甘やかしたい! 朝食をとるために食堂へ足を向ける。すでに食事を摂り始めている魔法使いたちの中から、食事に夢中になっているであろう可愛い恋人の姿を見つけて、思わず頬が緩む。自分の分のプレートを持ってその隣の席に着くと、晶は口の中のものを飲み込んでから話しかけてきた。
「おはようございます、ファウスト」
「おはよう。あまり急いで食べると、喉に詰めるぞ」
小動物がするように食事を口いっぱいに詰め込んで、おいしそうに咀嚼する姿は可愛らしいが、喉がつまって苦しい思いをするのは可哀想だ。注意をしてやると、晶は素直にうなずいた。
「はい、気をつけます……」
言われた通り、ゆっくりと食べ始める晶を見て、僕も食事を始める。今日もネロが丹精こめて作った食事はおいしい。晶がおいしそうに食べるのも納得だ。
そろそろ晶は食べ終わる頃だろうか。そう思って傍らの彼の顔を見ると、オムレツについていたであろうケチャップが頬についていた。晶はそれに気づかないまま、『ごちそうさま』をして食事を終えようとしている。食事に満足した証を残しているのはいいが、他人にそれを指摘されるのは恥ずかしいだろう。僕は手元にあったナフキンを手に取った。
「ここ、ケチャップがついている」
晶は驚いたように目を見張ってから、照れくさそうに視線をそらした。
「あ、ありがとうございます……」
拭き終わってから、晶の肩を軽く叩く。
「今日も任務があるんだろう、気をつけて」
「はいっ!」
意気込んだ様子でうなずく晶の頭を撫でる。彼は何事にも一生懸命だ。どうかその努力が報われる一日であるように、と願ったのもあるが、僕の言葉に目を輝かせる彼が愛おしかったのもある。こんな風に僕の言動に笑ってくれる晶を見るのは、悪い気持ちではなかった。
ここに来てからは、一日が矢のように過ぎていく。授業や任務、その他の用事を済ませていればあっという間に日が暮れる。夕食を済ませて明日の準備をしていると、依頼や任務を終えた魔法使いたちが帰ってきたのか、中庭からにぎやかな声が聞こえた。そっとカーテンを開けると、西の魔法使いたちと賢者が玄関に入っていくところだった。その表情は明るい。
依頼や任務、そこで出会う人々は必ずしも友好的でないことがある。そういった日は魔法使いも、賢者の顔もうかないが、今日はそうでもなかったらしい。それに安堵してカーテンを閉め、作業の続きに戻る。
明日の準備や諸々の支度を終えた頃、部屋の扉が小さくノックされた。
「晶です。遅くにすみません」
ドアを開けると、寝間着姿の晶が立っていた。恋人という仲になってから、こんな風に夜に彼が訪ねてくるのは珍しいことではない。それでも彼はいつも詫びの一言と共に訪れる。彼らしいと言えばそれまでだが、もっと僕に対しては甘えたっていいと思っている。
「入りなさい。寝つきのよくなるお茶でも淹れよう」
晶を招き入れ、さっそくお茶の準備をする。その間、彼は今日あったことや、任務で行った西の国で見た珍しい物などを楽しそうに話していた。
「こんな夜に押しかけちゃってすみません。でも、どうしてもファウストに話したくて……」
「構わないよ。きみの話が聴けるのは悪くない」
お茶を飲んで一息ついた晶は、ゆったりとほほ笑んだ。彼の笑顔を見ていると、僕まで心が温かくなってくる。それが昼間に見せる眩しいくらいの笑顔であっても、今目の前にあるような柔らかな微笑みでも。
「嬉しいこととか、楽しいことがあるとファウストに話したくなっちゃうんです、どうしてかな……」
「さあ。でも、僕を相手に選んでくれてありがとう」
そう言うと、晶はえへへと笑って抱きついてきた。抱きしめ返して髪を撫でてやると、ふふふと笑う息が耳に掛かる。
「そんなことされると眠くなっちゃいます……」
「眠いのなら、部屋へ送っていこう」
しかし、晶はいやいやと首を横に振った。
「まだ、ファウストと一緒にいたいです」
そんないじらしいことを言いながらも、本当に眠くなってきたのか、少し声がふわふわしている。
夢が溢れてしまう僕の傷のせいで共寝はできない。それを、どれほど悔やんだだろう。でも、彼に怖い思いをさせてしまうのは避けなければいけない。
「じゃあ、もう少しだけ」
せめて、起きているときだけは共に過ごしたい。そんな僕のわがままを、晶は笑って受け止めてくれた。晶を甘やかしたいと思っているつもりだったが、逆に甘やかされているのは僕の方かもしれない。それでも、どうか少しでも長く、僕がきみの傍にいられるように。