「お前彼女と別れたの?」
「…なんだよ、悪いか?」
「いや、別に…仲良さそうに見えたから」
「…」
彼女と別れて数ヶ月が経った。
特に仲良くない同僚にまで「別れたのか」「何故」「仲良さそうだったのに」と散々言われ、ようやく落ち着いたと思ったらまたこれだ。
居心地が悪くなり俺はトレーニングセンターを出て、気がついたら廃ビルの屋上までやって来た。
雲ひとつない夜空に星が瞬いている。
ここに彼女と来て夜よく星空を眺めていた…
「……」
頭を振り、時々思い出す彼女との想い出を振り払う。
この街は彼女との想い出が多すぎる。
「…ここから見える星空が最高なんだよね」
「…うん、そうだよな………!?」
振り返るとそこに彼女が立っていた。
数ヶ月前まで毎日のように見ていた、その優しい笑顔を俺に向けて。
驚き言葉をなくす俺を他所に彼女はクスクスと笑いながらこちらを見ていた。
「びっくりした〜!なんでここにいるの?」
「なんでって…お前こそ、なんで」
「え?別にいいじゃない?」
そう言いながら座っている俺の横によいしょ、と腰掛ける。
別れてから彼女に会うのは初めてだった。
どこかで狂い出すとその歯車は止まることがなく、俺たちは別々の道に行ってしまった。
世界中を旅だ何だと飛び回る彼女は一緒に住んでいてもほぼ会うことはなく、俺が自分の寂しさに耐えきれなくなり別れを切り出してしまったのだ。
彼女は別れを嫌がるかと思ったが、ひとこと「いいよ」と言うとそれっきり、あっさりと俺たちは終わってしまった。
それからの日々にはあまり色が無く、トレーニングに明け暮れるだけで。
久しぶりに会う彼女は数ヶ月前と比べると少し痩せたように見えたが、にこにこと俺の横で微笑んでいた。
「最近どう?ボシュ」
「どうって……あんまり、わからない」
「ふうん。恋人は?」
「……まだいない」
「何でぇ?ボシュいい男なのに…」
ずき、と心が痛んだ。
「…そっちは」
「ん?」
「そっちは、できたのか?…こ、恋人」
彼女の方をちら、と見ると彼女は顔を伏せており表情は伺えない。
しばらくの沈黙ののち、彼女がぽつりと呟いた。
「私、できそう、恋人」
「え……」
覚悟していたじゃないか。
彼女みたいな魅力的な奴にはすぐ恋人ができるって。
思ったよりも声が震えてしまったが、平静を装い彼女に返事をした。
大丈夫、バレていない、未練があるなんて口が裂けても言えない…
「…好きなのか?」
「え?」
頭で考えていることとは裏腹に、自分の口からは思ってもいない言葉が飛び出て来た。
「好きなのか?そいつのこと」
「……」
彼女は困ったように笑った。
「…好きでは、ない。でも付き合ってみても良いのかなって」
「そんな、お前……」
思わず立ち上がった俺を彼女は寂しそうに見つめていた。
「私が好きなのは、ボシュ、ずっと君だけ」
そして彼女はそう言うと、すく、と立ち上がって呆然と立ち尽くしている俺に向かってにっこりと笑いかけた。
「さよなら」
彼女が行ってしまう。
行くな。
好きでもない奴のところになんか。
俺が幸せにするから。
「……ボシュ?」
去り際の彼女の腕をしっかりと掴み引き留める。
困惑したような、それでも少し笑っている彼女の腕を。
「……行くな、好きでもない奴のところになんか」
彼女は驚き目を見開いていた。
「……やり直せないか?俺たち」
「……ボシュは、やり直したい?」
こくり、と頷く。
彼女はまだ困ったように笑っている。
「私、また君を寂しくさせてしまうよ」
「構わない、俺もお前に依存しないようにする」
「ふふ…依存……そっか〜…」
「…?」
彼女はこちらに向き直り、両手をぱっ、と広げた。
状況が飲み込めずに立ち尽くしている俺を見て、首を傾げながら彼女は笑う。
「またよろしく、のハグしよ?」
「…!」
そして彼女の腕に抱き締められた。
柔らかな、温かな彼女の温度を感じ、俺の世界に色が戻ったようだった。
「……あのとき、別れたいって言われた時…私、ショックだったんだからね……5キロくらい痩せたし」
「……ごめん」
少しだけ泣きそうに震える声の彼女をしっかりと抱き締めた。
夜は冷える。
帰ろう。
俺たちがまた新しく始められるように。