さなぎ「あの、門白さん、」
彼女の声は私の視界の少し下から聞こえた。私は振り返る気力が無くて、ただ彼女の駆ける音に足を止めるだけ。凹んだクリアファイルの隙間から元気をなくした資料が何枚か、頭の先を覗かせていたけど無理やり指先で曲げてしまった。彼女の小さく華奢な体は私の歩幅に追いつくのに数秒を要したけど、すぐに目の前にやってきて深刻そうに顔を歪めてみせた。
――有村、麻央。
彼女は私の担当する現役の高校生アイドル。そして、誰よりも可愛くて格好良い、最強のアイドルでもある。
「…どうしました?何か、懸念点が発生したのですか?それとも、」
「ボク、プロデューサー科を受けようと思っていて」
私は唇を噛む。彼女にとってどういった思考の果てに至ったのか知らない。アイドルとして三年積み重ねた夢の山の頂で、そうなることを望もうとしたのだから。
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