未来が見えるワタクシの話目の前を歩く会社員、定期を落とす。多分10秒後。拾って渡してあげよう。
エスカレーターに乗る。私の後ろの人、くしゃみをする。8秒後くらいかな。あまり良くないけれど、歩いて登るか。
目の前にいる女性、線路に身を投げる。多分明日。
でも私は止めない。それは善行ではないから。
私は未来が見える。物心ついた時には既にそうだった。数秒先に起こる些細なことから数週間先に起こる大きな出来事まで未来に起こることがわかるのだ。しかし全ての未来が見えるわけでもないし、数分・数秒のズレは起こる。それでも大体の時間と起こりうる事は把握できる。対象物によって見え方が異なり、映像作品や本の展開など無機物の現象や架空の現象よりも、生物が関わるよりリアルな現象の方がよく見える。前者の未来は非常にぼんやりとしか見えないし、自分がその作品を見るのをやめれば作品の未来は来ないので結局「物語の展開を考察するのが上手い人」程度のレベルだ。ネタバレアンチの私にとっては不幸中の幸い、と言ったところだ。私のこの能力を知って羨ましいと感じる人も世の中にはいるかもしれないが、当の私はこの力をあまり良くは思っていない。寧ろ、嫌いなのだ。現実の未来が見えるということは、それが良いことであれ悪いことであれ、避けては通れないということをその出来事に直面する前から予告されるということだ。それは時に絶望的で残酷なものである。そして、長年この力と共に生きてきた中でわかったことは、大きな出来事になればなるほど、回避することは絶対にできない…否、「してはならない」ということだ。
小学五年生の夏、約半年後に祖父が病で死ぬ未来が見えた。おじいちゃん子だった私はすぐさま祖父に病院で検診を受けるようにと口うるさく勧めた。突然そのようなことを言い始めた孫を若干不審に思いながらも、祖父は病院へ行くことを約束してくれた。その3日後、祖父は病院へ向かう途中に交通事故に遭い、帰らぬ人となった。よくある高齢者の運転中の不注意であった。私が、私が未来を変えようとしたから。死を拒んで欲張ったから。祖父はまだ半年も生きられたのに、私が殺したのだ。
まぐれかもしれないし、私の見た未来がそもそもの間違いだったのかもしれない。以前から見える未来に時間の誤差はあった。しかし、大好きな祖父を失ったという変えられない過去は幼い私に自責の念を植え付けるには充分すぎたのだ。幼い私には未来を変えることの危険に対して無知だった。「天命」というように、きっと運命は天から授かったものなのだ。つまり、未来を変えるということは、天の理に背き、秩序を乱すことと同義なのだ。報復がない方がおかしな話なのだ。以来、私は未来に干渉しないと心に誓った。
30歳を過ぎた私は、父の会社を継ぎ、加賀美インダストリアルの代表取締役として働く一方で、にじさんじに所属し、バーチャルライバーとしての活動をしている。中でも結成5年目になるROF-MAOのメンバーとの交流は根強い。今日は収録が終わったあと、珍しく4人で食事に行く約束をしている。最年少にして1番の先輩であるという不思議な立場の青年、剣持刀也はあまりこのような会合を好まないため、今回一緒に来るというのはとても珍しい。今日は空から槍でも降ってくるのだろうか。
ROF-MAOの仕事は順調に進み、予約の時間通りに店に着くことができた。いつも土壇場で店に予約時間の変更を申し込んだり、最悪の場合キャンセルする羽目になったりと、夕飯一つ取るだけでも苦労するため、最近は予約すらとっていなかった。しかし今日はせっかく久々の4人揃っての夕飯だから、と私と不破さんで少し良いお店を予約していた。(甲斐田さんは先日、本職の研究にポケットマネーで相当な出費をしたらしく、経費で落ちるまでしばらく金欠だそうで。)隠れ家的な雰囲気の和食料理屋。「へー!すごーい!高そう!」とはしゃぐ剣持さんの表情はあどけなさが残り、いかにも高校生らしい。「学生はこんなお店来ないっしょ、たくさん食べな〜?」と不破さんにメニューを手渡された剣持さんは金額を見て目を丸くしている。「ゼロ1個多いって!!」
「なんだか、こうして4人で食事をしていると、ろふまお飲み会を思い出しますね」
「ああ、あれ何年前でしたっけ?社長、ウルトラマンになってましたよね笑笑アニキは寝てたし」
「あれは…うん、酔ってたから笑笑もう4年前?とかになるんですかね?」
「あれなぁ〜、もう一回やりたいよほんとに。もちさん酒飲める?」
「まだ僕高校生だってば!!」
「にゃはは、そうかもしれん笑笑」
4人で話している時間は穏やかで、独特のリズムがあって、笑顔が絶えない。5年かけて作り上げた関係性は、なんともいえぬ心地よさがあって、この時だけは未来が見ることすら忘れてしまえた。
「さて、そろそろお開きにしましょうか。」会計を済ませて外に出る。今年は暖冬なんて言われているけれど、それでも12月ともなると夜は冷え込む。冷たい風がほろ酔いで熱った頬を冷まして吹き抜ける。店から自宅までの帰り道は、剣持さんだけ逆方向だった。「送りましょうか?」と声をかけたが、「これでも剣道やってる男子高校生なんで笑笑酔っ払いたちのお世話にはならずとも1人で帰れますよ」と断られてしまった。
ではここで、また2日後にお会いしましょう。
はーい。お疲れ様でした〜。
手を振って剣持さんを見送る。私たち3人も少し進んだところで、また別々の道に帰っていった。
ふと足が止まる。
一瞬、未来が見えた。
剣持さんが倒れて、血まみれになっている。
これは、10分後…?
現在の時刻は23:12。23:22頃に彼は何かに襲われる…?何が起こっている?
意味がわからない、本当に。
そもそもなぜ今…?本人が目の前にいないのに時間差で未来が見えることなんて今までなかった…というか内容が急すぎて現実味が湧かない。なんだこれ?疲れているのか、私は。それとも酒を飲み過ぎたか……
でも、もしこの未来が、本当だったら…?
考えがまとまらない。足の震えが止まらない。地面が黒く深い闇に飲まれていく。空気が重い。息がうまく吸えずにひりつく。どうしよう。どうしよう。
23:14。あと8分。
…嫌だ。嫌だ嫌だ。
…とりあえず走れ。走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ…!
足がもつれる。何度も転びそうになった「剣持さんっ…!!!」
彼の家までの道など知らない。知らないはずなのに震える足は勝手に前に進み続ける。
23:17。あと5分
行ける。辿り着ける。どこにいる…!何が起きているんだ…!!
23:20
遠くに、竹刀を背負った見慣れた背中が見えた。
いた!!
「「「剣持さんっ…!!!」」」
遠くから目いっぱい彼の名を呼ぶ。息が上がって声がうまく出せない。しかし、彼の耳にはなんとか届いたようだ。彼の足が止まる。呼ぶ声を探して周囲を見渡す彼は、ちょうど工事中のマンションの前で立ち止まった。
23:21
未来が残酷なほど鮮明に見えた。
「あれ」が原因で彼は死ぬんだ。
させるものか、そんなこと。
考える余裕などなかった。未来を変えることへの恐怖など忘れていた。死に物狂いで走り、そして、彼を力の限り、突き飛ばした。
「え………」
23:22
驚いた彼は受け身を取る暇もなく、近くの電柱に頭を打って気を失ってしまった。
それとほぼ同時に私は降ってきた瓦礫の下敷きとなった。頭が、足が、重たい、熱い。どこからか悲鳴が聞こえる。ブレる視界の隅で紫色の髪の青年を捉える。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私は、あなたの未来を変えてしまいました。
神様、それでも私は
「…彼を守ることができてよかった、それだけです」
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「やぁ、こんにちは、ワタクシ。」
「…!こんにちは!…あなたはだれですか…?」
白のかみさまは僕にこう言ったんだ。
「"未来"ですよ」
僕ね、未来に会ったんだ…!
ねぇ、おじいちゃん
未来ってね
神様みたいに頭の上に輪っかを乗っけて
かっこいい白のジャケットをふわふわさせながら
にっこり笑ってこう言うんだよ!
「 ____________ 」
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白い光に包まれるぼやけた視界は、次第に鮮明になり、白く光る蛍光灯をはっきり捉えた。
「ここは……?」
「…………病院ですよ」
声がした方を向けば、1人の青年がそこにいた。紫色の髪は半分ほどが包帯で覆われ、目には今にも溢れそうなほどに涙を溜めてこちらを睨みつけている。
「なんで、あんな無茶なことしたんですか…!どうしてあんなところに来ていたんですか!!……どうしてっ………!」
目が覚めたばかりの私は、震える声を荒げる彼を呆然と見つめていた。
「…すみません、剣持さん。」
あなたの未来を、変えてしまいました。
「…っ、なんで謝るんですか!」
「ごめんなさい。死んでほしくなかったんです。あなたを助けられて本当に良かった。」
「そんなことっ…!あの時すぐに周りの人が通報してくれてっ…!救急車も巡回中の車がすぐ駆けつけてくれて…それでっ…奇跡的にあなたは助かったんですよっ…!」
もっと自分を大事にしろよ、と剣持さんは震える小さな声でつぶやいた。
「生きてて、よかった…っ」
そう言った彼の頭をそっと撫でる。すると剣持さんは、ダムが決壊したかのようにうわぁーーーんと声をあげて泣き出してしまった。
5年も一緒にいて未だかつて見たことのなかった彼の姿にふと笑みが溢れてしまった。
「何笑ってるんですか…!」
「いいえ…何も。…心配をかけましたね」
「本当ですよ…このいかづちゴリラ……」
彼はようやく少し笑ってくれた。
彼の未来は変わってしまったかもしれない。変えてしまったのは多分私だ。これから先、彼に何が起こるかまだ誰にもわからない。私は恐ろしいことをしてしまったのかもしれない。それでも一度しかないこの人生を、私はこの4人と共に歩んでいきたかった。誰一人だって欠けて欲しくなかった。後悔はしない。どんな未来だってなんだって乗り越えてやる。4人で、絶対に。
きっと大丈夫。
ワタクシこそがあなたの“未来“ですから。
どこかから懐かしい声が聞こえたその直後、同僚2人がドタバタとこの病室に飛び込んでくる未来が見えた。