようにでもなっているのだろうか。釣り上がる口角をそのままに腹の底から笑った。